2011年4月30日土曜日

連休の予定

昨日4/29からゴールデンウイークに入り、宮城県、特に石巻にはボランティアの人々が殺到してるとのことです。一方、岩手、福島は不足とのこと。なかなかむつかしいものですなあ。

小生は、結局、仙台行きも延期、あまり外出しないで過ごすことになりそうです。まあ、体力、気力ともになく、仙台の妻子への仕送りでお金も無くなったので、当初予定していた、新幹線日本縦断(注-1)も延期せざるをえません。

防災的観点からも、連休で混雑した行楽地や、繁華街に行くのは避けた方がよいでしょう。展覧会や映画館も混むだろうね。でも、人生を漫然と過ごすのはよくないので、連休の計画を立ててみた。

4/30(土)東中野老人会(注-2)の友人たちと有楽町で会食。これは前から決まってたので、前言と矛盾するがやむを得ない。参加者は夫人同伴(注-3)なのに、小生は一人で参加するのは淋しい。

5/1(日)明日は、家で、イーオンのCASECテスト(注-4)を受ける。これは、40分くらいで英語レベルを判定するテストだ。この前のテストでは、TOEICスコアの目安は715点。英検2級程度との判定だった。
パソコンでの回答の仕方がむつかしいのと、意識が途中で途切れる(注-5)ために想定を下まわる低い結果になった。今度は、テストの前に英語を聞いたりして、頭を馴らしてから受けてみよう。テストはきらいだ。

5/2(月)庭の掃除。放置された庭が大変なことになっている。特に桑の木がすくすくと成長してる。さらに、ブログのコメントがよくわからないので、前田事務所にも行かなければならない。
5/3以降は、まだ計画立てていません。

ただし、5/9からの1週間は、母の介護保険認定のために病院にいったり、ケアマネージャーと打ち合わせする予定。

(注-1)新幹線日本縦断。まず飛行機で鹿児島に行き、そこから九州新幹線で大阪へ。大阪で1泊。翌日、東海道新幹線で東京へ。東北新幹線に乗り換えて青森へ。青森で1泊。レンタカーで東北自動車道を仙台に戻る。2泊3日のコースです。

(注-2)東中野老人会は、現在会員4人。偏屈な老人の集まりのため広がりに欠ける。
(注-3)会員には半病人もいるので、介護または監視のために夫人が付き添う場合がある。
(注-4)CASECテストは、2830円で受けられる。PCでの英語レベル判定簡易テストだ。
(注-5)相手が人間なら、意識が飛んだ時、聞き直せるが、機械相手だと画面が変ってる。

2011年4月29日金曜日

Royal Wedding(4) Parade on the Mall

屋根のない馬車でザ・モールをパレード
The Royal Carriage and four parading along the green Mall. 
四頭立ての無蓋馬車で行進する、ウイリアム王子とプリンセス・ケイト。
The Duke and the Duchess of Cambridge parading on the carriage to Buckingham.

広くてまっすぐなモールは、両側の並木が美しい。馬車の左はグリンパークだ。大勢の人々が集まっている。

1981年、チャールズ皇太子とダイアナの結婚はセントポール大聖堂で行われた。その年12月にロンドンを初めて訪れた私が、マダムタッソー蝋人形館で観たダイアナ妃のロングドレスは7mだった。

1985年の冬に、妻と来た時は、セントポールの塔に登った。その時長女は妻のお腹にいて一緒に登ったんだけど覚えてないよね。
1997年、交通事故で亡くなったダイアナ妃の葬儀は、ウエストミンスター寺院で行われ、テレビ中継された。

2003年に、長女とロンドンに行った時は、ウエストミンスターのシェークスピアのお墓にお参りした。
2011年の現在、日本に居ながらにしてロイヤルウエディングをテレビ中継で見られるのは素晴らしい。(2004/4/29)

Royal Wedding(3) Westminster Abbey

エリザベス女王とエジンバラ公
Queen Elizabeth and Duke of Edinburgh  
エリザベス2世は、スーツに合わせた黄色の帽子が素敵だね。うしろのお二人は誰だか知らないけど、王室の方なんでしょうね。やっぱりユニークな帽子を冠っている。

エジンバラ公の赤い軍服、女王の黄色のスーツ、後ろのレディの青いドレスと、カラフルなご一家です。

1989年の11月に、女王の何かの記念日があって、たまたまロンドンにいた私は、見物に行った。やはり、ウエストミンスターのあたりから、バッキンガムへのコースであった。

この写真は、テレビの枠が上下等分になった。わりと、上手く撮れたけど、この枠がなくなれば上等なのだが。(2011/04/29)

Royal Wedding(2) Westminster Abbey

ウエストミンスター寺院の内部
ロイヤルウエディングには、1900人が招待された。
1900guests are invited to the royal wedding.

イギリス連邦の人口は世界の25%を占める17億人だから、20億人がこのテレビを見ているというのもあながち大げさではない。

寺院内部には、楓の木が飾られているが、ケイト・ミドルトンさんの「森の中の結婚式にしたい」というリクエストによるそうです。

それにしても、テレビの写真をとるのって難しい。
まず、テレビは横長なので、うまく枠におさまらない。この写真でも、テレビの下の方が写ってしまった。
(2011/04/29)

Royal Wedding(1) Westminster Abbey

英国王室の結婚式の中継を観る。
Almost 2 billion people had celebrated and enjoyed the wedding of the Royal family U.K. all over the world. 
ケイト・ミドルトンさんとウイリアム王子の結婚式は、日本時間の7時から、ロンドンのウエストミンスター寺院で行われた。
I watched this wonderful wedding ceremony in the Westminster Abbey on the TV at 7 pm of 29th April.

英国国教会のサービスの後、パレードに移る。コースは、ウェストミンスター寺院から、官庁街ホワイトホール→ハウスガード→モール→バッキンガム宮殿。
The parade after the ceremony started from Westminster, white hall, the horse guard and the Mall to the Buckingham Palace.

このテレビ中継は世界で20億人が見ているとNHKのアナウンサーが言ってる。本当ならすごい!
It's amazing that more than 2billion people were watching the TV of the Royal Wedding all over the world.
(20011/04/29)


表参道のコープオリンピア

コープオリンピアと表参道のけやき並木

1927年竣工の「同潤会アパート」が2006年2月に「表参道ヒルズ」となった今では、1965年竣工の「コープオリンピア」は、この界隈で一番古い建物の一つとなった。(施工は清水建設)

けやき並木に溶け込んだ、低層で、落ち着いたたたずまいがいいですね。地下には中華料理の「南国酒家」がある。ここも随分長く続いてる。(2011/4/29)

2011年4月28日木曜日

南青山ヨックモックのテラス席 YOCK MOCK at AOYAMA

チョコレートクレープをいただきました。
After watching a national treasure KAKITSBATA-ZU BYOBU at Nezu Museum in south Aoyama I dropped at a sweets restaurant, YOKU MOKU.
If you like traditional Japanese art and beautiful Japanese garden and sweets I really recommend you both Nezu museum and this restaurants.
根津美術館で国宝「燕子花図屏風」を鑑賞した後、お庭を散策。あらためて灯籠の写真を沢山撮りました。たしか、昨年の5月にも同じような行動をしている。相変わらず進歩がない。

ところで、「菖蒲」、「杜若」、「燕子花」、「あやめ」の4つの花はどう違うのだろう?燕子花は、「かきつばた」とも、「エンシーカ」とも読む。杜若も同じ読みだ。英語ではアイリス(iris)。

帰りに、ヨックモックのお店に立ち寄り、クレープとアールグレイティを注文。暖かい日なので、テラス席で頂く。たしかに甘いもの摂りすぎであることは認めるが・・・。
(2004/4/28)

CACAO SANPACA IN AOYAMA

ヘンリー・ダーガー展の後でホットチョコレートをいただく。

連休が近いので混雑する前に根津美術館の「国宝燕子花図屏風2011」を観ておこうと思って、原宿から神宮前まで来たら、ラフォーレの壁に「ヘンリー・ダガー展」の垂れ幕を発見。前田社長が薦めていたのを思い出して寄ってみた。

アメリカン・イノセンス、純真なる妄想が導く「非現実の王国で」という副題が示す通り、性的メッセージと暴力の衝動に溢れた、かなりあぶない妄想の世界だ。まあ、芸術とは、卓越した技術や洗練された技巧によって、欲求が昇華されているだけで、そもそも妄想なんだから、ダガ―の作品は、「プリミティブアート」に仕分けてもいいだろう。でも、家に飾るのはやめたい。

さて、健康のために神宮前から表参道まで歩いて、疲れたので、スペイン王室御用達のチョコレートショップ、カカオサンパカに寄ってみた。昨年オープン時には混雑していたのでパスしたが、今日はいい塩梅に空いている。

