2011年3月31日木曜日

渋谷交差点(2)The Day view of SIBUYA Scramble Crossing

大好きなスタバ2階窓際カウンターからの眺め
The crowded scramble crossing in day time.
I am watching the crossing from the second floor of Sterbucks Cafe.

この混雑した交差点は、ご近所のNHKがテレビ映像で多用するのと、スクランブルという発想が珍しいらしいことで、世界的に有名になった。ロンドンでは、この方式を取り入れた交差点もあるらしい。

というわけで、来日したICE研修生やアジア生協マネージャー研修生はここを見たがる。東急デパート壁面の広告はドコモのスマートフォン、アンドロイドだと思われる。(2010/5/6撮影)

この写真は、スターバックスの2階窓際カウンターから撮っているが、ここで休憩後は、ツタヤで最近はやりの音楽を試聴してから帰ることになっている。(2011/3/31)





渋谷交差点(1)The Night View of SHIBUYA Scramble Crossing

渋谷交差点の夕暮れ
The Famous SHIBUYA Scramble Crossing in the Evening.
The Big Vision on the Q front building is now off because of the Saving Electricity.

火曜日からずっと外出を自粛して引きこもり、テレビばかり見てる。夜になって、NHK「ブラタモリ」を見てたら、今夜は「渋谷」がテーマなので、この写真を思い出した。

これは、2月に道玄坂の寄り合いに行く時、「ハチ公」側から撮影した「Qフロントビル」。センター街の右側で、TSUTAYAが入っているが、2階の窓側は、「スターバックスコーヒー店」だ。

この写真は、建物が歪んで見えるので、A型の小生は気に入らなくて、没にしていたのだが、NHKに対抗して公開します。現在は節電で真っ暗とのことなので、貴重な1枚です。(2011/3/31)

さようならダークダックス

ご近所のハクモクレンの花は満開
三月は別れの季節、60周年を迎えた「ダークダックス」とも、今日でお別れ。
夕方、NHKBS2で「ありがとう、ダークダックス」を観た。なんと今年で結成60周年、ということは、私が1歳の時に結成され、今日まで続いたというからびっくり。
今思うと、中学校の演劇部で愛唱していたロシア民謡はほとんどダークが歌っていたんだ。

1月にパクさん(高見沢宏)が急逝されたこともあり、この3月で活動に区切りをつけるという。マンガさん(佐々木行)は、以前から病気療養のため活動停止していた。

今日は、ゲタさん(喜早哲)と、ゾウさん(遠山一)の二人が出演して、三宅アナウンサーと共に60年を振り返った。慶応ボーイはいつまでもスマートだねえ。そして、懐かしい歌に、私も学生時代を想い出してしまった。

最後に、慶應ワグネルソサエティのメンバーと共に歌ったのは、「銀色の道」。ペギー葉山が花束を渡す。とても良い「60周年の思い出」になったのだが、とても淋しい。(2011/3/31)

The Monthly Review of March

11th March is the anniversary day of my father died 4years ago.
Just on this day, there happened M 9.0 Earth Quake and terrible big Tsunami attacked the 500km long coast area of Pacific Ocean side of Tohoku and Kanto area, North East part of Japan.

The number of the dead people is 11,362 and the unknown people is 18,299 at this moment, the end of March. This figure is of course the worst one in Japanese Natural Disasters.

Besides the big Tsunami Wave some of them 15m high that nobody imagine so tall attacked the Nuclear Electric Plants in Fukusima prefecture and cause very serious damages.

My wife who lives in north part of Sendai is safe fortunately and stayed at the Shelter for three days though the south part of Sendai near seaside was terribly damaged.
The water and the electricity came back in 3days in Sendai but they say that it will take almost 1month for Gus in this area.

But she is still happier than the refugees in isolate area in Iwate prefecture or the people escaped from the radioactivity from Fukusima.

11th March was also the day for me to start to Havana in Cuba for my anniversary travel of retirement. According to my plan I go to my wife's house in Sendai at 11th and go to Narita airport at 15th of March then leave for Toronto in Canada then reach at Havana.

In my plan I could enjoy the historical Spanish towns and beautiful coast in Cuba and come back at 30th March, yesterday. But I cancelled the tour just one day before the tour.
Because it is impossible for me to I go to Havana and sing and dance with cute Cuban girls leaving my wife in the shelter. I am afraid that I can't enjoy at all.

I really hate this terrible Earth Quake and Tsunami.
(2011/3/31)

2011年3月30日水曜日

Stone Lantern Watching(18)

五島美術館玄関脇の大灯籠

昨年(2010年)4月、上野毛の「五島美術館」に行った時の写真です。美術館玄関脇の、肥満した、えらそうな灯籠だ。

不細工だが、この角度で見ると、灯り窓が目みたいで、鼻もついてるし、帽子を被った姿はなかなかユーモラスだ。

五島美術館は改装のため休館で、しばらく行けないので紹介する。
(2011/3/30)

あんみつみはし

期間限定「桜あんみつ」560円
Sweets give us the power against the disaster.
過日、花粉が多い日であったが、気分転換のため、上野に出かけた。桜の開花宣言がされた日で、「上野公園入口」のしだれ桜(?)が咲いていた。先ず、池之端「亀屋」にて「うな丼」を食べる。前は、いかだ2枚だったが、昨年から、1.5枚になり実質的値上げになっているが、老人には充分。

次に、お決まりのコースで、中央通り「みはし本店」にて、「桜あんみつ」を頂く。鰻の後は、あんみつに限る。
ところで、「あんみつ」は、順列組み合わせで色んな種類ができる。
(1)まめかん=豆と寒天、シンプルでいいが少し淋しい。
(2)みつまめ=豆かん+みつ
(3)あんみつ=みつまめ+あんこ、これが原点。銀座「若松」が元祖だという説あり。
(4)クリームあんみつ=あんみつ+アイスクリ-ム
(5)クリームみつまめ=みつまめ+アイスクリーム
(6)白玉みつまめ=みつまめ+白玉
(7)白玉あんみつ=あんみつ+白玉
(8)白玉クリームみつまめ=クリームみつまめ+白玉
(9)白玉クリームあんみつ=クリームあんみつ+白玉
さらに「フルーツ」を加えると「クリーム」「白玉」の組み合わせで、あと8種類出来る。
実際には、すでにフルーツをちょこっと入れているケースが多い。かけるみつは黒か白かという選択の余地もあるが、みはしでは黒蜜のみだ。

