2012年3月31日土曜日

The Review of March 2012

今日は3月31日。東京は、強風が吹き、時折強い雨の降る、まるで、日本と我が家の前途を予想するような、不穏な一日でした。

今、「NHKスペシャル」を見ながらブログ作成してますが、本日のテーマは、「日本新生インフラ危機、橋が、道路が、水道が、ガスが壊れていく」という刺激的なものです。この話、前から色んなことで言われていた。例えば、山陽新幹線の橋脚のコンクリートが崩落、北海道のトンネルが崩落、全国の河川に架かる橋が老朽化で危険な状態、等など。

番組の冒頭では、京都市の水道管の劣化のレポートや、浜松市の大量のハコモノの老朽化が紹介されていた。つまり、地震や津波が来るまでもなく、多くの町の、水道ガス道路は劣化しているということだ。これに、原発問題が加わって、電気の供給にも支障が出ている。

実は、このインフラの老朽化は、我が家で起こっていることだ。ここ数年来、床の張り替え、屋根の工事、壁紙の張り替え、ドアの交換などで、予想外のリフォーム出費がかかった。

3月は、これに追い打ちをかけるようなニュースが、続々と飛び込んできた。
(1)東京電力の一方的な値上げ発表。4/1より企業向け17%、7月より家庭向け10%アップ。
(2)消費税増税の閣議決定、2014年4月に8%、2015年10月に10%。国会で審議に。
(3)AIJ投資顧問による詐欺的運用の失敗により1100億円の損失。厚生年金基金への不安。
(4)首都直下地震のM7クラスの震度が、7-6に変更される。
(5)北朝鮮が4月中旬に人工衛星(ミサイル)発射を予告。防衛省が破壊命令。
(6)3/26、福島原発で放射能汚染水(推定120トン)もれ発生。少なくとも80リットルが海に流れる。

つまり、今後、
①大地震が来たら今までより強く揺れるし、
②原発からの放射能漏れは解決してないし、
③道路、水道、ガス、橋は壊れかかってるし、
④電気代は上がるし、
⑤ついでに消費税も上がるけど、
⑥君たちに払う年金はないよ。という訳だ。

うーむ、あんまりだ。桜の開花が遅れている理由も分かるような気がするなあ。
(2012/3/31)

Thinking of Living Abroad.

During my stay in London city in middle 80s, I felt almost I was living in Tokyo.
This feeling is same when I stay at big cities like New York, Paris, Rome, Madrid, Zurich, Singapore and Sydney. We may say that City life is almost same in every western countries.

In those cities we can enjoy comfortable city life like Reasonable Restaurants, Great Museums, Nice Theater, Opera house, Wonderful Concert Hall, Traditional Architectures, Shopping Streets, Green Parks and Convenient Public Transportation System.

I felt some difficulties when I went to local towns in U.K. or west coast of the U.S.A. where we need cars and very lonely especially in the night.

Another problem is the language or how to communicate with people.
Generally speaking it is possible to communicate with people in English in big cities.

But in some local cities in No English Speaking Countries I found it is very difficult to communicate in English. Of course they speak in French, German, Spanish and Italian etc.

When I moved to Sendai, a local city in North east part of Japan, I discovered that the difference of Tokyo and Sendai is bigger than that of Tokyo and London. Sendai is a little bit similar to Los Angels or San Diego where they moved with cars but trains.

The nature is wonderful. We can go to both seaside and mountainside easily by driving car in Sendai and L.A. On the other hand it is terrible to drive in the center of N.Y., London and Tokyo.

I remember the drive from L.A. to Tifana in Mexico on the Root 5 or the drive from Sendai to Morioka on TOHOKU high way. (con't)

2012年3月30日金曜日

Thinking about TON-KATSU

昨日に続いて、「とんかつ」について考えてみる。
三月もみそかとなり、年度末でもあって、世の中は慌ただしいし、先ほどは、野田総理が記者会見を行い、消費税2014年4月に8%15年10月には10%に引き上げる閣議決定を報告し、これに伴って、国民新党は分裂、小沢グループが党の役職を辞任するなどのドタバタになっている。

そこで、「とんかつ」であるが、昨日は、カツ丼について考察し、歴史的には、とんかつカツ丼の前身であることを確認した。本日は、どこのとんかつがおいしいかというレポートにします。

参考のために、ネットで探してみたら、「東京のとんかつ屋さん」という素晴らしいブログに遭遇。質量ともに見事なリサーチだ。最終更新は、2010年5月で、129店掲載とのことである。しかも、東京限定で、価格帯別の10段階評価(星は5つ)もあるというキメ細かさだ。歴史とかタイプ別おすすめもあってとても役に立つ。(ただし、90年代からの調査なので、閉店したり、味が変わってしまうことはやむを得ない)

その中に、小生の乏しい経験で、訪問したとんかつ屋さんが出てくるとうれしい。
まず、おいしいという評価(星4~5)が一致したのは、巣鴨「とん平」、神田小川町の「勝漫」、高田馬場の「とん久」。さらに、この界隈の店が紹介されていたので、いつか訪問しようと決意した。(店の前を通ったことのある、「やまいち」とか「万平」など)でも、どれも狭い店なので、昼食時は混雑する。