カタラン(カタルーニャ)という名のホットチョクレート(480円)を頂いたが、すなわちバルセロナのチョコなんだ。チョコレートは明治か、スイスか、ベルギーという先入観があるので、スペインのチョコはチョット意外。
ミルクチョコの室内、ダークチョコの椅子など、チョコレートショップにふさわしいお店です。(2011/04/28)

2011年4月27日水曜日

Le Cafe Doutor Ginza

銀座の喫茶店を考える。
過日、西五番町の「カフェ・ル・トン」に入ったら、「銀座の喫茶店」というムック(雑誌)が置いてあったので、パラパラと見ていたら、本当に銀座には喫茶店が多いと思った。当の「ル・トン」もその本に載っていて、ご主人に聞くと、今度また別の雑誌の取材を受けたと話してくれた。

その雑誌に載っていたのは、中央通りの明治43年創業の「カフェ・パウリスタ」、その裏にある1948年創業の小さな「珈琲だけの店ランブル」、東通りの1936年創業の「トリコロール」、並木通り「風月堂」といった老舗をはじめ、千疋屋、資生堂、和光などの喫茶室、最近のものでは、「ロイヤル・クリスタル」、「マリアージュ・フレール」、「アンリシャルパンティエ」といったを噛みそうなのまである。

さらに、若松、鹿乃子、松崎煎餅、とらやなどの和風甘味屋。ウエスト、ハーゲンダッツ、ピエール・マルコリーニ、ノイハウス等の洋風お菓子屋。教文館、伊東屋などの喫茶。そして、ルノワール、椿屋、ドトール、ベローチェ、スターバックスといったチェーン店。

それ以外に行った喫茶店も沢山あるし、ネットで観たら、行ったことのないのが一杯出てきた。
もちろん喫茶店評論家になるつもりはないから、全部回ろうとは思わないけれど、喫茶店巡りは楽しい。

そして、(1)現時点で、(2)銀座地域に限って、(3)私にとって、「どの喫茶店が一番か?」と聞かれたら、この写真の三愛ビル1~.2階の「ル・カフェ・ドトール銀座」がベストであると答える。

(1)一番のポイントは、ブレンド、アメリカン、エスプレッソいずれも380円という価格設定だ。今お金がないんです。他は500円以上、中には800円、900円、1000円なんてのもあるんだ。困る!

(2)次に、珈琲の味だが、ここは、おいしいんです。私の味覚に合ったコーヒーといってもいい。他の珈琲の名店と言われる喫茶店と比べても負けてない。

(3)そして、店内の照明景色がいい。明るいので、本や新聞が読めるし、2階からの景色も最高だ。暖かい時期は1階テラスも悪くない。

(4)椅子がまともでいい。高さと固さが調度いいね。古い喫茶店で、元は高級な椅子かも知れないが、座りにくいのって案外多いんです。ここのは、そんなに高級ではないけど具合がいいね。

(5)適度に混雑してるのがいい。たまに、混み過ぎてたり、2階に喫煙者が集結してひどいことになる場合もあるが、私の行く時間帯は適度な込み具合で、お菓子を持ち込んでも目立たない。

一言でまとめると、「高齢者が一人で1時間以上、珈琲一杯でねばれる」ということだね。
(2011/04/27)

カフェ・ドトール・三愛

この季節は、テラス席で原発の記事を読むのがおすすめ。
It was so warm today that I enjoyed sitting on the terrace seat of the Cafe at the corner of Owari-chyo cross. 
Reading the Japan Times I came across an interesting article about the memorial ceremony at Chernobyl in Ukraina. It has passed 25 years since the worst nuclear accident happened there.

There attended the Russian president Dmitry Medvedef, Ukrainian counterpart Victor Yanukovych and Russian Orthodox Patriarch Kirill.

The timing of this ceremony is quite suitable not only for us to remember the fear of the Catastrophe of Chernobyl but also contemporary resonance after the March earth quake and Tsunami in Japan which damaged reactors at the FUKUSHIMA #1 power plants.
I was quite impressed by the speech of President Medvedef ; Our modern states must see the main lesson of what happened at Chernobyl and the most recent Japanese tragedy as the necessity to tell people the truth. (2011/04/27)

2011年4月26日火曜日

The Memory of Plymouth in UK(4)

プリマス生協は歴史ある大きな生協で、市内に古くからの、りっぱなデパートをもっていた。しかし、生協での研修の内容は全く覚えていない。その代わりに、毎晩ピーターとパブ巡りに出かけたのを想い出した。少なくとも3つのPUBに行っている。(注-1)

一つ目は、アルマダウエイの南、プリンセサ通りにある洒落たPUBで、ここは、ガラス張りで明るい店だったがあまり印象にない。客層もアッパークラスで、値段も高かった。

二つ目は、安い所を探して、暗い海岸通りの、怪しいPUBというよりスナックみたいなところに入ったが、お客も少なくて、雰囲気も悪いので早々に退散した。

三つ目は、市内の普通のPUBで、混雑していた。アジア人は小生だけで、珍しがられて、地元の自称ダーツ名人と勝負することになった。結果は覚えていないが、ここは楽しかった。

そして、ある日、海岸通りを歩いていたら、波止場にMAY FLOWERの文字を見つけた。そう、1620年に、ピルグリムファーザーズ102人の清教徒達が、信仰の自由を求めて新大陸に旅だったのが、この小さな桟橋だった。(注-2)その小ささに感激した。

確かに、この町の高台から大西洋を望むと、「この先に何があるのだろう」と、冒険心を掻き立てられた海賊たちの気持ちがわかる。(注-3)小生でさえ、大西洋に行きたくなったのだ。

さて、プリマス生協は、その後、合併によって、「プリマス&サウスウエストCO-OP」と名称を変えたが、競争力の低下に歯止めがかからず、2009年、この歴史的建物であるデパートDerry’sは、リバプールのVERGOグループに売却され、CO-OPは、非食品分野から撤退したのである。

調べてみたら、現在は、かなり離れた郊外にCO-OPのスーパーマーケットがあるようだ。
機会があったら、この町にはもう一度行ってみたい。
(2011/04/26)

(注-1)地図を観ていたら記憶がよみがえってきた。
(注-2)メイフラワー号がたどり着いた町は、偶然にもプリマスという町だった。彼らがつぃた町を、プリマスと名付けたわけではないそうです。
(注-3)プリマス出身の有名人は、ドレークの他に18世紀の有名な女海賊、メアリ・リードがいる。

The Memory of Plymouth in UK(3)

さて、15年前の古雑誌で見つけた司馬遼太郎のエッセイの、「サー・フランシス・ドレイク」と「海賊」の二つのキーワードで想い出したプリマスについての記憶だが、手元に資料が全くないので、灰色の脳細胞を探っていくと、小生が投宿した安宿と人工的な街並み、古い海岸通りが浮かんでくる。

プリマスのマスは、MOUTHすなわち、口という意味だが、川の口、河口を示す。イングランド南部の港町、ボーンマス、ポーツマスも似た名前だ。グーグルの地図と航空写真で見ると、駅から南の「ホー公園」(Hoe Park)を想い出した。サー・フランシス・ドレークの黒い銅像は、港をみおろすこの公園の一番南の高台に立って、海を見つめていたのだ。

アルマダの海戦は、ローマ・カトリックのスペイン王フェリペ2世とその義妹、新教徒のエリザベス1世との確執を背景に、1585年から1604年にわたる「英西戦争」の中で英国海軍の優位性を示し、エリザベス1世がおおいにポイントをかせいだ戦いであった。

1588年6月にリスボンを出発したアルマダ艦隊は、英仏海峡からイングランドに侵攻する計画であったが、その最初の戦いが「プリマス沖海戦」であった。その後、ポートランドワイト島沖での前哨戦を経て、英仏海峡、カレーとダンケルクの中間に位置する、「グラブリンヌ沖海戦」で、英国はスペイン艦隊に大きな打撃を与えた。英国本土上陸を断念したアルマダ艦隊は北上し、北海、アイルランド沖経由で南下、スペイン北部のサンタンデールに戻ったのは9月であった。

戦闘での被害よりも、この帰国の途上に嵐や飢餓で失った損害が大きかったという。
(続く)

2011年4月25日月曜日

コメントへの回答

U-koさんのコメントは、削除されずに残っていました。長いからかな?でも、その質問には答えられません。「パソコンの操作」は、意識的にやってるというより、はずみで操作してるので、前に出来たのに今度は出来なかったり、なんとなく出来たりするんです。