さて、写真はこのシーズン限定の「桜あんみつ」である。アイスクリームが桜色というだけなんだけどね。(2011/30/30)

地震情報の精神的影響について

昨晩のフジテレビで、間もなく引退される、池上彰さんの番組があり、今回の地震情報にテレビが果たした大きな役割をまとめていた。記憶が不確かなのだがおおむね、下記のようなことだと思う。(文責:私)

(1)危険を知らせる。・・・地震速報、津波速報で、命を救う。
(2)被害状況を知る。・・・広範囲の被災地に、取材カメラが入り、被害状況を行政に知らせた。
(3)被災者を励ます。・・・避難所の様子が報道されることで、救援に必要な情報が入った。
(+)また、テレビと、動画、ツイッターやフエイスブックとの連携も今回の特徴である。

テレビ報道の果たした役割は確かに大きい。「津波注意報」で助かった人も多いと思うし、「地震速報システム」のおかげで、新幹線は脱線しなかったのではないかな?

でも、3/11以来、20日間にわたって連日、これでもかというくらい「悲惨な映像」と「心配な情報」が流れたのは、精神衛生的には非常に悪い影響を与えた。

(1)何と言っても、最初の、「名取川流域の津波の映像」は衝撃的だった。
その後、八戸、釜石、宮古、陸全高田、気仙沼、石巻等、その瞬間の映像が流れた。これらの津波関係の映像は、子供たちには大きな恐怖を与え、深刻なトラウマとなった可能性がある。(現在はこの映像は流していないようだが)

(2)続いて衝撃的だったのが、「気仙沼市街の火事、千葉県君津の燃料タンク爆発」など。
やはり、火災の映像はインパクトが強い。その後の、荒廃した市街地の映像も悲惨であった。

(3)さらに、「福島第一原発」の爆発、放水、自衛隊や東京消防庁の消化活動、放射能漏れ。
これは、非常に気疲れするニュースで、20日間連続して一難去ってまた一難、解決のきざしが見えると、次の困難が現れるという展開で、一喜一憂するので、精神的負担が大きい。

(4)原発事故の影響で「節電」が実施された。
そのため、電車の本数が減り、デパートの営業時間短縮、卒業式、国立劇場の公演中止等々、「自粛ムード」が高まり、都心は閑散としてきた。六義園のしだれ桜のライトアップや、三社祭も中止だ。

・・・ということで、私も外出が減り、87歳の老母と家に居ることが多いのだが、実に気が滅入る。
生活のテンポが狂い、ストレスが高まり、夜中にハッと目が覚めたりする。単に老化現象という人もいるけど・・・。(2011/3/30)

2011年3月29日火曜日

CINEMA in March

今月の映画鑑賞は3本
This month I watched three movies, Tourist, King's speech and True Grit.

1.Tourist
まず、3/9(水)、英語学校の授業の後で、3週間の「休講願い」を出した後、有楽町マリオンの「東宝シネマズ」にて「ツ-リスト」(Tourist)を観る。

大好きなジョニー・デップアンジーが、水の都、ベニスで共演するラヴ・サスペンスということで大いに期待していたのだが、結果はがっかりの期待外れ。ストーリーのひねりも不発だし、寝巻で屋根を逃げるデップは信じられない格好悪さ。

アンジェリ-ナ・ジョリーは、いつもの様に素敵だが、一本調子で「SALT」の輝きと緊張感はなかった。とにかく「脚本」が悪かったね。実に残念!

そういえば、ベニスを舞台にした映画は、多々あるが、最高傑作は、何と言っても、デビッド・リーン監督の「旅情」(SummerTime)だ。1955年公開の白黒映画で、キャサリン・ヘプバーンが、アラフォーの独身女性の気持ちを好演していた。ベニスの路地を丁寧に散歩し、サンマルコ広場のカフェのシーンもよかったなあ。つくば大学心理学科の諸君に薦めたい。

ルキノ・ビスコンティ監督の「ベニスに死す」(1971年)は、ダーク・ボガードの狂気が、怖くて共感できなかったが、夜のベニスの感じはあの通りだ。(後年、ベニスにて夜道に迷ったことがある)

007シリーズの「慰めの報酬」(2008年)は、2006年「カジノロワイヤル」のボンド役で、鮮烈なデビューを果たしたダニエル・クレイグの第二作であるが、ベニスを舞台にしている。しかし、ベニスではあんまり暴れないでほしい。家が壊れる。

それにしても、すごく期待を持たせておいてがっかりというのは、一番こたえるね。

2.King's Speech
次に、地震発生10日後の3/22(火)、日比谷のシャンテにてトム・フーバー監督の「英国王のスピーチ」(King's Speech)を観る。

これは、アカデミー賞受賞の翌日に行ったら、大混雑で見れなかったので、地震による節電で、電車の本数が少ない今なら、観客も少ないはずと思って行ったら、本当に少なかった。

主演男優賞のコリン・ファース(ジョージ6世)はじめ、ジェフリー・ラッシュ(言語聴覚士)、ヘレナ・ボナム・カーター(王妃役)と芸達者が揃って、確かに「いい映画」なのだが地味だ。

何故、「作品賞」なのか理解に苦しむ。まあ、最近の「アカデミー賞」は、私にとってはみんな考えられない選考ばかりだが。このところ「ノー・カントリー」や「ハート・ロッカー」みたいな悪趣味なのばかり選んだから気がとがめたのかもしれないね?

3.True Grit
そして、3/27(日)長女と合う前の時間を利用して、久しぶりに池袋西口のシネ・リーブルで見た。
ハビエル・バルデムの怪優振りがこわかった「ノーカントリー」のジョエル&イーサン・コーエン兄弟監督の西部劇「トゥルー・グリッド」(製作はスピルバーグ)である。これ傑作です!

