2012年1月30日月曜日

The Review of January (2)

1月になって、気になるニユースが3つあった。
THREE NEWS WHICH I AM VERY WORRY ABOUT in JANUARY.
すなわち。

1.Huge Earth Quake in TOKYO will come in 4 years in 70% possibility.
    首都直下地震の可能性、4年以内に70%
2.New Type of Bird Flu will kill 60% of people.
    鳥インフルエンザの新種(人間間の感染)の致死率60%
3.The Consumption Tax will increase and the Welfare Budget will decrease in Japan.
    消費税増税15%、厚生年金支給の延期と年金額の切り下げ。

この3つに対する対策を考えた。

1.The Measures against the Earth Quake in Metropolis. 首都直下地震に備える。
このニュースはテレビや週刊誌でもここぞと取り上げられ、視聴率と部数を伸ばしてる。日曜日の朝は、2回(河口湖と宮城?)ぐらりときた。では、どうすればいいのか?出来ることは限られている。

A.The Measures during night or in the House. 就寝中または家にいる時の対策
(1)家の中の家具の転倒防止。寝室に危険な家具をおかないこと。
(2)寝るときに、枕元に、懐中電灯、携帯電話、眼鏡ケース、着替えを置く。
(3)風呂の浴槽は水を切らさない。
(4)パンとか、おせんべいなど、加熱しないで食べられる食料を常備。もちろん飲料水も。
(5)灯油ストーブと灯油を用意。停電時の暖房確保。

B.The Measures in the City. 外出中に地震に遭遇した場合に備えて。
(1)ターミナル駅の地理を覚える。特に、暗闇でも、地下鉄の出口から脱出できるようにしとく。
(2)お菓子、ペットボトル、懐中電灯、軍手、タオル、小銭などを肩掛けバッグに入れて常に持参。
(3)駅の近くの安全な建物を覚えておく。
(4)ラッシュアワー時の外出は避ける。

C.The Most Effective Measure is Moving out of the dangerous area. 根本的な対策
・・・東京から避難する。でも、どこに行けばいいのかよく分からない。

2.The New Type of Bird Flu. 鳥インフルエンザの新種
・・・現在、この研究は、テロ対策で60日間ストップしてるらしい。この研究がテロに悪用されるというわけだ。これ対策の取りようがない。人間間の感染で60%が死亡するわけだから、あきらめるしかない。まさに、バイオハザードの世界だ。

3.The TAX Increase and the Cut of Social Welfare. 消費税増税と福祉水準の切り下げ。
・・・うーん。これも困るよねえ。健康に注意して、節約するしかないんじゃないの。

淀川長治風にいえば、「いやあ、皆さん、本当にこわいですね。それでは、さよなら。さよなら。」・・・というところだ。全く、個人の努力を越えた危機というしかない。
(2012/1/30)

The Review of January (1)

1.今月は、とても忙しかった。
(1)新年に会えなかった家族に会うために、格安チケット(15,000円で、東北新幹線、4日間乗り放題)で仙台に帰り、お見舞いをしたり、何故か、青森の豪雪を見に行ったりした。また、久しぶりに北海道の友人が上京したのに合わせて学生時代の友人が集まった。

(2)芝居は1本(三人吉三巴の白波)、コンサートは2つ(二期会オペラとバラライカ)、映画は1本(ミッション・インポッシブル)、本は1冊(麒麟の翼)、展覧会は1つ(上田宗箇)というところ。

(3)そんな中で、経済的に苦しい状態をなんとか打開するために、空き部屋になっていたフラットをリフォームして貸し出すことにした。(リフォーム費用は、年金を担保に借金した)

2.厳しい経済と財政状況
年金生活になってから、収入が激減したのに、税金や保険の負担が変わらず、常に経済的な困難に脅かされていたが、世界的な経済危機と連動する形で、家計の破綻危機が何度もあった。

国家のデフォルト(債務不履行)は、国債(借金)の償還が出来なくて、国債を大量に抱えた金融機関が破たんし、その国の経済が成り立たなくなることだ。(公務員への給料も払えない)

個人の場合は、預貯金がなくなり、月末の税金や、月初めの健康保険の支払いが出来なくて、税務署から催促が来たり、無保険状態になったりする。さらに、毎月5日のクレジットの支払いも滞り、カード使用出来なくなることを意味する。

3.デフォルトの危機を乗り切る方法
(1)アメリカ・・・2011年8月の米国の危機は、新たな借金の限度を上げることで回避した。膨大な戦費に耐えられず、イラク、アフガンから撤退。スペースシャトルも止めた。
(2)ギリシャとイタリアの危機・・・EUが、両国の国債を所有する金融機関に対して、融資することが出来ると約束することで回避。実際には、先送りである。
(3)日本の場合・・・収入の2倍の支出を、借金によってまかなうことで、今年は乗り切ることにした。すなわち、先送り。さらに消費税増税と、社会保障の切り下げ。
・・・要するに、(1)借金を続ける。(2)支出の切り詰め、(3)新たな税収、の3つだ。

4.我が家の対策
(1)我が家も、各国政府、財務省と同様、高度な判断に基づいて、知り合いからの借金(無利子)、クレジットカードのキャッシング(金利18%)などで短期的には乗り切ってきた。日本政府よりも優れていることは、長期借入金がなく、短期借入金のみで自転車操業的に困難を回避している点だ。

(2)支出の切り詰めという点では、外出を控えるのが最も効果的だ。家にいて、テレビ見たり、ゲームしたり、読書してれば支出はほとんどかからない。外食しないのも削減効果は大きい。

(3)また、新たな収入を求めるという点では、短期アルバイトで小銭をかせぐのもいい。小生が今回、フラットをリニューアルして貸しだすのは、コストがかかり回収までに1年半かかるので、すぐに効果は出ないので注意。さらに未収金や地震というリスクもある。(2012/1/30)

サヴォイア王室御用達、ペイラーノチョコ

The Invitation for PEYRANO Chocolate in TORINO.
トリノのチョコレート、ペイラートの解説(紹介パンフより抜粋)
PEYRANO, DAMA SUBLIME DI TORINO
1914年創業のトリノのチョコレート「ペイラート」は、創業者アントニオ・ペイラートのレシピを忠実に守り、全工程を自社職人の手で行うため生産量が限られている。

GIANDUJOTTI DI PEYRANO
ジャンドゥーヤ(イタリア語ではジャンドゥイオッテイ)は、細かく砕いたヘーゼルナッツを加えたチョコで、イタリアが本場。中でも、ペイラートのジャンドゥイオッテイはイタリア土産の定番としても有名です。
アンティカ・フォルムラは、創業当時と変わらぬ絞り出し形成のアンティ-クタイプ。
ヌオヴァ・フォルムラは、型で成形できるようにカカオバターを増やしたレシピのジャンドゥイオッテイ。まろやか。
ミニヨン(写真)は、スプーンの上に収まる、ヌオヴァのミニサイズ

TORINO, CITTA SACRA DI CIOCCOLATO
チョコレートの聖地、トリノ。
1678年、サヴォイア王家は、トリノの菓子職人、アントニオ・アッリにチョコレートの製造販売権を授け、トリノはチョコレート加工技術の中心地となる。欧州各地の菓子職人がトリノに集まり、スイス、ベルギー、パリなどに広がることになったのである。

2012年1月29日日曜日

新橋夜景

The Night View of SIO-DOME Area from the North Exit of SHINBASHI Station.
I was waiting for my friend from Hokkaido at Shinbashi station which was so crowded at this time.