残念ながら、小生の好きな、歌舞伎町入口の「すずや」は低評価になっていた。これは、この店の売り物の「とんかつ茶漬け」がややゲテモノであることによる。実際、小生もこれは一回食べたら、二度と注文してない。でも、普通のロースかつはおいしいんだけどね。

また、上野の名店の低評価も妥当で納得できるが、「ぽん太」と「井泉」への評価は小生と逆だった。これは好みの問題でしょうね。

新宿は、小生の知ってる店が沢山出てきてうれしかった。おおむね妥当な評価です。(そんなに高くない)その他、日本橋では、「宇田川」の名前はなかったけど名店です。一方、「かつ平」は知らなかった。

彼のおすすめの中で、小生がまだ行ったことのない、星5つの店が以下の7店です。
高田馬場の「とん太」、西麻布の「豚組」、赤坂の「フリッツ」、御成門の「燕楽」、新富町の「かつ銀」、金町の「」、亀戸の「とんかつ萬清」・・・老後の楽しみが出来たわい。(2012/3/30)

2012年3月29日木曜日

Thinking about KATU-DON

KATU-DON is a Pork Cutlet served with egg and vegetables on top of a bowl of rice.
前田社長からカツ丼ランキングについての問い合わせが来たので、一応返事はしたのだが、改めて以下にまとめてみたい。ただし、最近は、2010年秋に京成八幡駅北側の大黒屋にて「荷風のカツ丼」を頂いて以来、カツ丼なるものを食していないのだ。
(注)当ブログ、知平のレストランのラベル、2010/12/23参照されたし。

1.はじめに
だから、「とんかつ」について語るが、正直なところ、前期高齢者にとっては、とんかつ系は重い。一方で、若いころは大好きだったので、今でも時々むしょうに食べたくなるのだが、いざ注文するとそのボリュームに圧倒されることもしばしば。

本題に入る前に、「カツ丼」と「とんかつ」の関係について整理すべきだろう。
そのために、丼物全般について考えてみよう。
(注)「豚カツ」「トンカツ」「とんかつ」などの標記があるが、ここでは筆者の好みで、ひらがな標記にしました。

2.どんぶりご飯の誕生
最初に、前提として、日本人の食生活を考える上で、丼系は独特の意味を持つ。

すなわち、(1)天丼、(2)うな丼、(3)牛丼、(4)カツ丼、(5)親子丼、(6)海鮮丼について言えるのは、本来ご飯とおかずが別に供されていたものが、ご飯の上におかずを載せることで、早く食べられるようになったという事実である。ご飯の上におかずをのせれば、皿数も少なくて済むし、箸の動きも短縮できるからね。

だから、丼物は、ファーストフードのジャンルに入る。これに国民食「カレーライス」を加えてもいい。
いずれの食べ物も、吉野家の秀逸なコピー、「うまい、早い、安い」という三要件を満たしているのだ。

各食べ物は、おかずがご飯に乗る前の前身を持つ。(親子丼除く)
(1)天丼・・・天ぷらとご飯。
(2)うな丼・・・かば焼きとご飯。
(3)牛丼・・・すき焼きとご飯。
(4)カツ丼・・・豚カツとご飯。カツライス。
(5)親子丼・・・該当せず。たまごやきとご飯?ではない。強いて言えば、卵かけごはんか?
(6)海鮮丼・・・ちらし寿司に近い。その前身はいうまでもなく握り寿司。

3.ご飯との相性、卵の問題。
ここで、丼は卵の使用の有無によって、2グループに分かれる。
先ず、卵なしは、①天丼、②うな丼、③牛丼、④海鮮丼である。①~③は、あまからのタレを使用する。海鮮丼は醤油を使う。
卵ありは、①親子丼、②カツ丼である。これらは、卵に加えて、野菜も使用。
ここで、第3グループが現れる。つまり、中間グループで、①うな玉丼、②牛丼に卵かけるケース。
その他、京都のうなぎやで、錦(にしき)というのを食べたら、うな重の上に錦糸卵が乗っていた。これも中間グループに入れてもよい。

4.カツ丼の進化をたどる。
ウイキペディアで、「トンカツ」と「カツ丼」を調べると、次のような記述に遭遇した。
(1)トンカツ・・・1899年(明治32)東京銀座の洋食屋「煉瓦亭」が、従来の牛肉のカツレツではなく、豚肉使用のカツレツを考案したとある。従来との相違は、①牛肉→豚肉(当初はひれ肉中心)、②揚げ方は、→大量の油でコロッケの様に揚げる。③つけあわせは、明治37年頃より、温野菜→キャベツ千切り。(Cf.明治洋食事始め)
(2)カツ丼・・・1921年、早稲田大学の学生、中西敬次郎が考案、または新宿区馬場下町のそば屋、三朝庵で、宴会用に用意した大量のトンカツを宴会がキャンセルされたので、カツ丼にしたという話が紹介されてる。なんとなく納得。