「キングススピーチ」12部門に続く、「アカデミー賞」10部門ノミネートで、1部門も取れてないというのがどうにも理解できないね。こっちの方がすごい!

主人公の少女マティー役のヘイリー・スタインフェルドは、14歳にして助演女優賞にノミネートされたというからびっくり。でも映画を見れば納得。真に迫る名演技だ。

また、保安官役のジェフ・ブリッジスは、「許されざる者」のクリント・イーストウッドに匹敵する名演技だった。(体格は正反対だけど、汚いところは似てる)

さらに、テキサスレンジャー役のマット・デイモン、犯人役のジョシュ・ブローリンともに、押さえた渋い演技ですごくいい。災害に立ち向かう勇気の出る映画です。見るべし。
(2011/3/29)

2011年3月28日月曜日

A Letter from Japan

フクロウと一緒、西池袋の自由学園明日館にて。
Thank you for your minding our disaster in Japan.
Two weeks has passed since the Tohoku Kanto Big Earth Quake M 9.0 happened and the number of victims is increasing everyday. 10,489 people died and 19,429 people are still unknown at the moment of 27th March, Sunday morning.

The wide area of the pacific ocean side of North East part of Japan was damaged by Tsunami and earth quake and the Fukusima Nuclear Electric Plants accident level 6 caused by Tsunami.
Many people in the all over the world are very anxious about our difficulty and send many kinds of help.

Gunter and Ellen, Jerry and Dorothy, Paola and Mario and family, Amidt, Carl, Miranda, Darlene, my English teachers and all of my foreign friends I am quite safe in Tokyo.

My wife in Sendai had stayed for three days in a shelter but now came home though there is no gas yet.

My daughter in Ibaraki is also safe and now preparing to go to Sendai for her new job as a mental counselor especially for children after the disaster.

Yesterday afternoon I and my daughter and her friend from Sendai had a little farewell party in Tokyo. I am sitting with a stone Owl in Tomorrow House Hall designed by Frank Lloyd Wright who is a famous architect from Wisconsin in U.S.A.

The difficulty is so big but we shall overcome and rebuilt Japan with co-operation, courage and the cool wisdom of owl. (2011/3/28)

2011年3月23日水曜日

行方不明者の家族の声

地震発生から、12日が経過、被害状況は日を追って大きくなっています。

(1)昨日電話で話した、仙台の先輩の一人は、いまだに息子さん(36才)が「行方不明」とのことで、憔悴しきっていました。事務所は泉区なのに、たまたま仕事で「荒浜」方面に出かけて津波にさらわれたとのことで、奥さんと三人の小学生が残され、先輩は、孫たちの今後の暮らし、将来を心配されていました。

「行方不明なので、まだ完全にあきらめたわけではない。どこかの避難所に怪我してでも生きていてくれないか。」と、先輩は言うのですが、「12日もたつと覚悟しなければ」とも話していました。

このような「行方不明者の家族」の心配はいかばかりか、想像を絶するものがあります。いつも不謹慎な軽口で顰蹙を買っている私も、流石に、なんと言ってよいかわからず絶句してしまいました。

(2)今日は、陸前高田出身のOさんと話をしました。故郷のご両親は無事だったものの、いとこが流されたとのこと。よく知っている場所がテレビに映り、ショックを受けた奥様は寝込んでしまいました。本人も、体調がわるく、今日初めて外出したそうです。

Oさんは建築関係の仕事なので、防災の話もしました。
50年以上前に出来た宮古の「田老の10m堤防」は、波が10m以上だったので役に立たなかったが、破損は少なかった。それに比べると、新日鉄を守るために作られた「釜石の堤防」は、昨年完成したが、今回の津波であっけなく壊れてしまった。

防災と言う観点から言えば、「高台へ逃げる避難道路」を整備するのが有効だしコストもかからない。防波堤の構造計算は経験値から計算するので、想定を越えれば役に立たない。

今後、どのように復興するのか?「復興需要」が生まれるのではないか?と質問すると、「今回津波で流されたのは、働いていた人たちですよ。子供と高齢者が残された中で、どうやって復興できるんですか?」と聞かれてしまった。陸前高田でも、第一波の来る前に避難をさせ、逃げ遅れた人たちを助けに行った人たちが、より高い第二波に呑み込まれてしまったそうです。

陸前高田のおいしい昆布の養殖場、醤油の醸造場や、「酔仙」酒造の工場も無くなってしまい、後には瓦礫の山が残されました。関西大震災の時は、燃えてしまったので、不謹慎ですが、後片付けは楽だった。今回は、その残骸の中に人も埋まっているのだから、後片付けだけでも大変。しかも人手がない。(注-Oさんは、阪神大震災の復興にもかかわりました)

日頃の無口に似合わず、多弁になったOさんでしたが、沢山話して、少しは気が晴れたかもしれません。被災者でもない我々は、話を聞くことしかできませんしね。
(2011/3/23)

AKASAKA PRINCE HOTEL will be closed soon

今月末閉館予定の赤坂プリンス
過日、赤坂見附駅の出口で撮影した赤プリの遠景です。右側は軍艦パジャマの赤坂東急ホテル。(地震の影響で、平日午後にもかかわらず人出が極端に少ないのにご注目)

丹下健三先生の設計で、1983年にオープンした同ホテルは、工事中から興味を持って見ていた建築です。クレーンで完成した壁を吊り上げて、ぺたぺたと貼り付けて、みるみる内に出来上がったので、随分簡単に出来るんだなあ、と感心したのを覚えています。

2010年6/19には、東中野老人会例会を開き、旧館でも記念写真をとったりして、別れを惜しみました。また、今年1/13には、イタリアからのお客様に、よい景色を見てもらおうと思い、40階のブルーガーデニアで食事をしてロビーに降りたら、元の上司にばったり会いました。

私にとっては、80年代、90年代にも様々な思い出のあるこのホテルが消えてしまうのは、なんとも淋しいことです。
(2011/3/23)

2011年3月20日日曜日

三陸海岸ドライブ(1)気仙沼~志津川

Memory of the Drive on the Disaster seashore on TOHOKU.
The Hazard Map of Tohoku area on the Pacific Ocean side.
3/11の震災から10日経った。朝日新聞の、「被害状況マップ」を見てると、東北の地図上に×印があり、被災者の人数が書かれていて、それが日を追うごとに増えていくんだ。