The night view of sky scrapers in the east area of SHINBASHI reminds me the seaside of Singapore. Though it is hot there all around the year.(2012/1/20)

新橋駅銀座口から、汐サイト方面を望む。左側の赤い看板は多分ヤマダ電気、右に聳える高層建築は、汐留シティセンターと思う。夜だとよくわからない。

新橋、品川は、今世紀に入って、特に東側の景観が大きく変わってしまった。海が近くて高層ビルが立ち並ぶ様子はちょっとシンガポールみたいだ。

違うのは、シンガポールは年中30度以上の暑さなのに、東京は、夏は暑く、冬はすごく寒いことだ。


銀座夜景

The View of Central street of Ginza from Matsuya Department store.
I took this photo at 20th January when I attended at the dinner with my friends at SUSHI restaurant at Ginza.

The day was so cold and we had the first snow this year. 
The time is around 5 O'clock and the lights started shining.

You can see the green light of KYO-BUN-KAN book store and the white light of SAN-AI building.

2012年1月28日土曜日

新宿徘徊日記

金曜日、土曜日と久しぶりに新宿界隈を歩いたので、例によって記憶力の訓練のためにコースを思い出してみる。時間とか金額などの数字をおぼえていればかなり安心。

先ず、金曜日には、南口の労金と、伊勢丹の「サロン・ドゥ・ショコラ」展に行くことを目的に、山手線で新宿駅南口で降りた。ところが労金新宿支店が移転したらしくて見当たらない。しかたなく、小田急サザンタワーから線路を渡り、高島屋を抜けて、大塚家具店に出たところで、昼ご飯を食べようと思った。

ふと割烹「中嶋」の看板が目にとまり、地下のお店に入ると満員。鰯の刺身ランチを注文。カウンターで見てると、刺身と言うよりは、たたきみたいにして、ゴマとか混ぜてぴちゃぴちゃたたいてるので少し後悔したが、出されたたたき刺身はとてもご飯にあって、おかわりしてしまった。800円。

適度な満腹感で、伊勢丹に向かう。混雑してることは分かっているので、長居せずに、目的のチョコだけゲットするつもりで6階会場に入る。途端に身動きできない。もっと広い会場にしてほしい。

当初目的のイデミ・ミズノのBOXの他に、バラゲ(バルセロナ)とドモーリ(トリノ)のチョコも衝動買いしてしまう。すみやかに、地下に降りて、副都心線で帰宅。

本日、土曜日は、10時すぎに行動を起こす。懸案の、ミッション・インポッシブル、ゴースト・プロトコルが間もなく終わるので、大画面で見ておこうと思った。11:15開演であることを確かめて、JR新大久保で下車。コリアンタウンを抜けて、大久保病院経由で歌舞伎町、ミラノ座に行く。調度入場の時間で10人程度が入口に並んでいる。中は、いつものようにがら透き。

この映画街は、コマ劇場の閉鎖以来、どんどん撤退して、今では、ミラノ座の3館のみという淋しさ。ところで、小生が、1962年に初めて新宿に映画を見に来たのが、このミラノ座だったから、ミラノ座は、50年来の由緒ある映画館なんだ。

映画終了後、カキフライが食べたくなって、歌舞伎町入口の鈴屋に行ったら、調度昼時でずらりと並んでる。あきらめて、サブナード(地下街)を抜け、伊勢丹に向かうが、お腹がすいてるので、一駅先の御苑前、新宿通り沿いの中華、隋園別館に入る。ランチ(鳥唐揚げ+豚肉と野菜炒め+卵スープ+ご飯で700円)を注文。例によってお腹いっぱいになる。

腹ごなしを兼ねて、伊勢丹まで歩き、再びサロン・デュ・ショコラ会場をのぞく。予想された事だが、神戸北野ホテルの、ベルナール・ロワゾー(777円)と、トリノのペイラーノ(1050円)の二つを購入。

そして、寒いし疲れたので、すみやかに地下の副都心線で帰宅。(2012/1/28)
・・・結構記憶がはっきりしている。(安心)

2012年1月27日金曜日

サロン・デュ・ショコラ、ドモーリ

イタリア、トリノからきたドモーリ・チョコ
DOMORI chocolate comes from TORINO, Italy.
トリノのチョコレートというと、1914年創業のペイラーノが有名。イタリア旅行のお土産の通信販売で利用したこともある。(今回も参加)

こちらのドモーリは、1994年にジャンルーカ・フランゾーニ氏が創業したニューウエーブだ。可愛らしい売り子さんの説明に、思わず購入。

世界で最も希少といわれるクリオーロ種を6つのフレーバーで6枚のチョコにした。500円。

来週、ゆっくりと比較検討します。

SALON DU CHOCOLAT(3) NAOMI MIZUNO

NAOMI MIZUNO×MOUNTAIN
京都、福知山から年に1回、この期間だけ出店する水野直己氏のボックス、ローブ(夜明け)10個入り。3225円。パッケージは、動物たちがシルエットになったアフリカの夜明け。

今回はセレクションボックスが完売なので、ネットで調べて、このボックスを買おうと思っていた。店頭に立っていたのは多分ご本人。

やっぱり東京で買えるチョコは、なにもここで買わなくてもいいと思ってしまう。例えば、昨年末池袋に臨時出店してた土屋さんのテオブロマ、六本木ショコラ・ドゥ・アッシュの辻口さん(会場に来てた)のチョコなどは、最高のチョコだ。海外のものでも、ジャンポール・エバンは、そもそも伊勢丹地下にあるし、ノイハウスアルマーニも銀座にお店があるんだし。ゴディバも、今やあちこちに出店してる。

それと比較すると、京都から年1回しかこないナオミ・ミズノは希少価値あり。

オリオール・バラゲ

The Best 6 by Oriol Balaguer
バルセロナのチョコレート、オリオール・バラゲのベスト6というチョコレートボックスである。
Balaguer comes from Barcerona. In this box there are 6 Cacao shaped chocolates, Olive, Corn Nuts, Mascleta, Saffron, Black Truffle and Yuzu.