なぜ前は匿名にしかならなかったのに、今度はUmeという名前をいれられたのか?全く覚えてません。もう一度できるかどうかわかりません。人生と同じです。

そういえば、先週、メールの文字が小さくなってしまいました。おせんべいを食べながらキーを打っていたので、キーボードの上を手で払ったら小さくなったのです。とても見づらくて困ったのですが、今は大きくなりました。

前田社長の「空也最中に関するコメント」はなかなか的を得ている。「空也最中」は、最中界の東大、否、ハーバードだといってもいい。パリッとしたきつね色の皮と中身のあんこの絶妙なコラボレーションは、国境を越えて支持されている。

「食うや食わず」というフレーズを思い出させる「空也」というネーミングも秀逸。そして、小さいのがいい。100円を切る価格設定もいい。実は日持ちもする。今度お土産に持参しましょう。

南池袋の「自由学園明日館」は、本当に素敵な空間ですね。池袋は様々な表情を持っていますが、西口の雑踏をほんの少し離れただけで、こんなに落ち着いた場所があるなんて不思議です。先日、娘と、そのお友達と伺った時には、貸し切りで、結婚式をしていました。

ウイスコンシン州出身のフランク・ロイド・ライトの名建築は、実に親しみやすく、すっきりと分かりやすいですね。いつか「暖炉の夕べ」に参加したいと思います。

そういえば、ここのクッキーは、ちょっと高いけれど美味しくて好評。内の老母も気に入りました。
(2011/04/25)

The Memory of Plymouth in UK(2)

イングランド南西のデボン州の港町、プリマスの丘の砲台でサー・フランシス・ドレークの雄姿に対面したのは、1588年のスペイン無敵艦隊との決戦から約400年後の1985年の冬(注-1)のことであった。

当時、英国協同組合カレッジのMTSコース(注-2)を受講していた小生は、何番目かのリサーチの課題に、プリマス生協に行くように言われた。(注-3)

一緒に行くのはピーター(という名前だったと思う)という長身の青年で、コープに行くべきかテスコに行くべきか悩んでいた。(注-4)

週末はロンドンにいたので、ピーターとは、現地の宿屋で会う約束をして、日曜日早朝にパディントン駅を出発した。その時、何度「プリマス」と言っても通じないので閉口した。(注-5)
(続く)

<CAUTION>
「このコーナーは「認知症患者の治療」として書かれています。記憶の糸をたどりながら、細部が鮮明に思い出されることがあります。一方で、根本的に記憶違いという場合もあります」。

(注-1)もしかしたら、1984年の秋かもしれないが、東日本大震災以来、認知症の進行が著しい小生にはよくわからない。

(注-2)このリサーチは、2人一組で2週間、現地に滞在しながら、実習体験と講義を受けて、レポートを提出するというもので、6カ月の研修中に、多分6か所を訪問するのだ。

(注-3)えーと、書いてる内に少し想い出してきたけど、訪問したのは確か、(1)コルチェスター、(2)ハロゲート、(3)リンカーン、(4)プリマス、(5)ピーターバラ、(6)ワルソルではないかな?

(注-4)あれから四半世紀。今だったらまよわずTESCOに行ったはずだ。

(注-5)Plymouthの発音はすごくむつかしい。窓口で何回も繰り返してやっと通じた。なお、パディントン駅は、あの熊のパデイントンが拾われた駅だ。というより、ここで拾われたので、駅の名前をつけたんだ。

コメント不掲載のお詫び

前田事務所から連絡が来て、「コメントがUPされてない」というので、ブログの「管理ページ」を調べたら、何故か「公開」のページにコメントが何件か入っていたのに、公開されていませんでした。

「明日館について」とか、関西支所の方からのものもあったのに、気がつかないで、大変失礼いたしました。皆様のコメントを公開しようとしたのですが、誤って削除してしまいました。(解除と削除を間違えた?)

後悔(公開)先に立たずで、ごめんなさい。
連休中に何とか、復旧しようと思いますが、パソコン音痴にはむつかしいかも。
・・・という訳で、コメントしていただいた皆様にお詫び申し上げます。
頓首(2011/04/25)

The Memory of Plymouth in UK(1)

文芸春秋バックナンバーから。前回は、1975年7月号の田原総一郎の「エネルギー50年戦争の実相」から、「原子力発電導入の経緯と東電と官僚の確執」を紹介した。

今回は、だいぶ最近のもの、といっても1995年の阪神大震災とオウム真理教事件の興奮さめやらぬ、1996年1月号だから、15年前だ。特集は、「大和銀行井口被告の告白状独占公開」。この翌年には、山一証券の破たんが待ち構えているのだから、感無量である。

その新年特別号の巻頭エッセイに司馬遼太郎が「歴史の中の海軍」を書いている。
昭和40年頃、「坂の上の雲」を書き始めたころ、海軍の気分を知るためにインタビューや歴史を勉強した時のお話だ。

世界の海軍の覇権の歴史を俯瞰的にとらえれば、1492年のコロンブスの新大陸発見以降、
(1)イスラムが独占していたインド洋貿易を、1509年のインド洋海戦でポルトガルのアルメイダが撃破。その後、ポルトガル、スペインによる大航海時代となる。

(2)そのころ英国は海軍を持たず、毛織物を織っていたが、輸出のために新大陸に向かう。
「ある時、プリマスの商船隊がメキシコ沖でスペイン艦隊に懲罰的な攻撃を受け、惨敗してわずか2隻が戻った。その内の一隻の船長がフランシス・ドレークだった。」

(3)プリマスの商人たちはドレーク船長に投資して、ドレークは、スペインの商船を襲い、ある時は2万ポンドの貴金属を得たが、戦利品の多くをエリザベス1世に献上。ナイトに叙せられる。更に女王は海賊に「勅許状」を与えて、海賊行為を進める。

(4)そしてついに、1588年7月30日、スペイン無敵艦隊(インビンシブル・アルマダ)との海戦が起こる。無敵艦隊は130隻という空前の海上戦力。対するドレークは軽砲を備え船足の速い小型船で攻撃し、無敵艦隊を撃破。英国の時代が始まるのだ。(続く)

2011年4月23日土曜日

新緑のガーデンプレイス

EBISU Garden Place in new Green.

You can see the Westin Hotel in the deep center between green trees,
This place is developed at the end of last century at the late Beer Factory place.

There are shopping center and restaurants and of course Beer Garden.
The left side there is Mitsukosi department store and the right side Photo Museum.

You can get here from EBISU JR station about 5minutes on foot.

ベッティナ・ランス写真展「女神たちの楽園」

Bettina Rheinms Photo Exhibition MADE IN PARADAISE
東京都写真美術館入口には道端ジェシカの大きな写真が。
The Big Photo of Michibata Jessica is looking at you at the gate of Tokyo Photo Museum. You can watch another Exhibition of B.Rheinms at the Nexus hall in Ginza.
こちらには「ネクサスホール」の倍の約60点が展示されている。「セレブ達の美しき幻影と気品」というサブタイトルは、 ちょっと女性週刊誌的で鼻につくが、作品はいずれも素晴らしい。

とにかくモデルが素晴らしい。マドンナ、シャロン・ストーン、カトリーヌ・ドヌーブ、アンジェリーナ・ジョリー、ナオミ・キャンベルなど、誰が撮っても魅力的な被写体なだけに、どう撮れたのか見るのは楽しい。

各作品について、小生の勝手な感想は、マドンナやアンジーはリラックスしすぎ。ドヌーブは普通。シャロン・ストーンは作りすぎ。それでも充分魅力的だが。寺島しのぶはアジアンを強調されすぎ。その他のアジア人の被写体の扱いも、作りすぎ。今後の課題だね。

一方、道端ジェシカはまっすぐなまなざしが印象的な傑作だ。ソフィ-・マルソー、ナオミ・キャンベルなど「ポートレイト」のタイトルの作品がいい。特に、モニカ・ベルッチは素晴らしい。(2011/04/23)

東京都写真美術館

写真美術館は、16年目を迎えた。
It has passed 16 years since TOKYO PHOTO MUSEUM opened.