My Beautiful Memory on these Beautiful Coast.
私は、仙台在住の頃、その×印の街のほとんどに、仕事や観光で訪れたことがある。いずれも、三陸のリアス式海岸の沿岸に点在する美しい町や村であった。

KESEN-NUMA where once I had visited once a month on business.
特に、大きな被害を受けた気仙沼には、仙台で仕事をしていた頃、「組合員委員会」に参加するために月1回、2年ほど通った、楽しい思い出がある。

Running through TOHOKU Free way in 120km.
朝、仙台の黒松店で車に「試食品」を積んで、泉インターから東北自動車道に入り、古川の穀倉地帯を120kmで飛ばして、築館IC、若柳・金成ICをさらに一関インターまで行き、一関市内からひたすら気仙沼街道284号線を南下。千厩を抜けて山を越え、気仙沼市内に入るというコースだ。

The Back music for this drive is generally Akina or Hiromi.
中森明菜の「北ウイング」でスタートし、郷ひろみのオヨメサンバ等のメドレーで古川を越えると、マイケルジャクソンのBADに切り替えて山道を越えるのだ。

Far in the Way but Near in the Time on this route.
これは、距離的には遠回りなのだが、高速道でなるべく近くまで行くので、120kmで飛ばせば時間的には近いのだが、途中休憩すると、約2時間半かかる。地元のH君に聞くと、若柳・金成からの方が近いというのだが。

The Return way is along the seaside till MOTOYOSI.
帰りは、事務所に帰らなくていいので、気仙沼港のおさかな市場に寄って、お土産を買ってから、45号線で海沿いに帰る。音楽は、けだるい昼下がりにふさわしく、ボサノバやイージーリスニング・ジャズがいいでしょう。

From Motoyosi I went through the mountain side to TSUKIDATE.
岩井崎、大谷海岸を経て、本吉町に出て、そこから右折して346号線で、山に入っていく。東和町の「林林館」を見ながら、北上川を渡り、登米に入り、伊豆沼、内沼の間を抜けて、築館ICから東北自動車道に入るコースだ。仙台市内の我が家まで、約3時間かかる。

The Sightseeing spots I recommend.
おすすめ立ち寄りスポットはすごく沢山あって、気仙沼市内では、「おさかな市場」「リアス・アクア美術館」「岩井崎」などだが、特にお気に入りは、海岸に一番近い駅、「気仙沼線」の「大谷海岸駅」に隣接する海水浴場「大谷海岸」であった。

OYA KAIGAN Station is the nearest station to the seaside in Japan.
ここには、「道の駅」もあり、休憩するには調度いい。45号線沿いなので、時間ロスも少ないし。車を止めて線路を越えればすぐに、太平洋を一望する海岸なのだ。

KIRISITAN MARTYRDOM PARK in Fujisawa, SAWAN PARK in Uchi-Numa.
岩手県の県境にある藤沢の「キリシタン殉教公園は、ちょっと心霊スポット的な場所で、丘の上の「殉教者の慰霊堂」に登ると、ローマ教皇や白柳大司教、遠藤周作の碑がある。また、内沼のほとりでは、「スワン・トピア交流館」があり、白鳥のえさを売っている。冬はかならず白鳥にえさをあげた。

余裕のある時は、本吉からさらに海沿いに、志津川経由で帰ることもあった。この場合は、かなり遠回りで、時間がかかる。 (続く)

表参道の石燈籠、Big Stone lantern at Omote-Sando

灯籠の下でビッグイシューを販売中
A homeless man is preparing BIG ISSUE under the Lantern.
明治神宮の「表参道」は、原宿駅から明治通りを越え、青山通りに至る約1km近い直線道路である。明治通りまではやや下りで、そこから青山通りにむけて緩やかな上り坂となっている。

30年ほど前、外苑前の「ベルリッツ青山校」に通った時は、代々木から国鉄で次の原宿に出て、地下鉄に乗り換えて「明治神宮前」駅から一駅の「表参道」駅で降りた。

その地下鉄駅の出口のそばに、青山通りに面して左右2基そびえる灯籠は8~10m近い立派なものだが、なぜか無表情で情感に乏しい。

その下で、ホームレスのおじさんが、雑誌「ビッグイッシュー」を並べている。

「ビッグイシュー」は1991年にロンドンで生まれ、2003年に日本でも創刊された、ホームレスに救済ではなく、仕事を提供して自立を応援する事業です。1冊300円で販売。160円が販売者の収入になります。

とりかご Birds are escaping from the cage.

国立新博物館の地下売店で見つけた鳥かご
写真撮ろうとしていたら、係員が近づいてきたので、注意されると思って急いで撮ったら、やっぱり注意されました。

さて、「福島原発事故」は、「スリーマイル島」に匹敵するレベル5でしたが、「東京消防庁の消防チーム」の賢明で勇敢な消火活動により、終息に向かいつつあります。

被爆の危険を顧みず任務を遂行した東京消防庁の皆さんは素晴らしい!隊長の記者会見は感動的でしたね。

さて、原子力事故を防ぐには、①止める、②冷やす、③閉じ込めるの3つが大切とのこと。
すなわち、(1)発電を止め、(2)燃料棒を冷やし、(3)放射能が漏れるのを防ぐということだ。

(本文中に不適切な箇所があったので削除しました)

表参道の縞馬 A Sleeping ZEBRA at OMOTE SANDO street.

地震で転んだシマウマ?
A zebra slipped and fell down in Omote-Sando Avenue.

計画停電のために、土曜日の午前中にしては淋しい表参道で遭遇したのがこのシマウマ。ルイ・ヴィトンのショーウィンドゥのディスプレイです。

Though it was Saturday, there walk not so many people on the Omote-Sando street, one of the fashionable streets in Tokyo.

Because of the Damages include a explosion of the roof or fire and the danger of the melt down of Fukusima Nuclear Power Plants we are saving Electricity in Tokyo. So that Trains run almost half and stores close earlier and it's better for us to stay in houses.