会場中央から入場した小生は、時計と逆回りに一周しようとしたが、金曜日の午後とあって大混雑。女性客がメインだが、お菓子産業のビジネスマンや、有名ショコラティエの姿も見える。

主通路があまり混雑しているので、脇道に入った所で、この特徴的なカカオの実を発見。バルセロナのチョコレートだというので興味を持った。スペインのチョコと言えば、青山のカカオ・サンパカを思い出す。そもそも、新大陸を侵略してカカオを伝えたのはスペイン人だ。

味は、写真右から、(1)おすすめのオリ-ブオイル、(2)コーンナッツ(とうもろこし)、(3)マスクレーター(パチパチ食感)、(4)サフラン、(5)黒トリュフ、(6)ゆず。

今夜は、梅酒にあわせて、ゆずと黒トリュフを頂いた。前者はさわやか。後者は濃厚!(2,310円)


(注)バラゲは、1971年カタルーニャ生まれ。21歳で国内のパティシェコンテストで優勝。01年、リヨンでの世界大会ではチョコレート作品でデザート部門優勝。02年に独立。予約の取れないレストラン、エル・ブジのデザートシェフを勤めていたこともある。(解説パンフより)




SALON DU CHOCOLAT (1)

新宿伊勢丹恒例のサロン・デュ・ショコラに行く。
Salon du Chocolat is a festival of chocolate at ISETAN department store in Sinjyuku.

今年10回目を迎えるチョコレートの祭典。他のデパートでも、バレンタインデーを前に同じような企画が盛んであるが、伊勢丹のサロン・デュ・ショコラへの参加ショコラティエのレベルと人数は他をしのぐ。

一昨年、昨年と参加したが、2010年のテーマは「OPERA」、2011年は「JAPON」であった。両方ともセレクションボックスを購入して堪能した。

今回のテーマはなんと、Desirs(デジール) すなわち Desire(欲望)という。セレクションボックスを購入したかったのに、なんと1/25初日で完売という。残念!水曜日は、銀座にいたんだから、ちょっと足をのばして新宿に行くべきであった。

昨晩は、ネットで十分リサーチして購入したいものを考えていたのだが、現場にくると、大混雑の中で訳が分からなくなった。やや衝動的に3つのチョコレートを購入した。
(2012/1/27)




2012年1月26日木曜日

エクレア(2)

ワイルドな形がまぶしいスーパーのエクレア
こちらは、先週末にイトーヨーカドーの店頭で見つけた1本88円のエクレア。やはり、この価格と形が基本でしょうね。

冷凍食品ながら、カスタードクリームの甘さとシューのさっくり感は、ラ・メゾン・ドュ・ショコラのエクレアと比べても、大分趣は違うものの、引けを取らない。それにしてもこの価格差は劇的だ。

このブログでは、過去に、ヨックモックのカラフルなエクレアと、トリコロールの由緒あるエクレアを紹介したが、やはりエクレア界にも格差は存在するのだ。

2012年1月25日水曜日

エクレア(1)

ラ・メゾン・デュ・ショコラのエクレアに挑戦。

2010年秋、銀座松屋1階にオープンした高級ショコラのこのお店、今までに三回訪問して、何も買えなかった。高いんだ。(注-1)

でも、エクレア(注-2)は一度食べたかったので、本日、お昼に栄庵(エイアン)のハンバーグ定食(注-3)を頂いて、デザートをここで食べようと計画した。

いつも行きあたりばったりで暮らしているように見えるかも知れないが、時には、この様に、非常に緻密な計画的な行動もとれるんだ。
(2012/1/25)

(注-1)例えば、このエクレア651円という中途半端な値段だ。ちなみに、先週、イトーヨーカドーで買って母と食べたエクレアは1本88円。すなわち、ラ・メゾン・ドュ・ショコラのエクレア1本のお金で、ヨーカドーのエクレア7本買えるんだ。

(注-2)3つの味(ショコラ、キャラメル、カフェ)があるが、今日はショコラにして、紅茶を注文。この紅茶が高いんだ。失敗。エクレアだけ買って、ドトールに行って、紅茶を注文すべきだった。

(注-3)知る人ぞ知る洋食屋「栄庵」は、先日偶然見つけて、ハヤシライスを注文した。野菜サラダの量にびっくり。同時に、ここのおすすめはハンバーグだということに気がついたので、本日再訪。うまいし雰囲気がいいです。

リフォーム(4)

台所に続く居間には、作りつけのクローゼットを設置。
Redecorate of my old Flat. I made two rooms in one Living dining kitchen.
これは、前回、結構考えたリフォームである。
左の観音開きのクローゼットは、ドアの裏に姿身を設置。

右側の収納は、中板を可動式にした。スキーとか掃除機など、長いものも収納できる。

今回は、壁紙の張り替えと木枠の再塗装。

リフォーム(3)

台所は、居間(この反対側)と続けて広々LDKとした。
30年前は6畳の台所と6畳間に分かれ、台所の流しは石という非常にレトロなものであった。
前回は、台所と居間を続け、新しい流しに交換。今回は、流し台横に洗濯機をおけるようにした。

防水仕様の床材はカーペットを敷いていたので状態がよく、そのまま使用できた。なお、この台所の裏側に4.5畳の和室がある。どちらも南向きで、暖かい。



リフォーム(2)

洗面台は新しいのに交換した。


水周りの交換は一番お金がかかる。この他に、風呂(バスタブ)と、台所の湯沸かし器を交換。壁紙も全面的に張り替えた。

問題は、貯金のない小生がどうやってリフォーム資金を用意したかだが、これは個人情報なので内緒です。

でも、業者との交渉で、かなり低額の費用に押さえることが出来たのはラッキーだった。


リフォーム(1)

団地の部屋を改装した。(1)和室6畳を板の間に
The Redecorate of my Old Apartment Room which was built almost 40 years ago.
かつて1年程暮らしたこの部屋、人に貸していたが、空室となったので、改装することにした。
この公団住宅は、40年ほど前、日本の高度経済成長時代に建設された、3DKの典型的な間取り(注-1)である。6階建であるにもかかわらず、エレベーターがない。

最近は、老朽化した団地建て替えるケースが増えている。敷地が広い場合は、高層の団地にして、建て増し分の部屋を販売または賃貸することで建設費をひねりだすというわけだ。

一方で、建物はそのまま、個別の部屋を今風にリニューアルするのも流行ってるそうだが、先見の明のある小生の場合、すでに20年前に基本的なリニューアルをすませていたのだ。(注-2)

今回、不動産屋の助言に従って畳からフローリングに変えた。個人的には畳の部屋が好きなんだけど、板の間にしてベッドをおける方がいいとのアドバイスであったが、障子は残した。(2012/1/24)

(注-1)昔の国会議員宿舎もこんな感じだったが、今は素晴らしいマンションに生まれ変わった。

(注-2)この六畳の間は、窓は和風で、押入れは2つあった。小生は、右の押入れの中板をはずして、クローゼットにした。左は押し入れのまま。

2012年1月24日火曜日

ベランダの雪

ベランダの水がめには氷が張ってるから、鳥もこない。
南側のベランダの雪はもう溶け始めている。(撮影は午前10時)
1/14に青森1m超の大雪に遭遇していたので、この程度の雪は驚かないが、すごく寒い。我が家は、断熱材もなく、窓が大きいので、暖房を止めるとすぐ寒くなるのだ。

ところが、先日久しぶりに北海道から上京したT君は、「東京は暑い」という。よく聞いてみると、帯広は、零下25度だという。なるほど納得。でも、それだけに北海道の家屋はストーブで暖かいのだ。家の中は案外、東京の方が寒いのではないか?