恵比寿の南口から、動く歩道をいくつも乗り継いで、恵比寿ガーデンプレイスの人工的なエリアに入ると、いつも違和感を感じる。

カリフォルニアのショッピングセンターの様な、空虚な空間が広がる。ちょっとシンガポールにも似てるけど、こんなに淋しくはない。

でも、タワービルの奥まった一角にある「東京都写真美術館」は、わりと好きな場所だ。名前はもっと格好いい名前にしてほしかったけど。

今日は風雨が強く、この中途半端に屋根の張りだした通路を歩いている内に随分濡れてしまった。




雨の中のポピー POPPY in the RAIN

通り道の花壇で見つけたケシの花
本日は、風雨がひどく、外出すべきか迷ったが、予定通り東京都写真美術館に出かけることにした。先日、銀座のシャネル、ネクサスホールで見た「ベッティナ・ランスの展覧会」を、恵比寿でも開催しているのだ。(5/15まで)

昨日は、お使いの他は、ほとんど家にいたので、今日は健康のために、駅まで歩くことにしたのだが、桜の後に色んな花が咲いているね。八重桜は満開。ハナミズキやツツジは咲き始め。足元には、レンゲやハナニラ。花壇にはチューリップという具合だ。
(2011/04/23)

2011年4月22日金曜日

戦火のナージャ

4月は、クリント・イーストウッドの「Here After」、ソフィア・コッポラの話題作「SOMEWHERE」などを見るつもりだったのだが、あまりにシリアスな現実のもとでは、やや地味で重たいと感じた。それに前者は、津波シーンがあるために上映中止になったし。

それで、スカッとするものが見たくて、4/2「トゥルーグリット」、4/9「RED」と、一度見た映画の再見が続いた。True Gritは、再見により理解が深まり、本当によく出来ていると感心した。REDは、楽しめたけど、「もういいや」という感じだ。でも、とにかくスカッとはした。

さて、そんな精神状態にもかかわらず、重たい映画を見てしまった。ニキータ・ミハルコフの「戦火のナージャ」(EXODUS)である。これは、1994年アカデミー外国語映画賞受賞の「太陽に灼かれて」の続編という話題作である。

和光裏の映画館「シネスイッチ」は初めて入ったけど、一昔前のATG「日劇文化」みたいな雰囲気だ。観客は、団塊の世代、すなわち小生と同世代の老人が多い。

人類の歴史には信じられない悲劇が多いが、20世紀には、ふたつの世界大戦、ナチスのユダヤ人迫害、スターリンの粛清、毛沢東の文化大革命、ポルポトの虐殺等、特に悲惨なものが多いので、これらを題材にした映画も多い。

ドキュメント風、戦争映画等多彩だが、古くは「戦場にかける橋」「大脱走」「史上最大の作戦」「ドクトル・ジバコ」、80年代以降でも「キリングフィールド」「シンドラーのリスト」「プライベートライアン」「戦場のピアニスト」などが記憶に残る。いずれも見終わった後に深い疲労感が残るのが特徴である。

今回の「戦火のナージャ」も疲れたー。スターリンの迫害を受けて銃殺されたはずの元英雄アレクセイ・コトフを探すKGBのドミートリ大佐、コトフの娘のナージャの父を探すサバイバル物語である。

ミハルコフ監督は、黒澤明の影響を受けていて、七人の侍や用心棒を思わせるシーンもある。監督は、空間、時間、人間が重なった時に生まれた悲劇、喜劇を描くと語っているが、確かに、偶然と必然が人間の運命を左右することはよくある。そのようなエピソードを積み重ねて物語は進む。

だが、各エピソードのつなげ方がイマイチ。戦時下にしてはナージャが太っていて元気すぎるのも気になる。たとえば、「戦場のピアニスト」のお腹のすかし方は、尋常でなかった。細部のリアリティにも注意してほしいね。そして、第三部にどう続くのか、ちょっと心配だ。
(2011/04/22)

2011年4月21日木曜日

空也最中 KUUYA-MONAKA

差し入れにも、お土産にも最適
KUUYA MONAKA is suitable for the Gifts.
水曜日に、並木通の「空也最中」前を通りかかり、中をのぞいたら、「当日売り」の箱が積まれていたので2箱買った。(予約の商品はビニール袋に入っている)

1月は年始、3月はお彼岸のため売り切れの日が多かったので、今年初めての購入だ。1箱10個入りで、950円。安くておいしく、小さくて日持ちがするので人気のお菓子である。

創業は明治17年で、今年で127年。最初は上野池之端にあったが、戦災で焼失、昭和24年に銀座6丁目並木通りに移ってきた。空也念仏にちなんだ命名である。(同封のチラシより)

この日は、一箱を英語学校の先生とスタッフに差し入れ、一箱を我が家のお土産にする。外国人にも評判のいいお菓子だ。特に、ベジタリアンのニコール先生はおいしーいと言って感激してた。

2011年4月20日水曜日

Traditional NIGIRI SUSHI at SUSIEI

江戸時代のスタイル、すし栄の「嘉栄寿司」
TYPICAL NIGIRI SUSI of SUSHI-EI
This is a typical NIGIRI SUSHI set at one of the oldest SUSHI restaurants, SUSHI-EI at Ginza whose foundation is 1848, the first year of KAEI at EDO period.

Though the looks of these SUSHI is almost same as those of these days, the style of cooking is a little bit different from Today. Yes, most of them are a little cooked.

From Left behind you can see
(1)SIME-SABA, raw mackerel salted and marinated in vinegar.
(2)MAGURO, red tuna pickled in Soy sauce.
(3)TAKO, boiled octopus
(4)NI-HAMAGURI, boiled shell fish and
(5)NI-ANAGO, white grilled sea eel,


Front line from left,
(6)TAMAGO, egg omelet,
(7)MUSI-EBI, boiled shrimp,
(8)TAI, sea bream
(9)AWABI, steamed Abalone then
(10)KANPYO-MAKI,

2011年4月19日火曜日

雨上がりの庭 Small yard after rain

小さな庭の新緑
Green leaves in a small Garden.
I would like show you a little poem which famous Japanese popular singer Mr. Masao Sen sings. Please try to sing in Japanese. The meaning, you can see below.
Shirakaba Aozora Minami-Kaze
Kobusi saku ano Oka Kita-gunino , Oh Kita-guni no Haru
Kisetsuga Tokai deha Wakaranai-daro to
Todoita Ofukurono chisana Tsutsumi
Ano Furusato he kaerokana Kaero-kana.
朝の雨も、昼過にはあがり、小さな庭の木々に日が当たって、新緑が光っている。

枯れたと思っていた右手の紅葉もあずき色の葉をつけ、左下の梅も葉が茂ってきた。

コントラストが強くて、白っぽい写真しか撮れないが、地面には、花ニラが咲き、どくだみの葉も広がりつつある。

仙台に電話したら、桜が満開とのこと。被災地にも春は確実に訪れているねえ。
ここで、陸前高田出身の千昌男の歌を一曲。

白樺、青空、南風
こぶし咲く あの丘 北国の ああ 北国の春
季節が 都会では 分からないだろと
届いた おふくろの 小さな包み
あの故郷へ 帰ろかな 帰ろかな

(2011/04/19)

<The meaning of the Poem>
Silver birch, Blue sky and South wind
White Kobusi flower blooming on the hill
the Spring has come to my home village in North country.
I received a small parcel from mother.
In which She sent a memory of my home village
Because there is no season in Tokyo.
I miss the Spring of my North country.



2011年4月18日月曜日

なつかし建築(4)松屋浅草

松屋浅草店の東武線発着口

松屋デパートの裏側である。正面は、もともとのコンクリートの建物の上に外壁を張っていることが分かるね。煙突もあるが、今も使っているのかな?

この写真は、先日、浅草にお花見に来た時に撮影した。この街には古い建物が多いのでつい写真を撮りたくなる。浅草寺付近の写真も沢山撮ってしまった。

食べ物屋も多い。有名なのは、駒形どぜう、天丼の大黒屋、うなぎの小柳、すき焼き今半、洋食の大宮、甘味の梅園など。他にも仲見世でおせんべいや人形焼きを買って食べたい。

この日は、永井荷風が通ったという「洋食アリゾナ」に行ったらお休みだったので、仲見世入口に近い洋食「とん久」に行った。

なつかし建築(3)東電下谷変電所入口

東京電力下谷変電所(2)
さっきの写真の反対側に回ってみたら、ご覧の様な入口を発見。まさにアール・デコであーる。
この形、小生はコブラの鎌首を連想した。

東電といえば、「福島第一原発」事故の責任がきびしく問われ、本日の衆議院予算委員会では清水社長が陳謝したが、きわめて空しいものであった。

何故か?それは、①事故の原因(直接・間接)、②その責任の所在、③今後どうするのか?に一切触れていないからだ。各党質疑も、清水社長と菅総理の責任追及はするが、表面的で、これも空しい。

一方、夜の「タケシのテレビタックル」では、なかなかいい迫り方をしていて感心した。すなわち
(1)政・官・学が癒着した原子力行政、リスク想定の欠如。(2)チェック機能のない原子力安全保安院と安全委員会。(3)土壌表面の汚染除去が緊急との竹田邦彦氏の指摘。

更に、私の持論、首都移転の必要性まで語られたが、宮城県への移転ではなく首都キャラバン構想。(2011/04/18)





なつかし建築(2)東京電力下谷変電所

東京電力下谷変電所(1)



上野と御徒町の間、アメ横の反対側、喫茶「丘」の近くで発見したこの素敵な建物、今でも使われてるのかなあ?