But at last, the brave Firemen of Tokyo Fire government has just succeeded to stop the fire of the plants on Saturday night.
It is really a good news for all.(2011/3/20)

2011年3月19日土曜日

国立新美術館(2)National New Museum

喫茶、サロン・ド・テ・ロンド
Cafe Salon de Teh ROND is closed for Saving Electricity.
いつもは、にぎわうこの喫茶店も、今日は節電のためにお休みだ。
本来ならば、「シュルレアリスム展」に合わせたお菓子、「シュルレアリスム風特別デザート」、リンゴのミルフィユ仕立て、シナモンのカスタード、バニラのアイスクリームとブラックキャラメルソース、アールグレーティとともに。(1,350円)を味わいたいところなのだが・・・。

妻子共に被災地にいる小生としては、せめて甘味は我慢しようと思っている。ま、いずれにしても、ここはお休みだから、我慢するしかないんだけど。

(2011/3/18)



国立新美術館(1)National New Museum


2007年1月オープンの国立新美術館は、実は、収蔵品をもたない「貸し展示場」だ。
This Museum has no collection but this architecture itself is an art.

しかし、黒川紀章のこの建物自体が芸術作品なのだ。

実は、この建物が出来た時、私には、「奇をてらった悪趣味な建築」としか思えなかった。その年の都知事選や衆議院選挙への出馬も、私には気に入らなかった。(その選挙の2ヶ月後に、黒川先生は急逝されたので、驚いた)

しかし、4年経った今になってみると、なかなか魅力的な建物だと思えてきた。特に、波打つ吹き抜けのガラス壁面から入る「光線の具合」がなかなかいい。また、その光の流れの中に浮かぶ2つの島の様なコーン型のかたまりも面白い。

今日は、いろんな角度から撮影を試みたが、なんだかとりとめがなくてむつかしい。大きすぎて、1枚に収まりきれないのだ。そこで、コーンとガラス面を対比させて撮影したのが、この写真だ。(2011/3/18)


シュルレアリスム展(2)Surrealisme

大地震の現実や建物の方がシュールだ。
We can watch 125 works of famous surrealisme artists.
1924年アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」によって始まったシュルレアリスム(超現実主義)運動は、1945年の第二次大戦の終結まで続いた芸術運動である。(1966年A・ブルトンの死までとの説もある)

今回の展示では、先行するデ・キリコや、ダダイズムの作品から始まり、M・エルンスト、マン・レイ、ルネ・マグリッド、P・デルボー、ピカビア、J・ミロ、サルバドール・ダリ、マルセル・デュシャン、タンギー等、さらにアメリカに渡って、ジャクスン・ポロックまで、パリ、ポンピドーセンター所蔵の広範な作品125点を観ることが出来る。

今見ると、若気の至りというか、青春時代の勘違いみたいなもので少し恥ずかしい。
小生が高校生だった60年代半ば当時は、ポップアート全盛で、すでに、シュルレアリスムは過去のものだったが、今、改めて俯瞰してみると、ミロ、タンギー、ダリ、ジャコメッテイ、ポロックまでが、この運動の洗礼をくぐることで、独自の世界を創造したことがよく分かる。

シュルレアリスム展(1)Surrealisme

国立新美術館で「シュルレアリスム展」を観る。
The Exhibition of Surrealisme Movement at National New Museum.

水~金曜まで、外出を控えていたら、「エコノミー症候群」になりそうなので、久しぶりに外出することにした。ところが、国立劇場の歌舞伎公演「絵本合法ケ辻」は15日から中止。新国立劇場のオペラ「マノンレスコー」も、演芸場「中席」も「節電」のために休演なんだ。

確かに、悲惨な地震被害の中での芝居見物は、不謹慎かもしれない。落語聞いて笑う気分でもない。だが、国立新美術館の「シュールレアリスム展」なら、この非日常的な災害時にふさわしいのではないだろうか。

実は、国立新美術館も休館だったのが、3/19~21に限り、10~16時までの短時間開館をすることになった。3/21以降は未定。

写真の1階喫茶「カフェ・コキーユ」は開いているが、閑散としている。写真左上のコーンの上の3階レストラン「ブラッスリー・ボールボキューズ・ミュゼ」と、2階の喫茶「サロンド・テ・ロンド」は、どちらもお休みだ。(2011/3/18)

2011年3月18日金曜日

雁木坂(2)、GANGI-ZAKA SLOPE

ふもとから見た雁木坂
The Gangi-zaka slope from the bottom. There is a question if it should be called a Stairway or a Slope.
前ページの写真は1月に撮ったのだが、こちらは3月14日の写真だ。この右手が霊友会神殿になる。麻布台の光景は、地震の後でも全く変わらないが、この1週間で、日本には大変な変化が起こった。

第1段階は、3/11の地震と津波被害。災害の直接的な犠牲者は、死者6,000人、行方不明1,7000人(3/18現在)に及ぶ。「犠牲者・行方不明者の捜索と救出」が課題だ。

第2段階は、「避難所」への救援。物資支援が広がっているが、40万人が避難しているので、ばらつきが出ている。1週間経ち、孤立した避難所は限界にきている。

第3段階は、県外への避難。福島県は、「原発事故」の避難との関係で、県外避難が進んではいるが、特に病人、高齢者の県外病院への転院が課題だ。また、観光地のホテル、旅館での被災者受け入れは、よいアイディアだと思う。温泉もあるし。(2011/3/18)

雁木坂(1)、GANGI-ZAKA Slope at AZABU-DAI

麻布台の小さな階段坂、雁木坂を上から見る。

東京タワーの展望台から眺めると、飯倉交差点の先に、ひときわ目立つ寺院風の大屋根が見える。それが、霊友会神殿、インナートリップの第一ビルだ。過日、初めて本殿の前に行ってみた時、左手に小さな坂を発見。それが、この雁木坂(がんぎざか)だ。(撮影は1月5日)

登った所にある木柱の「いわれ」によれば、「階段になった坂を一般に雁木坂というが、敷石が直角に組まれていたからともいう」とのこと。いい名前だと思ったが、一般名詞を固有名詞にしてるのか?なお、「霊友会神殿」は、坂を降りた左側にある。恐れ多いので、写真の掲載は差し控える。
(2011/3/18)