ところで、「4年以内に震度7程度の地震が首都圏を襲う確率が70%」との発表がされた。もし、電気が止まったら、ガス風呂以外はすべてオール電化の我が家は、暖房が止まってすごく寒くなる。こういうときは、石油ストーブがあると安心だ。

実際、仙台の妻が被災した時は、灯油が2缶風呂場の水があったのでとても助かったという。東京の我が家も対策が必要だ。

SNOW in TOKYO

The Back Yard of my house covered with a few cm Snow.
We had the first snow last Friday in Tokyo but the snow melt at once then.

But Yesterday it was so cold in Japanese islands and we had snow in Tokyo.
It is common to have lots of snow in Hokkaido or Tohoku, but it is very scarcely in Tokyo, so that the snow caused many slip accidents on the road.

This photo is taken around noon and the snow is melting.
You can see the small pink buds of plum tree in the left corner.
(2012/1/24)

2012年1月22日日曜日

麹町の喫茶店(2)

カフェ・ウィスタリアの外観
まるで絵にかいたような素敵な外観ですね。停車しているスクーターまで絵になってる。携帯カメラが貧弱なのが残念。

ネットで他の人のブログを見ると、特に坂道関係のブログでは、素晴らしい高画質の写真を使用してる。余りの違いに悲しくなってしまう。

しかし、光線の具合とかで偶然よい写真が撮れることもある。次回は、もっと天気のいい日に撮影しにこようと思う。

問題は、喫茶店の名前だ。日本語にしてくんないかな。記憶に障害があるから覚えられないのだ。

例えばこの店、WisteriaかWistoriaかよくわからない。とりあえず前者にしておいたが、もしWisteriaなら、藤という意味だから、喫茶藤、または喫茶フジでもいいのでは?うーん、昭和レトロ過ぎるか。




麹町の喫茶店(1) Cafe Wisteria

喫茶ウィステリアの窓辺
いかにも街の喫茶店といういい雰囲気のこの喫茶店。実は喫煙可能です。
この日は、コーヒーとチーズケーキのセットを注文したら、切り口のすごくきれいなチーズケーキで感動した。でも照明が暗くて写真は撮れなかった。
ウエイトレスがすごくぶっきらぼうなのもなかなか味があっていい。

清水谷坂 SIMIZU-DANI-ZAKA

坂の上から清水谷公園、ニューオータニ方面を望む。
地下鉄有楽町線、麹町駅から国立劇場に通う時に通る、文芸春秋社の近くは、手頃な食堂が多くてうれしい。

この日は、隼町寄りの天ぷら「天重」にて、一番安い「かき揚げ丼」750円を頂く。おいしかった。その後、ベローチェで、一番安いコーヒー190円で1時間つぶす。それから、紀尾井ホールに行ったんだ。

このベローチェから見てると交差点の反対側のつけ麺つじ田には行列が出来ている。きっとおいしいんだろうな。いつか食べてみたい。

この清水谷坂は、清水谷公園のそばまで行って、そこから紀尾井坂に続く。でも、昔の地図だと、そこから右手に、上智大学裏門に続く急な坂が清水谷坂になっているみたいなんだ。

今度、暖かくなったら調べてみます。(撮影は2012/1/21)

紀尾井坂

なつかしの紀尾井坂 (KIOI-ZAKA SLOPE)
千代田区紀尾井町は、州徳川藩(現清水谷公園とプリンスホテル)、張名古屋藩(現上智大学)、彦根藩伊家(現ホテルニューオータニ)の各屋敷に接していたので、頭文字を取って、紀尾井町と名付けられた。なかなか洒落たネーミングである。そこにあるから紀尾井坂というわけだ。

明治維新後、紀州徳川藩の屋敷は、内務卿大久保利通の屋敷となるが、大久保は、明治11年(1878年)にこの坂で暗殺された。(ウィキペディアより))

学生時代は、四谷見附から土手沿いに「食い違い見附」まで歩き、この坂を下り、清水谷公園に至り、弁慶橋を経て、赤坂見附に行くというのがお花見コースの一つであったが、今ではすっかり高層建築の町になってしまった。


ニューオータニを眺める。

紀尾井ホールから雨のニューオータニを望む。
The view of Hotel New Otani from the window of KIOI Hall.
森村誠一の小説「人間の証明」(1976年)の舞台となったこのホテル、麦わら帽子を思わせる円形の展望レストランが特徴だ。小説の筋は忘れたが、1977年には映画化され、「ママ、僕のあの帽子はどうなったでしょうね」の有名なコピーとジョー山中の主題歌を思い出す。

小生が、この近くの某私立大学の学生だった頃、すでにこのホテルは建っていたから、40年以上まえの建物である。当時は、ベトナム戦争の真っ最中で、学園紛争もたけなわ。小説に出てくる主人公(松田優作)は麹町警察の刑事と言う設定だが、母校の警備担当は麹町署だった。

真田堀グラウンドには、1968年まで米軍のカマボコ兵舎が残り、大学のクラブ室として使用されていた。また、国際部の学生と話をしてると、兵士だったということが分かり、ベトナムが身近に感じられた。
英会話を習ったアメリカ人の女性教師は米軍関係者で、化粧の濃い美人だったが、沖縄返還について英語のレポートを出したら、文法的誤りの指摘とともに、内容について、Too young!とコメントされ、ちょっと悔しかった。

紀尾井ホールのシャンデリア

紀尾井ホール、ロビーのシャンデリアも素敵!
The Lobby Chandelier of KIOI HALL


コンサートホールのシャンデリアは、クラシックな形だが、このロビー吹き抜けは、モダンな形。ヨットににてる。

素晴らしい形ですね。どなたの作品なんでしょう?