装飾的な柱とステンドグラスが「変電所」には似合わない。反対側の入り口も、無駄に装飾的だ。

柱は4本あるので、全部入れようと思って、ぎりぎり下がって撮影したのだが、狭い道なので、全景をとらえることはできなかった。

1930年の建設のようだが、詳しいことは不明。謎の変電所である。
(2011/03/28撮影)

なつかし建築(1)麻布郵便局

麻布郵便局(旧逓信省貯金局)
携帯カメラが一杯になったので、いつもの様に写真整理しています。600枚しか保存できないのに、面白そうなものがあるとすぐ撮影するからね。

さて、この写真は、1月に南麻布に用事で行った帰り、雁木坂の撮影をしてから六本木方面に歩いて帰る途中に見つけた麻布郵便局だ。左隣りに外務省飯倉公館、右斜め向いにロシア大使館があり、警備の警官が目立つ。

何故、こんなに立派なのか不思議でしたが、「ウィキペディア」で建物の歴史を調べて分かった。1930年に、逓信局貯金局として竣工。戦争中の1943年に逓信省本庁となり、49年から69年までは郵政省本庁舎だったんだ。

鉄筋コンクリート4階建てで左右両翼に建物が広がる。4階窓の柱や入口柱のデザインはアールデコ様式。
(撮影2011/01/05)

ベッティナ・ランス写真展

The Exhibition of Bettina Rheims in CHANEL NEXUS HALL in GINZA (from 26th March to 24th April) Free
There is another her exhibition at Tokyo Photo Museum at EBISU

フランスの世界的女流写真家、ベッティナ・ランス(注-1)の写真展が、銀座4丁目のシャネル4階ネクサスホール(注-2)と、恵比寿の東京都写真美術館で、同時に開かれている。(注-3)

水曜日にネクサスホールに出かけたが、大変な迫力。
「ヒロイン達」というタイトルで、23枚のポートレート(2005年撮影)が展示されているが、まずでかい。そのため人体の細部までが克明に撮影され、通常のヌード写真の美を越えた「存在感」に圧倒される。(注-4)

写真と彫刻の融合」というコンセプトで、確かに、モデルの体の重さまで感じるような写真だ。こういうのは、かつて観たことがない(注-5)ので非常に驚いた。一見の価値あり。小生はすでに2度観たが、もう一度行きたい。(2011/4/18)


(注-1)ベッティナ・ランス、1952年生まれ。1978年のデビュー以来女性をテーマに作品を発表しつづけている。シャネルを始めファッション、商業写真の分野でも成功。1995年シラク大統領の公式カメラマン。2007年レジオンドヌール勲章。ヒロインズは、日本で初の展示。

(注-2)「ネクサスホール」は、かねて銀座に詳しいK君から勧められていたギャラリーだが、すごく入りにくくて敬遠していた。今回初めて出かけてみたのだが、気に入りました。

(注-3)写真説明:写真左のチラシは、ミラ・ジョボビッチで、ネクサスホール。右の道端ジェシカは、恵比寿の東京都写真美術館の方だ。恵比寿はこれから行ってきます。

(注-4)このホール、空いてて観客がいないのが素晴らしい。2回行ったが、鑑賞者は私一人なので、作品とじっくり対面できる。なお、スタッフが二人で監視しているので、場内撮影できなかった。

(注-5)数年前に六本木の森美術館で見た「杉本博司写真展」は、白黒モノトーンの巨大ポートレートだった。ランスの写真は、その存在感と通じるところがあると同時に、その生々しさは杉本の対極にあるものを表現している。

マリアージュ フレール(続き)

パリの喫茶店で考える(2)
3階席は、小生の好きな籐椅子で、ゆったりと寛げた。でもお客の少ない時間帯だからいいが、満席だと、客層は圧倒的に女性客だから、おじさんには厳しいだろう。

注文した、新茶はすっきりとした飲み口を楽しむので、ミルクや砂糖は入れない。薄い色は紅茶というよりジャスミン茶みたいで、大きなポットにたっぷり3杯分はある。

これで、お茶が1200円、お菓子が800円、計2100円だから、いつもの予算の4倍だ。お菓子は一つにして、ミルクティーとの組み合わせにすべきだった。

それでも1000円はオーバーしそうなので、年金生活者には、やっぱり高いのう。紅茶は1杯分でいいから、400円にしてほしいな。

結局、何も考えないでぼんやりと1時間ほど過ごしました。写真は、右側(窓側)の店内風景。


マリアージュ フレール

パリの紅茶屋で考える(1)

銀座5丁目すずらん通りでひときわ目立つ外観の「マリアージュ・フレール」は、大きな茶壺が並んでる高級紅茶屋だと思ってたら、喫茶室もあることを知り、見学することにした。

この店は、パリに本店があるそうで、「紅茶は英国」と信じている小生にとっては意外だ。1階はショップで、2・3階が喫茶、レストラン。2階が混んでたので3階に行くと空いてていい感じだ。

メニューに載ってる紅茶の種類が多くて、これじゃ選べないよ、と思ったら、紅茶ソムリエのお兄さんが現れ、「先週ナムリング・アッパーのダージリン春摘み新茶が入荷したのでお勧め」とのこと。

目の前にケーキケース(写真奥)がありタルトがならんでるが、スコーンとマドレーヌにした。(続く)

2011年4月16日土曜日

仙台便り Letter from Sendai

My wife sent me a good news that the Gas has come back at last in her flat in Aoba-ku, Sendai  so that she can take the bath from tonight.

My daughter is now working at IZUMI-Ku local city center in various kinds of works concerned with the reconstruction of Sendai and help refugee people in that area.

Even in Sendai city the situation is quite different from each other between the Wakabayasi-ku attacked by Tsunami and Aoba-ku or Izumi-ku that are free from Tsunami.

The coastal area is so damaged by Tsunami and many people died.
But the other area is not so damaged fortunately like Aoba-ku where my wife lives. Though it took more than one month to recover of Gas and the subway is still down.

One of the most hard area is Fukusima prefecture because they suffered not only Earth quake and Tsunami but also the terrible accident of Nuclear Plants.

But please mind that Fukusima is a big prefecture and the dangerous area is very limited only around the Plants.  Aizu or Nakadori, the north and the center of Fukusima where you can watch many beautiful lakes and mountains just like Lake District in north England, are quite safe.

You don't need to fear too much even they say the Level is Seven as same level of Chernobil in Russia. This Level should be separated like Level 7-, Level 7 and Level 7+etc.

Tokyo is of course safe and the another parts of Japan is also safe.
So I could enjoy OHANAMI, the cherry blossom watching as every year.

It seems very difficult and hard to control the Nuclear Plants damaged by Tsunami and after shock but I expect that our government will stop the radioactivity in the near future.

I am very sad to hear that many foreign tourist cancelled the tour not only the Tohoku area but also the west part of Japan include Tokyo.

I think it must be a good chance for Carl, Paola or Gunter to visit at Japan because you can stay in a high quality hotel very cheap. There is no line in front of nice restaurant. Besides you can feel the earth quake everyday so that you will be very strong at earth quake like Justin.
(16th April, 2011)

P.S. Justin, please check my English mistakes when we meet on next Wednesday.

2011年4月15日金曜日

蒲焼店はし本

天保6年創業 鰻はし本
A famous eel restaurant UNAGI HASIMOTO since EDO period.
神田川にぶつかったので、右手、江戸川橋方面に向かう。川の上には高速道路、実に鬱陶しい光景だ。

印刷博物館の入る、凸版のりっぱなビルを過ぎて少し行くと、鰻屋を2軒発見。話に聞いていた、江戸川橋「いし橋」と、石切橋「はし本」である。
この辺りはめったに来ない場所なので、折角なのでどちらかに寄るべきだと考え、店構えの入りやすい「はし本」に決めた。

少し早かったのでお客は小生一人。うな丼はなく、一番お安いうな重並が2250円。肝すいは250円。最近は、鰻が値上がりしてちょっと痛い。うーん、味は普通かな。

お重の写真も撮ったのだが上手く撮れないので割愛。うなぎの写真は本当にむつかしい。(2011/04/15)


道は遠い The way for the Reconstruction of Japan is long

小石川後楽園の塀は長い
The long wall of Korakuen garden in Koisikawa
飯田橋のベルサーレファーストタワーで講習があるので、下見に来た。有楽町線飯田橋から行くと、目白通りをまたぐ横断歩道橋が複雑で迷うし、池袋からなら、丸の内線後楽園から来た方が近い気がして、実際に歩いてみた。

飯田橋は、神楽坂口ならよく行くし、後楽園駅も、ドームのほうは分かるのだが、後楽園と飯田橋の間は盲点であった。この塀は、時代劇みたいでいいねえ。忍者が出そうだ。

そういえば、学生時代に、T君について「大曲の能楽堂」の観世流の例会に何度か行ったが、地図を見てもないね。水道橋能楽堂と混同してるのだろうか?