浜離宮の菜の花

浜離宮のお花畑では30万本の菜の花が満開
The Nanohana flower is in full bloom at HAMA-RIKYU Garden.
でも、地震の影響で、来園者は例年の一割。
中央区の「恩賜浜離宮庭園」の3000㎡の「お花畑」で「菜の花」が満開(新橋経済新聞)というので、早速、「携帯写真ライブラリー」を探すと、2009年2月10日に撮ったお花畑の写真を発見。
この写真では、まだ8分咲きかな。

汐留の高層ビルを背景に、春の息吹を感じさせる光景です。そういえば、「松の茶屋」も復元されたので、すぐ行きたいところだが、「計画停電」の影響で、帰るのに時間がかかりそうだし、大量の花粉が飛散してるので、家にいた方が無難だ。

ちょうど1週間前の地震の時には、汐サイトのビジネスマンが沢山避難してきたらしい。園内の「石灯籠」も倒れたので、すごく心配。

でも、この公園は海に面しているから、津波に注意。6mまでなら耐えられるというのだが、東京直下の場合どうなんだろう?(2011/3/18)

2011年3月17日木曜日

東京タワー(2)

アンテナの先っぽがちょっと曲った。
The top of TOKYO TOWER 333m is a little bit bent.
But please don't worry we can watch the NHK TV.
3/11の東北関東大震災の影響で、ちょっとだけ曲ったのは、「最上部から8メートル下の2段目と3段目の間に1か所」とのことです。

東京タワーを運営する「日本電波塔」は、「塔体の安全性に問題はないが、これ以上の変型防止のため補強工事を行う」として休館している。(みんなの経済新聞3/15)

この写真は、例によって、携帯電話の300万画素のカメラをMAX ZOOMにして撮影した。我ながらいい出来だ。(撮影は3/14)

地震の影響は思いがけないところに出ているが(1)一時1ドル76円という急激な円高と、(2)東京の外国人への避難勧告には驚いた。英語の先生も帰国しちゃうのかなあ?

それにしても、日本の不幸に付け込んで金儲けするキャピタリズムと投機マネーの無法ぶりには唖然とする。(2011/3/17)


東京タワー(1)

赤羽橋のビルの間から眺めた東京タワー

先日(3/13)キューバ大使館そばの旅行会社トラベル・ボデギータに、旅行キャンセル手続きに行った帰り、ふと見上げるとビルの間に、紅白の東京タワーが・・・。東京スカイツリーの陰に隠れ、ここのところ話題に乏しい東京タワーだが、こうしてみると、都会的でなかなかいいねえ。

東京タワーは、いつもは、浜松町から、「大門」を抜け、「増上寺」の右側の坂を登っていくのだが、東麻布からも、桜田通りを渡って、「善長寺」の公園を横切って、「とうふ屋うかい」の右から登って行ける。どちらも坂道なので疲れるけど。

この日は、「東北大地震」のために「キューバ旅行」をキャンセルして、ちょっとがっかりしていたので、タワーに上る気力はなかった。しかし、ふとアンテナのてっぺんを見ると異変に気がついた。
(写真2枚掲載する技を知らないので、次の記事に続く)

2011年3月13日日曜日

東日本大震災について(3)

The Huge Earth Quake in East Japan
One day and half has passed since the big Earth Quake, The East Japan Earth Quake Disaster happened yesterday afternoon. The terrible damages have been clearer and that makes us surprised very deeply because it is too huge and serious.
Some friends sent me e-mails and I would show you in some categories.


3/11午後にM8.8の大地震が発生して1日半が経過。大災害の恐るべき全体像が浮かび上がってきました。友人たちからのメールも届き、考えさせられることが余りに多く、頭を整理してみたいと思います。
1.海外からのメール
この災害情報は、映像とともに全世界に発信されました。イタリアのパオラ、アメリカのギュンター、ミランダ、ドイツのカールから、安否についてのメールやコメントが届きました。みんな、津波の映像に驚いています。
 Mails from abroad
Because of the progress of Information Technology, it is very rapid to send a news all over the world. Paola in Italy and Gunter in S.F sent me kind e-mail asking if my family is OK. They were shocked by the news that the terrible Tsunami over the rice field and town in Natori area or the big fire in Kesen-Numa area.
Miranda in U.S.A. gave me a kind comment and pray for victims. Thank you.
And I have just received a kind e-mail from Carl who is studying now in France or German.

2.帰宅困難
日生協の職員や親類からは、11日の夜に、何時間もかけて徒歩で帰宅したとのメールが届きました。一方、職場に宿泊して、翌日帰宅した人もいます。うーん、一概には言えませんが、無理に帰宅しない方がいいかもしれない。
The traffic problem to return home
In Tokyo many transformation system was down because of the earth quake at Friday night.
Many business men and women tried to come home on foot. There were long line of workers on the main road from the center of Tokyo to the suburbs .
In some companies they stayed the night at the office and come home next morning because the next day was Saturday.

3.外国人労働者からのメール
英語補助教員の仕事をしているウイニーからは、大地震に驚き怖かったこと、どうしたらいいか分からない時に同僚の先生が泊めてくれて助かったとのメールがきました。
a Foreign worker
An American girl, Winny who is working as an assistant of English teacher of an Elementary school    was shocked against the big earth quake that she has never known. She was so scared and confused that she was lucky when one of her colleagues asked Winny very kindly to stay at her house at that night.

4.障害者からのメール
聴覚障害で一人暮らしのEさんからも、こわかったこと、ガスの復旧がわからず復旧に1時間かかったことなどを聞きました。
a Handicapped lady
Ms. E who is deaf and lives alone is scared by the earth quake and it took more than one hour to recover the stopped Gas. Sometimes it is hard for handicapped persons to ask for help by themselves. We should mind and help these people.

5.被災地からのメール
仙台の避難所の妻からは、無事だけど携帯の充電が切れるとのメールが入り、その後音信不通です。もちろん、メールもなかなかつながりませんでした。
The mail from the Victims in Sendai.
It is difficult to contact with the victims because there come so many calls at one time.
Besides the mobile phone will be out of the battery soon.