バラライカのコンサートに行きました。

紀尾井ホールで、東京バラライカ・アンサンブルの30周年記念演奏会を聴く。
The BALALAIKA  Concert at KIOI HALL 
土曜日は、小雪が舞う寒い日で、ロシアの民族楽器バラライカに相応しい日和。これは非常に珍しいコンサートで、以前の職場の友人、Mさんに一昨年、紹介してもらうまでは、バラライカをメインにしたオーケストラというのは知らなかった。
 その時は、代々木オリンピック青少年センターホールであったが、今回は紀尾井ホールというのも楽しみであった。というのは、このホールに来るのは初めてだったから。特に、シャンデリアが見事で、二階正面特等席で開演直前にこの写真を撮ったら、係員に注意された。

演目は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲「二月・冬おくりの祭り」、ボロディンの「中央アジアの草原にて」、そして「バイカルの伝説」、「剣の舞」、「トロイカ」と続く。ロシア音楽にバラライカは実によく似合う。
 バラライカは三角形だが、丸い形ドムラというのもあって、今回は両方のソロ奏者が参加して、素晴らしい名人芸を披露してくれた。小生が一番気にいったのは、アンコールで演奏した映画「ドクトル・ジバコ」の主題歌、ララのテーマである。(2012/1/21)

2012年1月21日土曜日

今週は忙しかった。

1.年金生活の実態
仕事もしないで家でぶらぶらして、家族からは顰蹙(ひんしゅく)を買い、ご近所からはうさんくさい老人と思われている年金生活者であるが、もし年金がなければ、単なる失業者だし、年金の額を見れば、生活保護の金額を下回ってるんだから、実質は、生活保護世帯といってもいい。

2.何故、年金生活者が忙しいのか?
そんな年寄りの貧乏人の小生であるが、なぜか今週は忙しく、土曜日の夜、風呂からあがってみると、なんだかぐったりとしてしまった。これは、先ず、きびしい天候も関係があるが、段どりの悪さにも起因する。若干反省の意味も含めて、この2日間を振り返ってみよう。

3.家を出るのが早すぎた。
まず、本日(土曜日)は、2時からのバラライカ・アンサンブルの演奏会のために、朝早く家を出た。本当は、母に追い出された。外はとても寒く、手袋を買うことにした。近所のユニクロに言ったら、取り扱いがなかったので、東武デパートに寄ってみた。

4.寒いので手袋を買う。
調度、冬物のセールの最中で、手頃な物を見つけて購入。これまで、手袋は随分買ったり、貰ったりしているが、右の手袋をよく落とすんだ。そういえば、道端にも、片方だけの手袋がよく落ちてるよね。これを片手落ちと言うらしい?

さて、思ったよりも早く、家を出たために、非常に中途半端な時間である。コンサート会場の紀尾井ホールには1時半までに行けばいいのだが、まだ10時半。だから、3時間もあるんだ。この状態は昨日(金曜日)と全く同じ。

5.二つの予定が入っていた。
金曜日は、友人のT教授が、論文審査のために北海道から上京するのにあわせて、銀座で友人たちがささやかな夕食会を持つことになっていた。ところが、12月に、国立劇場の45周年企画の、「国立劇場の公演を振り返る会」というのに予約いれていたんだ。

この日は幸四郎、染五郎の親子と福助が出演。大劇場のスクリーンに映し出される過去の公演を見ながら、国立の舞台を回顧するという趣向である。

6.まずお土産のワインを銀座に運ぶ。
これが1時から2時半まで。ところが、昨日は雪が降って寒かった。しかも、T教授が、お土産に我が家に送ってきたワイン(重い)銀座の会場に運ばなければならない。11時ころに銀座四丁目の地下鉄駅近くのロッカーに預けたのはいいが、これで、すっかり疲れてしまった。

7.予定外の行動を思いつく。
なんだか幸四郎の話を聞くのがおっくうになり、「そうだ、こんなに悪天候で寒い日なら、上野国立博物館の「故宮博物院展」も空いてるんじゃないか」と気付いた。例の話題の「清明上河図」(1/2~24限定公開)を見るなら、老人の動きの鈍るこういう日だ、と確信して、上野駅にきてびっくり。駅構内の展覧会切符売り場にずらりと老人の列。ここでがっくり

8.結局、予定に戻る。最初からこうすればよかった。
小生、いかに素晴らしいものでも並んでまでは見たくない。どうせ、小さな「絵巻き物」だから、よく見えないだろうし、この前、テレビの日曜美術館で見たからもういいや。それなら、予定通り国立劇場に行こうと考え直し、上野からJRで四谷に出て、麹町を通って隼町(国立劇場)まで歩いた。

9.考えもなく、昼飯を食う。
あんまり寒かったので途中で、新宿通り沿いのインドレストランに寄ってカレー食べた。これは、非常にまずい行為であった。小雪の中を歩き回り、疲れて、お腹は一杯。というわけで、幸四郎の有意義な話の最中にうとうとしてしまい、大変申し訳なかった。

10.待ち時間、待機時間がテレビ局並みに長い。
終了後、2時半から、T教授のピックアップの6時まで、なんと3時間半もある。とにかく麹町まで戻ろうと歩いてると、素敵な喫茶店発見。ウィストリアとかいう小さな喫茶店である。まず、ここで休憩。チーズケーキを食べる。そして、麹町から、有楽町線で有楽町に戻る。

11.再び思いつきで行動。
6時まで、映画でも見ることにした。こんな寒い日は、ミッション・インポッシブルとか、ワイルド・セブンみたいなのでスカッとしたい。でも、すでに上映開始だったり、終了時間が6時過ぎで合わなかった。
そこで、伊東屋文具店、教文館書店、高野楽器で立ち読み、カード購入、CD試聴、トイレなどで時間をつぶし、ガス灯通りの喫茶「凛」でケーキ食べる。そして、T教授のピックアップポイント新橋に出かけるが、まだまだ時間はある。

12.新橋芸者衆に遭遇
そういえば、T君におみやげを用意してなかったと思い、玉木屋でつくだにをながめるが、退官記念にふさわしい佃煮を見つけられず断念。駅前のビックカメラ裏のコーヒー190円の看板につられて、またまた、コーヒー。こんなにコーヒーばかり飲むのはよくないよね。でも、これが結果的には、なかなかよい選択で、和服のきれいなお姉さん3人連れが現れたので、座席を移動したら感謝された。

彼女たちは、新橋の芸者さんで、これからお座敷なんだ。領収書の準備をしている。これが銀座5丁目の喫茶店だと出店前のホステスさんが、くつろいでいるんだけど。結局、T君には6時5分にあえて、無事6時半の会合に間に合った。

13.三つの結論
(1)二つ以上の予定は入れないほうがいい。また、(2)イベントの時間を考えて、家を出よう。(3)寒い日は外出は控えよう。以上が教訓です。(2012/1/21)

2012年1月19日木曜日

ホピ族の守護精霊、カチナ

ホピ族の守り神、カチナがガス灯通りに出現。
KACHINA is Spirits of Nature in North America. They protest HOPI Indian people.