ある時、三島由紀夫が来ていて、正面の最前列で見ていて、最初の能が済むと帰ってしまった。普通は、能ー狂言ー能でワンセットなんだが、確かに、三島に狂言は似合わない。(2011/4/15)

お花見十撰(10) 池之端

不忍池から池之端の桜を眺める
Cherry blossom at IKENO-HATA
The UENO Park has been one of the popular and traditional SAKURA watching spots since EDO period.

This park consists Mountain side include UENO ZOO and this Shinobazu-no-Ike Pound side.There are many museums and good Japanese restaurants around here.

3月末から4月上旬にかけて、しだれ桜、大島桜、染井吉野と続いた東京の桜もそろそろ終わり。次は八重桜、山桜だ。

はなみずきやツツジも蕾がふくらみ新緑の季節が近い。地面には花にらの白い花が一杯咲いている。
(2011/4/15)






2011年4月14日木曜日

お花見十撰(9)不忍池の桜

桜の花びらで覆われた不忍池の水面
Falling Cherry blossom flowers on the SINOBAZUNO-IKE pound in UENO.

You can enjoy cherry blossoms even in the end of flowers like this photo. Some birds are swimming thorough flowers.





お花見十撰(8)スカイツリ−と桜

634m high TOKYO SKY TREE over Cherry Blossom Trees.

Tokyo Sky Tree tower is the newest sight seeing spot and the highest tower in the world.

You can enjoy the tower and cherry blossoms together.
The tower will be open next year.

いろんな角度から、桜とタワーの組み合わせを考えるのは楽しい。吾妻橋から、ビルと並んだ写真も撮ったけど、桜を一緒に撮るとこんな感じになる。
(撮影は2011/04/11)

お花見十撰(7)隅田川の桜

隅田川沿いの桜は有名です。
The Cherry blossoms along the SUMIDA River is one of the most famous SAKURA watching points.

This place is near ASAKUSA and you can enjoy not only the SAKURA but also the SENSOJI temple too.

You can come here by the subway GINZA line or HIBIYA line.
From Hamarikyu garden you can come here by the boat

お花見十撰(6)平和公園の桜

毎日通る平和公園の桜。
SAKURA in a park near my house in TOKYO.
In this season we can enjoy SAKURA, cherry blossoms everyday. 

I think this season is the best season to visit at Tokyo because you can enjoy the beautiful cherry blossoms all over TOKYO.

真夜中に目が覚めた(3)

のどが渇いたので「CO-OP黒酢ドリンク」をロックで飲んだら、くしゃみも収まってきた。3時半ちかくなって少し眠くなってきた。そういえば、最近本を買っていない。書店で話題の本をパラパラと立ち読みするだけだ。では、何を読むかというと、最近読んだのは、①タウン誌「銀座百点」4月号、②鏡花全集の「婦系図」前・後、③文芸春秋のバックナンバー1980年7月号、1996年1~2月号等。④古川日出男「アラビアの夜の種族」(再読)エトセトラ

この中で、「銀座百点」は本当にためになる。故池部良さんのエッセイも好きだったが、後を継いだ形の、澤村田之助さんのエッセイも面白いし、山田五郎さんの「銀座のすし」は、参考になる。特に感心するのが、吉田篤弘さんの「うかんむりのこども」、これは、漢字エッセイというか、小噺みたいな短編(きっかり2ページ)なんだけど、すごく洒落ている。4月号は「門構え」を題材にして特に秀逸。銀座のお店で無料で配っているので、ぜひご覧ください。

さて、地震・節電の影響で、どうやら銀座の夜も淋しくなり、高級クラブや高級レストランもたちゆかず、そこに食材を提供していた産地にも影響が出る恐れがあるという。これはゆゆしき事態だ。というわけで、松屋裏のすきやき割烹「吉澤」に行ってみた。ここは高級だがランチはリーズナブルなのだ。ところが、2時を少し過ぎていて準備中。

出来ることで被災地を支援したいと思っている小生は、お花見に行ったり、募金したりしてきたが、外食もりっぱな支援になるのだと知って安心した。しかしよく考えると、6つある通帳の預金残高は福島原発の如く急速に蒸発して、燃料棒が露出している。このまま放置すればメルトダウンは避けられず、我が家の家計も「レベル7」になるのは目に見えている。

そこで、節約して、すずらん通りの洋食や「レストランあずま」にて日替わりランチ850円にした。これなら、新中野のランチと変らないしね。さて、そろそろ4時だ。今寝てしまえば、絶対起きられない。しかし、このままがんばって起きていれば、昼寝してしまうだろう。
(2011/04/14未明)

真夜中に目が覚めた(2)

うーん、もうすぐ3時なのに眠くないし、鼻水がだらだら垂れてくる。放射能もひどいが、花粉も何とかしてくれ!さて、皆さんは、真夜中に目が覚めたらどうしますか?メールのチェックと、ネットサーフィンとか、読書などが、周りの人に迷惑をかけなくていいでしょうね。

パナマからのメール(写真つき)がひとつ。前田事務所から地震関係(やや高尚)がひとつ。海外の友人からは、全く来ないね。小生が、「福島原発はレベル5だし、しっかりコントロールされてるし、東京消防庁の決死の消火作業や、原子力空母ロナルド・レーガンまで出動して、鎮静化に向かっている」と言ったのが、各国の報道で、嘘だったとばれて、嫌われてしまったのかもしれない。

それにしても、フカヒレや、寿司が食べられなくなるなんてことがあるのか?答えは、大丈夫。フカヒレの産地は気仙沼の他にもあるし、そもそもこれまでに「フカヒレの姿煮」って食べたことないじゃないか。海は広いから魚は西のを使えばいいし、そもそも「放射能は薄まれば安心安全」と専門家が口をそろえて言ってるじゃないか。

だが、最近疑い深くなっている小生は、銀座でぜひ食べたい寿司があったのだ。それは、いつも満員で予約を断られた「久べえ」本店のお得なランチにぎりと、山田五郎さんが「銀座百点」で紹介してた、「栄鮨」本店の復刻版「嘉永寿司」だ。

でも、さっき言ったように、鮨という気分じゃない。というか、この「鮨屋に行くべき」と思った瞬間にそれは、「義務感」みたいになって、もう一人の自分が、「昼飯まで人の意見に従うのか?やめとけやめとけ。」とささやくのだ。もしかして精神分裂?いや、単にお肉が食べたいだけ。
(続く)

真夜中に目が覚めた(1)

今週末はちょっと忙しくなるので、生活改善、早寝早起きのため、昨夜は10時前に就寝したのに、夜中にくしゃみが出て目が覚めたら、なんと午前2時。「早起きのために早寝したら、夜中に起きて夜更かしして、結局朝寝坊する」という、人生でしばしばある、最悪のパターンだ。

この原因は、くしゃみだが、それは、昨日、大量の花粉注意報の中、久しぶりの銀座をブラブラしたためだ。これも分かっていたことで、最初、数寄屋橋の駅から4丁目に行く時は注意して地下道を通ったのに、天気もいいし、英会話も進歩してないし、予定もないし、家には帰りたくないしと、ついぶらぶら歩きをしたのが間違いだ。

といっても、全く目的がないわけでもなく、3丁目のシャネル銀座で開催中の「ベッティナ・ランス展」を観に行くのは予定の一つだ。これは、銀座ソバリエのK君が教えてくれた無料展覧会で、1952年生まれのフランスの女流写真家の大作23点を本邦初公開(3/26~4/24)している。

これは、本当に素晴らしい展覧会で、大傑作の大迫力。しかも私の他には誰もいなくて、スタッフが2名で怪しい老人を監視してるという贅沢さ。「空いてる」と「無料」という二大要素を満たす稀に見る展覧会であった。改めて報告したいが、皆様にもお奨めしたい。K君の情報に感謝である。

さて、もう一つの目的は、地震の影響で、今後寿司が食べられなくなるのではという恐怖から、かねて訪れたい鮨屋に行くことであったが、どうも、この暖かい陽気で、寿司という気分ではない。めずらしく、お肉が食べたい気分なのだ。
(続く)

2011年4月13日水曜日

銀座四月(4) WAKO on April

The White WAKO building on April
White WAKO building at 4 cyome crossing.