(2011/3/13)

2011年3月4日金曜日

春休みのお知らせ

3月5日より春休みに入ります。
This blog, CHIHEI's TOKYO REPORT will be closed for one month because of my  Spring Holiday. It may open again Next month if I could come back safely.

2010年11月9日より開店した、この知平の「徒然草」は、約4ヶ月間続けることが出来ましたが、これから春休みに入ります。放浪の旅に出ますが、もし、無事帰ってこれたら、4月に再開します。

この間に、私の興味関心のある分野について、218件の記事(2010年に104件、2011年に114件)をUPすることが出来ましたが、いずれも、マズローの「欲求5段階説」の1~2程度の低いレベルの記事ばかりです。

読者は、「学生時代」や「元職場」の友人、「つくば大学の学生」若干、英語の先生、「海外の友人」少し、といったところでした。本日のページビュー6873を、記事数218で割ると、約30人位の読者がいると想定されます。

また、英語の記事は、まちがった文法、言い回しが多く、海外生活の長い友人の失笑を買い、英語の先生の指摘も受けましたが、練習のつもりで掲載しました。海外の友人から、参考になったとのメールも来ているので、なるべく、「日英併記のブログ」にしたかったのですが、中途半端なものになりました。(反省)

もともとの目的が、「退職によるコミュニケーション不足を補い、物忘れの進行を食い止める」ことでしたので、つまらない話を沢山お話してしまいましたが、ご容赦ください。

しかし、「ブログ作成」は、確かに、「認知症予防」には効果的であると実感しています。記憶をたどることや、写真を撮って、それに文章をつけるという作業が、脳の活性化に効果的です。リタイアした友人諸君におすすめします。

また、このブログを作成するに当たっては、「ギャランティの前田社長」に大変お世話になり、感謝しています。「IT難民」、「情報弱者」の小生でもなんとかブログを作成出来たのですから、前期高齢者の友人諸君のブログも見たいです。特に、金沢市のM君の「農業と登山について」、とか、N君の「八ヶ岳山荘日記」とか、あるといいなあ。

では、また会う日まで。皆さんお元気で。
アディオス、アスタラビスタ!
Thank you very much for your reading my blog.
See you soon. Ciao! CHIHEI  (2011/3/4)

2011年3月3日木曜日

映画の歴史から少し思う

1.過去のアカデミー賞受賞作品から
先月末から今月にかけて、BSハイビジョンでは、夜に「過去のアカデミー賞受賞作品」を紹介している。昨夜は、「ハスラー2」(1986年)で、ポール・ニューマンが恰好よかった。トム・クルーズがすごく若くて新鮮。おとといは、「メリー・ポピンズ」(1965年ディズニー)で、J・アンドリュースが素敵だった。

先月末は、「タワーリング・インフェルノ」(1974)、「アラビアのロレンス」(1962)、「大いなる大地」(1958年)を見た。といっても、長時間鑑賞するための集中力が欠如しているため、全部見るのではない。あらすじはほぼ覚えているので、「好きなとこだけ」見るのだ。これは、調度、歌舞伎が、全編上演はしないで、「人気の段」だけ上演するのと似てる。

例えば、「メリ-・ポピンズ」では、何といっても、「チムチムチェリー」の「煙突屋さん」の歌と踊りが好きなんだ。今回、「銀行」での「取り付け騒ぎ」のシーンから再見したが、金融危機の仕組みにせまる鋭いストーリーに驚いた。

2.映画パンフレットから
ところで、我が家の押入れから、往時の「映画パンフレット」を大量に発見。なかでも、「アラビアのロレンス」は、監督デビッド・リーン、撮影F・ヤング、モーリス・ジャール音楽の雄大な傑作にふさわしい「豪華パンフレット」である。ほしい人いたらあげます。

その他にも、「風と共に去りぬ」、「ジャイアンツ」、「クレオパトラ」、「メリー・ポピンズ」、「サウンド・オブ・ミュージック」、「マイフェア・レディ」、「ドクトル・ジバコ」などの大作パンフが残っている。

その他、レアものは、欧米植民地での戦いを描いた戦争映画のパンフだ。「北京の55日」(注-1)、「ハーツーム」(注-2)、「ロード・ジム」(注ー3)など、現代だと「植民地主義」を美化してちょっと問題になりそうなテーマばかりだね。これらの戦争映画の評価は低く、アカデミー賞とは縁がない。

3.アラビアのロレンスから、リビアについて連想する。
ところで、「アラビアのロレンス」では、ロレンスが、アカバ攻略するシーンがお気に入りだが、この時に、金のためにロレンスに協力する野蛮なベドウィンの族長を演じたのが、アンソニー・クインだ。バランスをとるために、スマートな族長を、オマー・シャリフが演じている。

このアンソニー・クイン演じる族長が、なんだか、カダフイ大佐に似てるような気がするんだが、どうでしょうか?カリスマとしての魅力とリーダーシップを持ち、自分の価値観を絶対のものとして、自分の家族、部族の発展のみを考える。

「朝日新聞の報道」に依れば、カダフィ大佐は、カッダーファ部族出身で、反カダフィ派は、6つの別の部族なのだ。でも、リビアには、大小100以上の部族がある。明治維新の時の、日本の藩みたいなものかもしれない。

リビアで体制が崩壊すれば、各地の部族が幅をきかせる「ソマリア化」が進むとの指摘もある。世界は広いし、考え方も様々だ。
(2011/3/3)

(注-1)「北京の55日」1900年、「義和団事件」を契機に、欧米列強が清国の植民地化を更に進め、日本が協力した。映画では、野蛮な義和団に対して、列強が如何に勇敢に戦ったかが描かれた。
(注-2)「カーツーム」アフリカ、スーダンの内戦を描く。
(注-3)「ロード・ジム」地獄の黙示録を思わせる、東南アジア(ビルマ?)での屈折した物語。ピーター・オトゥールと伊丹十三が出演。