北米インディアンのホピ族の守護精霊、カチナは、本来目に見えない存在であったが、ホピ族の人々が干ばつで苦しんでいる時、人間の様な姿で人々の前に姿を現した。

そして、ホピの人々の暮らしは格段に良くなったが、やがて堕落が始まると、カチナは去っていってしまう。

その時に、儀式の仕方を教え、正しく儀式がされた時だけ、カチナは人々の前に姿を現すという。

ホピ族は、数百年にわたり、儀式でカチナを呼び出してきたが、今回は、銀座ガス灯通りの、イッセイ・ミヤケの店舗に出現した。(2012/1/18撮影)


教室の窓から銀座三越を望む。

たまには夜の銀座を歩きたい。
毎週、このサッポロビルに通って早や1年半。大好きな和光ビルが見えるのはうれしいし、三越の大きな垂れ幕も嫌いじゃないけど、少し飽きてきた。

というのは、いつも午12時ころ(お昼)の風景ばかりなのだ。やはり、都会は夕方から夜の顔が素敵だよね。

母の介護のため、夜間外出が禁止されるという、戒厳令下の独裁国家並みの生活を強いられてる小生としては、何か人生を無駄にしてしまってるような気がするんだが。

というわけで、万全の態勢をとって、金曜日の夜は銀座に繰り出す計画を立てた。この作戦は、MISSION IN GINZA作戦で、北海道から上京するT君に江戸前の寿司を食べさせるというのが主要な目的だ。

ところが、東京は金曜の夕方、雪だという。思わぬ困難が発生したが、作戦遂行のためにがんばります。



一週間ぶりの銀座

銀座4丁目和光の景色
The View of WAKO from the window of my Study room of English school.
Compared with the heavy snow in Aomori prefecture, the climate here in Tokyo is still warm. But the air is so dry that not only my skin but also my heart has become also so dry. 

About my English study, my English ability is still very poor and during the conversation with my teacher I felt that I need more vocabulary. 

My class is originally a group lesson. Last year I had a class mate, very cute lady but now she has stopped and my class has become a private lesson again.

Of course Justin is a eager and good English teacher but I need another class mate.

I wonder if a pretty lady who speaks English fluently joined to my class so that it will be more exciting to study English.

The theme of this day was "Guns and Violence"
How suitable for us!

松島風景

田里津庵からの松島湾の眺め
The View of Matsusima Bay from TARITSU-AN Restaurant

田里津庵からこうして仙台港の方を眺めていると穏やかな海である。

さて、まもなく東日本大震災から1年が巡ってくるが、何人かの知り合いから様々な思いを聞いた。

また年賀状の情報で、思いがけなく大きな被害を受けた方の声を読んだ。

そこで、人間の不幸はランクづけ出来ないが、あえて、無理を承知で、小生が聞いた限りで、ランクに分類してみた。

自分が当事者だったら一番つらい順です。
(1)家族や親しい人(友人や近所の知り合い)が亡くなったこと。
(2)家が流されてしまったこと。子供の結婚資金の現金370万円が流された。(銀行から下すのもう少し待てばよかった!)収穫したばかりの新米が流された。(これってすごく悔しい)
(3)長く暮らした家族の思い出がすべて流された。40年間撮り貯めた作品が消えてしまった。
(4)この災害を機に、家族がバラバラになってしまった。
(5)農地が塩につかりダメになってしまった。業者から二束三文で買いたたかれている。
(6)仮設住宅で、仕事もなく、母親の面倒を見ながら暮らしてる。(これ、結構きつい)
(7)さらに、電力OBの先輩からの年賀状には、電力供給の使命につくしてきたことが書かれていました。福島の惨事は、電力OBにとっても大きな衝撃であり、いままでの人生とどうつじつまをあわせるか苦慮されているようです。

そして、今後の生活をどう再建していくのか?
この点で、Aさんは、他県と比べて、宮城県知事のやり方に疑問を呈しています。
(1)放射能の測定をしていない。国まかせではなく、自治体として、測定してほしい。
(2)漁港の復旧・再建に区別をして、小さな漁港は切り捨てようとしている。
(3)トヨタの誘致には熱心だが、農業に対する理解が低い。
(4)特区だとか、産業界よりの発言が目立つ一方で、住民の生活再建の展望が見えてこない。
(5)各市町村のレベルでは、非常に遅れている自治体がある。

復興より復旧?
たしかに、県と市の分担という問題はあるが、市町村は、県に対して必要な援助を申請して、協力して住民の生活再建にあたってほしい。行政は、復旧(元に戻す)より復興(新しい防災街づくり)というけれど、住民は、早く前の暮らしに戻りたい(復旧)のです。

巨大地震の再発の可能性
でも、スマトラ地震の経験からは、大震災以後数年間は、同レベルの巨大地震の再発する確率が高いという。であれば、防災を念頭に置いた再建が必要だしね。
(2012/1/19)

2012年1月18日水曜日

はやてで帰ります。

このたびの「行くぜ東北ツアー」のまとめ
I will come back by HAYATE, the Ballet Train from Sendai to Tokyo.
The Review of my short trip to Tohoku area.
漂泊の詩人、西行の戻し松を見て、小生も東京に帰ることにしよう。でも「漂泊」って、なんか語呂いいねえ。だが、一歩誤ると徘徊老人になりかねないので注意。

1.当初目的と行き先
(1)仙台で義母のお見舞いと被災者のAさんに会うことができた。
(2)久しぶりに妻に会えたが、長女には会えなかった。
(3)はやぶさって青森に行けた。
(4)雪の青森に行ったので、バランス上、熱海梅園に行きたかった。

2.費用について。(大人の休日倶楽部4日間フリーパス)
(1)4日間のツアー費用は15,000円だが、青森に行く時、わずか15分の短縮のために、はやぶさの特急料金6,300円を払ったので、合計21,300円である。(少し後悔)

(2)一方、通常料金は以下の通り。
①東京-仙台間往復料金 21,380円×2回=41,760円
②東京-青森間往復 (片道16,170×2=32,340円)、合計74,100円
・・・さしひき、52,800円の節約。次回は、函館を目指す。

(注)青森の雪の写真を見たい人は、Quick Trip TOHOKUをご覧下さい。

西行戻しの松(3)

戻しの松から松島湾を望む。
この日は、松島湾の船着き場、瑞巌寺入口、藤田ガラス美術館などを訪ねた。海のそばの美術館はどうなっているか心配であったが、どうやら建物は無事みたい。時間がなくて中には入れなくて残念。

一部に橋が落ちたり、崖崩れの跡が残っている。また瑞巌寺参道の売店も閉まっている店が目立つ。それでも塩釜や石巻よりは被害が少なかったようだ。その理由は、湾内の島々が、津波の勢いを削いだかららしい。(2012/1/16)

西行戻しの松(2)

西行戻しの松はどれか?
There are some pine trees on the hill where you can observe the beautiful sea and islands of Matsusima. This bay was also attacked by Tsunami last March.
西行法師は12世紀の人だから、900年前の人だ。しかし、樹齢900年の松は見当たらない。
それはさておき、西行法師は、何故、折角ここまで来たのに、帰ってしまったのか?
その解説文を記録したので、紹介します。