和光のビルはどんな角度から撮影しても絵になるね。今日は、天気もよくて、青空に白く映えた和光である。

でも、節電のため、ライトアップは中止。夜は銀座の真ん中のこの辺でも真っ暗になるそうだ。というわけで、今日のレッスンは、半分くらい地震の話だった。

終了後、松坂屋の前を通ったら、相撲協会の募金活動をしていた。魁皇と日馬富士がいたので、私も1000円募金して、日馬富士と握手しました。

After the class when I walked in front of Matsuzakaya Department store, I noticed famous Sumo wrestlers are collecting donations of the earth quake.

Of course I payed 1000Yen and shook hand with Harumafuji.(2011/04/13)




銀座三月(3) WAKO on March

the Pink WAKO building on March
光線の具合で桃色に染まる和光
この写真は、きれいに撮れた。3/9は、何故かわからないが人出が少なかったんだね。
さて、ジャスティンは、毎日余震があるので、すっかり地震に慣れて、揺れ具合から、およその震度が分かるようになった。

I like this photo because the Wako building looks in Pink that is very rare.
May be the reflection of the color of Big Banner advertising the spring sale on the wall of Mitsukosi.

My English teacher, Justin is used to the everyday After Shocks so that he has been able to distinguish how big the earth quake is.

(撮影2011/03/09)

銀座四月(2) Ginza on April

4月の銀座四丁目三越
The Banner of Mitsukosi department store is asking the donation of the earth quake.


こちらは、本日4/13の写真。
三越の垂れ幕は、三越と伊勢丹の合併のお知らせと、東北大震災の募金のお願いに変っている。人出は、さっきの写真より多いね。

さて、アメリカ人やフランス人には各大使館から、帰国勧告が出たらしいので、英語の先生はいるかなあ、と心配したが、J先生は残っていてくれたのでうれしかった。

This photo is taken today and you can see more people on the street than that of last month.

I am very happy to meet with my American English teacher because I hear that American Embassy advices american people to escape from Kanto area because of the radioactive from Fukusima Nuclear Plants. (2011/04/13)




銀座三月(1) Ginza on March

三月の銀座4丁目三越
The Big Banner advertising Spring Sale of Mitsukosi
今日は、久しぶりに英語学校に出席したので、4階の窓から見える景色を比べてみます。

この写真は、3月9日、地震2日前の水曜午後ですが、異常に人出が少ないね。でも、たまたまでしょうね。

Today I attended at the English Class at Ginza 4 chyo-me since 4weeks ago.

I'd like to compare two photos on the same place before and after the earth quake.

This photo is taken before the earth quake and you find less people on the street. (2011/04/13)

レベルセブン

1979年3月28日の米国ペンシルバニア州「スリーマイル島の事故」がレベル5。
1986年4月26日のソ連、ウクライナの「チェルノブイリ原発事故」がレベル7。
そして、本日、2011年3月11日の「福島第一原発の事故」は、最悪のレベル7と発表された。

先の二つの事故は、とても印象的だったので、よく覚えている。
スリーマイル島の事故の数日前に公開された映画、「チャイナシンドローム」は、メルトダウンした原発の炉心がどんどん地面に沈み込んで、ついに地球の反対側の中国に突き抜けるというバッドジョークから、タイトルをつけた。実にタイミングの良い公開で大ヒットしたという。

この時、小生は、演劇活動の合間に仕事場に通うという、演劇三昧の生活をしていて、テレビもなく新聞も朝日の夕刊(演劇評論を読むため)しか見ない変な生活をしていたので、映画と現実が混ざって、スリーマイル島の炉心は溶けて地中深く沈んでいると信じていたのだ。

1986年のチェルノブイリ事故の時は、仙台にいて、この事件には興奮した。人類史上最悪の事件だと信じ、「歴史を目撃した」という気分だった。当時、ソ連は、共産主義体制の末期的症状に陥り、帝国のいたるところにほころびが出ていた。この事故も、その文脈の中で解釈した。


この時は、テレビも新聞もあって、日々の報道に興奮した。実際、火災で高く舞い上がった放射性物質は、世界中に拡散し、特にヨーロッパ諸国には深刻な影響を与えた。何故か、フィンランドのトナカイが、セシウムに汚染された苔を食べて汚染されたという記事を覚えている。

当時、わが社は、イタリア生協から本場パスタを輸入していたが、セシウムに汚染されて売れなくなった。そこで、低レベルの汚染、健康には被害がないという代物を、職員に安く販売したことがあった。小生はスパッゲッティが好物なので、わりとたくさん買って家に持ち帰ったら妻に怒られた。

当時、長女は0歳で、妻は食べ物には気を使っていたんだね。結局、このセシウムパスタは私だけがおいしくいただいた。食べる時、ちょっとスリルがあって、なんだかドキドキした。実際には味に変りはないはずだが。なにか危険なものを食べるって、たまにはいいね。

1999年茨城県東海村で起こったJCOの臨界事故は、ウラン溶液をステンレスバケツ(!)で汲んでいた(?)作業員3人が被曝し、2名が亡くなっている。最先端の原子力施設でのバケツ作業というギャップに皆が驚いた。この事故はレベル4であった。

短時間に8シーベルト以上の被曝をした場合は、最新の医療でも手の施しようがないとのことである。(1Sv=1,000ミリSv=1,000,000マイクロSv)

さて、今回の福島原発は、実におそまつな安全管理でがっかりした。
報道された情報による、私の理解では、「原発の安全性」は、①事故の時に速やかに停止し、②高熱の燃料を冷却し、③放射能が漏れないようにすることだ。

すなわち、テレビで何度も解説されたように、「止める、冷やす、漏らさない」である。
3/11の地震に際して、①停止はしたが、津波で発電機が破損し、電気系統が壊れたために、②冷却が出来なくて、水素爆発による破損により、③放射性物質が漏れ出した。さらに、燃料の破損、熔解に至って、深刻な状況となった。・・・この理解でいいですよね?

であれば、当初から、発電機を安全な高台に設置しておけばすむことだった。
ここで疑問なのは、原子力安全委員会(内閣府の審議会)、原子力安全保安院(経済産業省)はなにやってたのか?ということである。

さらに、テレビでは、同じレベル7でも、チェルノブイリ事故では、520京ベクレルの放出だったが、福島は、その10%程度の37京(安全保安院)ないし63京(安全委員会)だから、まだ平気?みたいなこと言ってる。それに、この二つの政府機関は、なぜ違うこといってるんだろう?

さらに、東電の会見では、「今はそのレベルだが、冷却が出来なければ更に漏れると」言っている。私もそう思う。

安全保安院安全委員会の合同記者会見で言ってるのは、例えば、私の「預金通帳」から、来週早々に20万円引き落とされるんだけど、「今の所、10万円残高があるから、今週一杯は平気だ」と言うようなものじゃない?ちょっと違うか?

ところで、ここで出てきた、というのは、最初かと思ってたら、そうではなく、1兆の1万倍という単位だって?おいおい、枝野さんも西山さんも平気な顔ですごいこと言ってるんじゃないの?もう、認知症初期の頭では理解不能、臨界に達しそうだよ。

というわけで、海外の友人の皆さんには、心配掛けるだけなので、黙っていることにします。英訳もむつかしくてできないし。それに、しばらくは、誰も日本に来たがらないと思う。否、小生は、今むしょうに海外旅行に行きたい。(2011/04/13)

2011年4月12日火曜日

国立博物館の桜(3)

国立博物館、表慶館を望む。
Hyoukei-kan with green roof and cherry blossom.


本館正面の池のベンチに座って、向こう側の「表慶館」を見ると、青い丸屋根の左右に、杉の深緑と桜のピンクが、とてもいいコントラストだ。なんだかおいしいケーキのようだ。

今世紀に入ってから公開されるようになったこの建物は、入口に三越みたいな青銅のライオン像があるので、「みどりのライオン」の愛称で、コンサート等色々な楽しいイベントが開かれてきた。

今は、改築中の東洋館の代わりにアジアの美術品を展示していたのだが、地震の影響で?閉館しているんだ。

そういえば、この奥にある、法隆寺館も閉館だ。ここは、近代的なすっきりしたデザインの建物で、エントランスの池と桜が素晴らしいコントラストを見せている。



国立博物館の桜(2)


国立博物館の建物に桜はよく似あう。
Cherry blossoms are suitable to the Museum building.
この庭には、いくつか茶室がある。はるか昔の学生時代に、芸大のお茶会があって、招待されたことがある。

一番奥の大きい茶室だったと思うが、なにしろ40年前のことだからねえ。何故か、正客の席に着かされて、「結構なお点前です。お茶名は?」と聞いた様な気がする。

近日中に行けたら、茶室の写真を撮ってこよう。
(2011/04/12)

国立博物館の桜(1)

国立博物館の裏庭はお花見スポット
The Back garden of National Museum at UENO is a nice OHANAMI spot.