入りにくいカフェ10

銀座2丁目ヨネイビルの「アンリ・シャルパンティエ」入口
What do you think this entrance of this store is?
うーん、この店は一体何だ?
地下鉄銀座1丁目界隈の、チョコレートハウス、「ノイハウス」に寄ってから、中央通りに戻る時、「読売広告」のモダンなビルの向かいに見かけるこの古いビルが、まさか「喫茶店」とは知らなかった。

私のネタ帖「銀座百点」に村松友視さんが、「一杯の珈琲から」というエッセイを書いていて、その第24回最終回(2010/12月号)に、「銀座の喫茶店行脚の掉尾を飾るにふさわしい店」として紹介されているのが、この「アンリ・シャルパンティエ」だ。

そのエッセイの要点をまとめると、
(1)まず、震災後、昭和5年に建てられた「ヨネイビル」の設計は森山松之助、このビル自体が東京都選定の歴史的建造物であること。

(2)建築家、J・ニュエルによる内装は、一階の広いショップから、「螺旋階段」で地下の喫茶室に下りていくと、「書棚の壁」(実はトイレの入り口)が見えるなど、「オスマン様式のパリのアパルトマン」をコンセプトに作られた。

(3)サロン・ド・テの奥には「ガブリエル・デストレとその姉妹」の拡大された絵が使用され、不思議な雰囲気を醸し出している。

(4)1969年に芦屋に「アンリ・シャルパンティエ」を開店した創業者は、1995年の阪神大震災で打撃をうけるも、再建され、2003年には銀座に進出。その時に、街に溶け込んでいる場所として、このヨネイビルを選んだとのことです。

・・・というわけで、先月、英語学校の帰りに覗いてみたけれど、ご覧のように人影も見えない。中に入ると、正面奥の左がショップ、右手に地下に降りる階段がある。

案内のお姉さんに導かれて地下に降りたら、満員なのでびっくり。ほとんどが奥様グループかカップルで、年金生活の「前期高齢者」のおじさまには、入りづらいことこの上ない。しかも、おひとりさまの席は、座席が接近しすぎて、落ち着かない。ケーキの写真を撮るのもはばかれる居心地の悪さ。

入りづらい喫茶店の①「女性客が多い」、②「コーヒーが高い」という2要素をしっかりと満たしてるということで、「入りづらい喫茶店」第一位は、間違いなくこの店に決定しました。

(注-1)後の9つの「入りづらい喫茶店」について、入りづらいので、写真がとれないため、どのように報告すべきか悩んでいます。予定では、新宿高島屋4階、「サロン・ド・テ・ミュゼ・イマダミナコ」、同じく1階の「フォション・パリ・ル・カフェ」、銀座「資生堂パーラー」、南新宿、新国立劇場3階の「マエストロ」、秋葉原の「メイド・カフェ」などです。「カタカナ」ばかりの店名は要注意。

(注-2)ちなみに私の好きな店は、①古い、②空いてる、③珈琲がおいしい、④でも安い、⑤何時間でもねばれる、⑥新聞がおいてある、⑦禁煙、⑧トイレが綺麗、⑨サンドイッチがおいしい、⑩ウエイトレスが可愛い、などです。チェーン店のなかでもいいのが結構ありますよ。でも、すべてを満たす喫茶店には出会ったことはありません。
(2011/3/3)

2011年3月2日水曜日

Dangerous Sweets

夜食にはおすすめできません。
I can't recommend this Chocolate Muffin for night dish.

You can make this sweets very easily with English Muffin and chocolate. It is especially sweet when the chocolate starts melting because the bread is hot.
But I am sorry that I can't recommend this sweets to eat in the night before going to bed.
It is too dangerous not only for your health but also your weight control. I agree it is difficult to avoid this sweets even so you know the danger. Generally speaking the danger it is the more attractive it will be.

パスコのイングリッシュ・マフィンをちょっと炙って、板チョコを挟んだ、私のお気に入りの「おやつ」ですが、高カロリーで、歯にも体にも悪いので、特に夜食には食べないで下さいね!
しかし、チョコが溶けたところがとっても美味しい!
(2011/3/3)

American tourists will probably now flood into Cuba.

My English teacher,Dr.Sehfeldt sent me an article of S.F.Chronicle telling about the travel to Cuba.
He is very kind to send me this information because he knows that I am now thinking about to visit at Habana in Cuba with my university friend, Yasu who is a specialist of Spanish and South America.

I know that it is forbidden for American citizens to visit at Cuba because the American government doesn't like Mr. Castro even so he is so old.

Since the bankrupt of the Communism in Soviet Union style Cuba had suffered very hard time in their economy. But they have found a very profitable industry in Cuba since the end of Last Century.

They have changed from Communism to Tourism that is very profitable industry and suitable to Cuba that has many historical places, some of them are the world heritages and beautiful coasts and mountains.

Besides the Cuban music is very popular and attractive and for the old car mania this island is a paradise. If you have interests in American literature you should stay at the Hotel Ambos Mundos that is Hemingway's favorite hotel.
Even the famous communist Ernesto Guevara is also one of the resources of tourism.

Because of these reasons many tourists from European countries and Canada visit and enjoy Cuba. When you visit Havana, you find that the streets are filled with tourists from all over the world. and enjoying the low costs of high-rise Cuban resorts in Varadero beach, in Holguin, Cayo Coco and elsewhere. It says.

The writer of this article expects that the American Congress will ultimately put an end to this counterproductive policy. (2011/2/6)

2011年3月1日火曜日

GAPフラッグシップ銀座店

晴海通りの気になるビル、GAPが、間もなく開店
GAP JAPAN will open the Flag Ship Store at Ginza.
長い工事を終えて、美しいブルーと透明ガラスのファサードが現れて1カ月。いよいよ3/3のひな祭りにGAP JAPANの旗艦店がオープンする。

この界隈では、昨年、三越の増床オープン、松坂屋に家電量販店ラオックスの参入、マリオンの有楽町西武が閉館。和光が日曜日営業を開始など、苦戦する老舗小売店の姿が目立っただけに、次々と続く外資の参入は複雑な気持ちだ。

それにしても、きれいなビルで、思わず何枚も写真を撮ってしまった。手前の車がビルに合ってるね。(撮影は先週のものです)
(2011/3/1)