歌人西行(1118-1190)がこの地にて「月にそう桂男(かつらおとこ)のかよひ来てすすきはらむは誰が子なるらん」と一首を詠じて悦にいっていると、山王権現の化身である鏡を持った童子がその歌を聞いて、「雨も降り*もかかりて霧も降りはらむすすきは誰が子なるらん」と詠んだ。

西行は驚いてそなたは何の業(なりわい)をしているのか聞くと、「冬萌(ほ)ぎて夏枯れ草」を刈って業としていると答えた。西行はその意味が分からなかった。童子は、才人が多い霊場松島を訪れると恥を晒すと諭したので、西行は恐れてこの地を去ったという伝説があり、一帯を西行戻しの松という。

西行に関するこのような伝説は各地にあり古くから語り継がれている。



西行戻しの松(1)

松島を一望する展望台、西行戻しの松公園。
SAIGYOU, an ancient priest and great poet once visited Matsusima, but he returned.
西行は裕福な家庭に生まれ、北面の武士として働いていたが、一説によれば失恋の痛手で、23歳の時に出家。(友人の死に無常を感じたためとの説もある)
1144年、初めての奥州に下る。その後、中国四国地方にも旅し、1186年には二度目の奥州下りを行っている。この時は、東大寺再建の勧進のためだった。

漂泊の歌人として、「願わくは花の下にて春死なん、そのきさらぎの望月のころ」と詠んだ通りに河内にて入寂。その生き方がかっこいい!と、多くの歌人、アーティストの共感を呼んだ。芭蕉の奥の細道も、西行をイメージしてるんでしょうね。
西行戻しの伝説は、松島の他に、秩父の「西行戻り橋」、日光「西行戻り石」などの伝説がある。

ところで、漂泊の歌人と言うと吉井勇を思い出す。京都祇園、白川沿いの「かにかくに 祇園は恋し 寝る時も 枕の下を 水のながるる」が有名だが、たしか花巻温泉でも彼の歌碑があった。

2012年1月17日火曜日

かきのかんかん焼き会席(3)

向う側がかんかん焼き、手前が炊き込みご飯。
Grilled Oyster and Oyster & Rice Casserole at the Restaurant TARITSUAN at Matsusima in MIYAGI prefecture.


松島の牡蠣は津波による被害を受けたと聞いていたのだが、このりっぱな牡蠣は、松島の牡蠣?

実は、田里津庵では、一昨年の三陸の牡蠣を冷凍保存していたのだ。従って、この日は、生かきはなし。松島の酢ガキとかは、当分おあずけです。

また、地震の時はどうだったか聞いたところ、3/11は、調度改装工事のために休業であった。また、松島湾は島が多く、津波の力も弱まったのと、この場所は高台のため、津波の直接の被害はなかったらしい。(責任者の話ではありません)
(2012/1/16)

かきのかんかん焼き会席(2)

かんかんで焼くので、かんかん焼きというそうです。

かきのかんかん焼き会席(1)

田里津庵にて牡蠣料理を堪能。
We enjoyed the various kinds of  dishes of Oyster at TARITU-AN restaurant.
窓からは、松島湾の景色が楽しめる。Aさんは、酒が飲みたいと騒いだが、如何せん自動車である。
小生も軽く白ワインを頂きたい気持ち。
(2012/1/16)

日本三景の松島を訪ねる。

大人の休日最終日は、再び仙台を訪問。松島に足を延ばす。
The Sea side of Matsusima in MIYAGI prefecture. Matsusima is famous as one of the most beautiful place in Japan.
このチケットは4日間乗り放題のジンギスカンみたいな切符だから、沢山汽車に乗りたいと思うのは至極自然だ。初日は、仙台市内で妻と会い、病院にお見舞いに行った。二日目は、無意味に青森まで出かけて体力を消耗した。3日目は、熱海に行く予定を中断して、終日家で英気を養った。

そして最終日。仙台の震災被災者、ゆりあげのAさんに、お見舞いを兼ねて会うことにした。

Aさんは、津波で家を流され、仮設住宅に住んでいる。仮設の見学も考えたが、松島がどうなってるのか気になっていたので、駅で待ち合わせて、彼の車で松島に行くことになった。

45号線で塩釜に出て、海沿いに北上して松島を目指していたら、陸前浜田を過ぎたところで、懐かしい「田里津庵」の案内板を発見。ここは、岬に立つ牡蠣料理専門店だ。

八戸一人旅(4)

はやて28号で東京に帰る。
I came back TOKYO by the Bullet Train HAYATE 28 from HACHINOHE.
青森を早めに切り上げて、八戸で1時間余りを過ごした。
14:06発のはやて28号で、大宮には16:42に戻れる。

結局この日(1/14)の行程は、
07:45 出発
08:37 大宮発   はやぶさ1号
11:22 新青森着
11:35 新青森発 スーパー白鳥15号
11:42 青森着
12:26 青森発   スーパー白鳥26号
12:32 新青森着
12:35 新青森発 はやて26号
13:00 八戸着
14:06 八戸発   はやて28号
16:42 大宮着
17:00 赤羽着
17:30 帰宅 となった。

写真は、八戸駅に到着したはやて28号。

八戸一人旅(3)EKIBEN

八戸で、駅弁、海鮮こわっぱを購入。車内で頂く。
This Train Lunch Box in HACHINOHE is KAISEN KOWAPPW in which you will taste Urchin, IKURA, Seaweed, Crab and Abalone on the rice.

昼ご飯を食べたので、駅弁は小型の「海鮮こわっぱ」にした。
うに、いくら、かに、芽こんぶに、あわび若干の材料は新鮮なのだが、なにしろご飯が冷たい。

駅弁は、ご飯が覚めてもおいしいことが条件ではあるが、それにしても冷たすぎるのは困る。

そういえば、新宿京王デパートの、恒例駅弁まつりにも行かなければならない。結構忙しい。

八戸一人旅(2)やっぱりうにでしょう。

八戸駅前の食堂でうに軍艦盛りを注文。
先ほどの待合室には、ストーブがあって暖かだった。駅の外に出ると、八戸は雪は降ってないが、海風が強く凍えそうだ。

駅のそばの「ごっちょ寿司」でランチ握り(980円)を注文したが失敗。中途半端に安い寿司はだめじゃ。ここでは、うに、いくら、いかの三色丼(1800円)を注文すべきだった。

仕方がないので、うにの軍艦巻き二貫を追加。シーズンオフのため950円。シーズンの夏ならもっと安いそうだ。でも、八戸で食べるうにはうまい。(様な気がする)

八戸は、1988年の夏に家族でドライブ旅行で来た記憶がある。その時は、蕪島で海猫に会ってから、八戸に一泊して、今回の津波被災地の三陸海岸を南下して気仙沼に出たっけ。25年前のことである。

それにしても、一人旅にはウニが似合う。

八戸一人旅(1)