This garden is open for public only this cherry blossom season from late March to early April.

I took these three photos just one years ago. This year I have no chance to visit there.

鎌倉大仏 The DAIBUTSU at KAMAKURA

The Great Buddha at Kamakura  
困った時の神頼み、福島第一原発、レベル7
ついにチェルノブイリと肩を並べる最悪レベルになる。
じつは、この長谷寺、高徳院の大仏さまも、明応7年(1498年)の明王地震と津波のために大仏殿は倒壊している。

以来、家がなく、露座(ホームレス)となった。
13世紀半ば、鎌倉時代の仏像の傑作で、国宝である。

与謝野晶子は、「鎌倉や、みほとけなれど、釈迦牟尼は、美男におわす、夏木立の中」と詠んだ。

昨年の7月に撮影したものだが、福島原発が、あまりに深刻な事態になったので、ブログの御祓いのために登場して戴いた。
(2011/4/12)





2011年4月10日日曜日

お花見十撰(5)前野台団地入口

前野台団地の入口の染井吉野も満開
東京にはあちこちに桜が咲いている。皆さんの家の近くにもいい桜が沢山あるでしょうね。

でも、個人のお宅の桜が、家の建て替えなどで切られてしまうのは辛いね。

その点、この団地の入口の桜は、区役所の保存樹木に指定されているので安心だ。

お花見十撰(4)平和公園のお花見

日曜日の平和公園のお花見風景
OHANAMI Party in HEIWA Park in ITABASI.

この辺では、ご覧の通り、「お花見」は自粛していませんね。夕方の平和公園の風景です。

There are several ways to enjoy the cherry blossom in Japan.
The easy one is watching the flower walking under the trees. When you walk along the Shakujii river or Sotobori pound this style is very suitable.

The OHANAMI Party like this photo is our favorite style but you must prepare some drinks and something to eat. This year this kind of OHANAMI is forbidden in UENO park because of the saving electricity.

The best way to enjoy and love cherry blossoms is to take photos and make Blog just I am doing.


お花見十撰(3)平和公園の桜

平和公園では子供たちが元気に遊んでる。
Under the cherry blossom children were playing.

昨日の雨とおとといの風で、地面には桜の花びらが大部散っている。この時も、はらはらと桜は散り続けていた。桜は、咲くときも楽しみだけど、散る時もきれいでいいねえ。

ところで、この平和公園は、もとの教育大学寮の跡地で、狭い割にヒマラヤ杉、公孫樹、楠など立派な大木が揃っている。

しかし、災害の避難所としては、川越街道を越えた南の「城北公園」がずっと大きいし、水や非常食も整備されているそうだ。
(2011/04/10)

お花見十撰(2)前野公園の大島桜

都知事選の投票に行く途中、大島桜を発見。

大島桜は白くてきれいだけど、写真に撮るとインパクトが弱い。おとなしすぎて目立たないんだねえ。

ということで、都知事選の結果は、石原慎太郎現職の再選であった。東国原英夫も渡辺美樹も小池晃もドクター中松も、違いを出せず、有権者に説得力が伝わらなかった。

当選記者会見を見たら、なんだか興奮して、パチンコ屋と自動販売機が電気使い過ぎだと批判していた。
(2011/04/10)

お花見十撰(1)数寄屋橋の桜

月にむら雲、花に風
Wind blows when it blooms, Cloud comes on the full moon.
「月にむら雲、花に風」という諺通り、桜が満開の週末、4/8(金)は強風、4/9(土)は雨であった。

週末は、有楽町で、クリント・イーストウッド監督の「ヒアアフター」を見ようと思っていたら、スマトラ地震の津波のシーンがあって不適切だから?という理由で?上映中止になっていた。

かわりに、終了していた「RED」(Retired Extremely Dangerous)をやってるので、再見することにした。ブルース・ウイリス、モーガン・フリ-ドマンなど芸達者が揃ったアクションコメディは、落ち込んだ時に見るにはぴったりだね!

写真は、丸の内線を出たところで、数寄屋橋交差点のフジヤビルに向かって激写した。雨の桜もいいね。


若鮎の二手になりて上りけり

石神井川沿いの遊歩道で、正岡子規の句碑を発見
Young Ayu fish ,Climbing up the River ,in Two lines.
When I walked along the SHAKUJI-I River watching SAKURA, cherry blossoms I found a Haiku poem on the stone.

Masaoka Siki is one of my favorite Japanese poets in Meiji period.
Last year I have visited at his small house in Negisi, where he spent his last days making many nice Haiku poems suffering heavy diseases.

Haiku poem consists of Five Seven Five sounds of words.
(5) Wa Ka A Yu No
(7) Fu Ta Te Ni Na Ri Te
(5) No Bo Ri Ke Ri

Haiku poem is very short and make a clear image just like a snap shot of photograph.






石神井川の桜(3)Syakuji-i river side

1年前の桜、今年も同じ桜かな?
The Beautiful cherry blossoms bloom every year.
You can go to this river from JR Oji station on Keihin Tohoku Line or from Naka-itabashi station on Tobu-Tojyo Line etc.
この写真を撮って1年経った。桜は毎年変らずに咲くけれど、私も日本も変ってしまったなあ。
去年の今頃は、「歌舞伎座さよなら公演」と「退職手続き」で忙しかったが、今は、気の向くままに暮らす年金生活者だ。
そして日本は、地震、津波、原発事故の三重苦にあえいでいる。(2011/04/09)

石神井川の桜(2)

橋の上から眺める石神井川は桜で覆い尽くされている。
The River is covered with cherry blossoms
Shakuji-i River starts from Nerima-Ku and flaws through Itabashi-Ku and Kita-Ku and goes to Arakawa river. You can enjoy this beautiful view almost along the riverside.
練馬区の石神井公園から出発して、王子の音無親水公園を経て荒川に続く「石神井川」は、川幅が狭く、両岸の桜が川面を覆い、まるで「桜の回廊」の様だ。


この回廊は、何kmか知らないが、とにかく長いのは確かだ。この時、小生は、中板橋から、加賀公園まで歩いただけで、相当疲れたんだから。

石神井川の桜(1)

満開の桜、中板橋付近からの眺め
Cherry blossom is full blooming along the River Shakujii.
これからお見せする3枚の写真は、昨年の4月4日に撮影したものだ。

都内の桜の名所は、上野公園、隅田川沿いの桜、新宿御苑、皇居北の丸公園、千鳥ヶ淵、外堀通りにそった四谷から飯田橋に至る土手の桜、とそれぞれにいいけれど、石神井公園から出発して、練馬区、板橋区、北区と流れる「石神井川沿いの桜」は、ベスト10に入るんじゃないか?




2011年4月8日金曜日

明日館の桜(3)

明日館の正面。近所の人が次々に桜を見に訪れる。
The cherry blossom trees in front of the tomorrow house.
OHANAMI, the Sakura watching party is a typical Japanese habit in this season. But because of the terrible disaster in March we can't enjoy in hart. 
Especially the Yozakura light up Night Sakura Watching is very difficult because of the saving the electricity caused by the Nuclear plants accident.

今年は、地震の影響で、お花見も自粛ムードで、ちょっと淋しい。千鳥ヶ淵も六義園の夜桜ライトアップも中止だし。

いや、こんな時だからこそ、「お花見をして東北のお酒を飲んで欲しい」、という人もいるが、テレビで、陸全高田の「酔仙酒造」が、津波に流される映像を見た。
「酔仙」は、もう飲めないのだろうか?

そこで、自由学園の売店で、クッキーを買いました。
ここのクッキーは、なかなか評判がいい。
(2011/04/07)


明日館の桜(2)

明日館の広場から道路側を眺める。

この日は快晴で、暖かい気候になりました。青空に桜が映えて、いい眺めです。

ここの桜は、「自由学園」だけあって、枝を自由に張って、伸び伸びと育っていますね。
(撮影2011/04/07)


明日館の桜(1) 

明日館前の通りの桜
Cherry blossom in front of Myounichi-kan, Tomorrow House in West Ikebukuro. 

西池袋の住宅街にある、自由学園明日館は、フランク・ロイド・ライトの建築として有名ですが、桜の名所としても愛されています。

このシーズンは、建物の前の芝生が一般公開されているので、近所のお母さん達が、小さい子供をつれて集まっていました。

ここの桜は、ソメイヨシノで、この時は八分咲き位でした。