八戸に到着。雪はやみ青空が見えるが、風は強く冷たかった。
The View from the Waiting Room at HACHINOHE station.
今年は、八戸新幹線開通10周年。というわけで、東北新幹線の歴史を振り返ってみよう。


1982年、「光は北へ」のコピーで東北新幹線大宮ー盛岡間465キロが開通。列車は「やまびこ」と「あおば」。(最高時速210km)(注-1)
1985年、東北新幹線が上野発着。(注-2)
1991年、東北新幹線、東京発着。
1992年、やまがた新幹線開通。400系「つばさ
1994年、E1系「MAXやまびこ」「MAXあおば」
1997年、秋田新幹線E3系「こまち」(時速275km)。E4系MAX開始。

2002年、八戸延伸。「はやて」、東京-仙台間は1時間半となる。
2005年、八甲田トンネル開通。(注-4)
2007年、全車両禁煙となる。
2010年、12月、八戸-新青森間82km開業。全線開業。
2011年、3/5 「はやぶさ」時速300km、東京-新青森3時間半。
2011年、3/11東日本大震災で不通となる。4/25東京-仙台間が開通。200系の運行終了。9/23震災前の通常ダイヤに戻る。

(注-1)それまで、仙台への出張は「L特急ひばり」で4時間。一泊していた。ひばりには食堂車もあったが、新幹線は、大宮ー仙台間を2時間で結び、出張は日帰りとなった。食堂車も廃止。
(注-2)同年、小生は仙台転勤となる。
(注-3)東北へのターミナル駅は上野の方が似合うんだけどね。
(注-4)同時に、仙台以北のMAXやまびこの運用終了。

雪の青森(5)AOMORI in SNOW

行くぜ東北!冬の東北はおすすめです。
Let's go to TOHOKU, the north part of JAPAN where you can meet lots of snow and fresh fish there.
「大人の休日倶楽部」4日間乗り放題切符(15,000円)を使用して、初日は仙台にお見舞いに、2日目は青森に行った。
この後に、八戸に行ったんですが、雪はなくて風が強かった。
余りにも大量の携帯写真を撮ったので、携帯電話は満員状態。


雪の青森(4)

列車の外は吹雪。
うーん、こんなに雪が多いとは想定外だ。

雪の青森(3)

予定を早めて、八戸に向かう。
本来なら、青森には約2時間滞在して、大間の鮪、大トロを賞味するはずであったが、この状態では列車が遅れて、6時までに帰れないので、予定を変更することにした。

青森では、わかめそばを食べて体を温めた後、12:26、遅延していた白鳥26号で新青森に向かう。外は、ご覧の様な吹雪。そして、6分後の12:32青森着。ほっとした。

ここでも、新幹線が遅れていて、本来12:28分発の「はやて26号」に乗れた。指定券の変更する時間はなかったので、そのまま開いてる座席に座る。(はやては全席指定)

そして、12:56八戸着の予定なのだが、実際の到着時間は多分1時を過ぎると思う。窓の外は吹雪。(2012/1/14)

雪の青森(2)

青い森鉄道は止まってしまった。
このローカル線は、青森から八戸に向かうのだが。

雪の青森(1)

特急白鳥の先頭車両の雪を落とす国鉄労働者。
今では国鉄の事を、JRっていうんだね。JRって、何語なんだ?
北国で列車を走らせるって、ものすごく大変だということが分かる。

2012年1月16日月曜日

青森駅風景(4)

案内所からそば屋八甲田方面を眺める。

雪だるまネブタ

青森駅前の観光案内所でねぶたの雪だるまに遭遇。
NEBUTA is a Japanese Traditional Paper Lantern in Aomori Prefecture.
When it became dark in the night they put a fire in this paper Snow Ball.You could enjoy a warm light of NEBUTA.

この日(1/14)は、雪の多い青森にとっても異常な積雪であった。
青森駅前で、当初の目的である、大間の鮪、大トロの寿司を求めて、寿司屋の看板を発見したのだが、歩道には除雪された雪が積み上げられて壁を作っているし、どうしても寿司屋にたどり着けない。

それどころか、新聞紙では雪を防ぎ切れず、たちまち体温を奪われた小生は、なんとか案内所に避難した。そこで出会ったのがこの可愛いねぶた雪だるまであった。

遭難した青森第五連隊の兵士の気持ちが少しわかった。すなわち、地獄で仏、八甲田で雪だるま。

八甲田山死の彷徨

青森駅前でそば屋「八甲田」を発見。
I found a Japanese Noodle Restaurant, HAKKOUDA which reminded me a famous accident in the Mountain In 1902.
明治35年、日本軍が八甲田山中で行った雪中行軍訓練で、青森歩兵第五連隊は中隊編成で青森から八甲田山に向かったが、記録的な大雪に遭遇。210名199名が死亡するという山岳遭難史上最悪の遭難を起こした。

一方、たまたま同じ日に、弘前第31連隊は、小隊編成で弘前を出発し十和田湖を抜け、八甲田山を経由して青森に至り、別ルートで弘前に戻る訓練を成功させた。

新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」や、1977年の同名の映画でも有名である。

遭難の危険を察知した小生も、寿司屋に行くのは断念して、このそば屋「八甲田」に入り、体を温めることにした。我ながら実に適切な判断であった。

青森駅風景(3)駅前

駅前のインフォメーションから、新町通り方面を眺める。
The View of the AOMORI Station in the deep snow.
駅前は雪に埋もれて、歩いている人も少ない。
傘か帽子がないと歩くのは厳しい。新聞をかざして10歩ほど歩いたところで遭難しそうになり、駅前広場の中にある案内所に避難した。

The Square of the station was covered with so much snow that only a few people was walking.
I found that it is hard to walk without hat or umbrella.
(2012/1/14)

青森駅風景(2)

青森駅構内の跨線橋からの風景
雪に埋もれた青い森鉄道の列車。
積雪は1メートルを越えている。

青森駅風景(1)ベイブリッジ

青森駅構内の跨線橋からの景色
吹雪に煙るベイブリッジを望む。

2012年1月14日土曜日

青森駅は雪の中(3)

The AOMORI STATION was in the DEEP SNOW.
第3セクターの青い森鉄道の車両も寒そうだ。
この列車は、青森と八戸を結ぶローカル鉄道である。夏に来たらぜひ乗ってみたいが、この日は、豪雪のために、大幅な遅れが出ていた。

When I arrived AOMORI station at 11:42am after 7 minutes ride of Super Swan Train from Sin-AOMORI, I was surprised to see the much snow which was more than my expectation.

They have much snow in this area in winter, but it was too much snow unusually. They say there was a delay of the local train. I was a little bit anxious if I could come back to Sin-AOMORI station till 13:42 when the bullet train, HAYATE 28 would start to Tokyo.

The cute blue train on the photo is the local AOI MORI TRAIN, Blue Forest Train which connects between AOMORI and HACHINOHE.  I would like to get on this train not now but in summer time.(2012/1/14)