いずれにしても、カツレツ(牛肉)→トンカツ(ひれ肉)→カツ丼の発明→ロースかつ、カツカレーなどのバリエーションに進化。という道筋が見える。
(以下続く)

2012年3月28日水曜日

ドトールからの銀座三景(3)

サッポロビルとコアビルを眺める。
It isn't so exciting view of Sapporo and CORE building
銀座、有楽町、日比谷、東京駅の地下は広大な地域に亘って地下道でつながっている。この日は花粉が大量に飛散しているので、地下道をたどるのが賢い。

その他、暑い日、寒い日、雨の日等も、地下道を歩くのがいいが、問題は、地震とか津波の時。電源がすぐに切れて真っ暗になる事態を想定して、地下道や巨大ターミナルの地理を頭に入れておくようにしている。

例えば、池袋から丸ノ内線で有楽町(数寄屋橋の地下)に着いたら、晴海通りの真下を南下すれば、四丁目交差点(銀座線改札)に着く。ここから、和光、三越、松屋にはすぐ行けるし、ライオン食堂の横から、コアの地下食堂街にも行ける。さらに、松坂屋にもつながっている。途中に山岳用品店、占い、無印の店などあり。

晴海通り地下をさらに行けば東銀座に到着。ここから歌舞伎座正面に出る地下道出口は、2人並べば一杯の狭い階段であった。来年の歌舞伎座開場に際しては、地下からすぐ入れるようになるだろうと期待している。

ドトールからの銀座三景(2)

ドトール二階から、日産ショールームを望む。
You should visit at NISSAN SHOW ROOM where beautiful staffs show the New Model.
尾張町交差点(四丁目交差点)(注-1)は、銀座の中心であり、今年80周年を迎える和光ビル(旧服部時計店)の見事な時計台が銀座のシンボルであることに異論の余地はない。
向かいの三愛ビルも、丸くてかわいらしい。三越銀座店は、やや特徴がないが、ライオンもいるので、待ち合わせる人も多い。

それらと比べると、このサッポロビルは、昔から四角い平凡なビルで、どうもぱっとしない。でも、小生の英語教室はここなんです。

日産ショールーム(注-2)の上にイーオンの文字が見える。夜は近所のビジネスマンで混雑するが、お昼は割と空いていて、小生が自習室として使用。グループレッスンなのにプライベートレッスン状態だ。(注-3)

そのサッポロビル左側の晴海通りの先に、青くみえるのは建設中の歌舞伎座。(注-4)クレーンが見えるね。(2012/3/28)

(注-1)おととし、ソニービルの辺りで、品の良いおじいさんに、「尾張町交差点はどっちですか」と聞かれたことがある。今時、尾張町交差点と言う人はいないので、まるで永井荷風の小説の登場人物に出会ったような錯覚に陥った。

(注-2)日産ショールームは、実際に展示自動車に乗れて楽しい。また女性スタッフは容姿端麗、英会話ペラペラなので、小生の銀座観光コースに入れている。

(注-3)グループレッスンは定員8人を想定。料金は月4-5回で1万円。一方プライベートは個人授業で、月3万円。小生は、1人なので3倍得してる。でも、もう一人くらいクラスメートがいてもいい。

(注-4)先日のニュースでは、すでに回り舞台の建設に入ったらしい。来年が楽しみじゃ。工事の進捗状況は、ユーストリームで見れます。

ドトールからの銀座三景(1)

三愛二階の喫茶店から四丁目交差点を眺める。
The View of 4 cyhyome Crossing from the second floor of SANAI building.
今日は節約して、近所で100円のおにぎり(注-1)を二つ買って、ドトールで一番安い、ブレンドコーヒーのレギュラー380円(注-2)を頼んで、二階でお昼ご飯にした。

最近、メタボ傾向はますます進行し、歩行中にズボンがずり落ちてくるので閉口する。すなわち、お腹が洋ナシ形に膨れているため、ベルトが効かないんだな。

対策として、亡父の様に、サスペンダーでズボンを釣り上げる。または、Y先輩の様に、ジョギングして、東京マラソンに出るくらい走れば解決するとは思うが・・・。

とりあえず、食べる量を減らすのが、小生の財政状況(注-3)とも呼応してよい。ということで、この様な質素なお昼ごはんにしたのだが、十分だね。

いくら安くて、おいしくても、スギモトのすき重をはじめ、吉澤のステーキランチ栄庵のハンバーグライス松江の出雲牛カレーライス等など(注-4)はメタボの原因だ。


(注-1)近所のお米屋さんがやってるおにぎり屋さんは、9時半までに売り切れ。10時に再開するが、12時には完売という人気店。おにぎりは、小さいが、種類豊富で、100円均一。そしてお姉さんも可愛いというのが人気の秘密だ。

(注-2)ドトールのブレンドの値段は場所によって180円~200円と微妙に異なる。所が、ここ銀座店ではいきなり380円だ。でもカップが大きいし、おいしいのでよしとしよう。ちなみに、並木通りのクリスタル・ドトールでは1000円だ。

(注-3)先日の前田事務所からのビデオ中継のなかで、カメラが止まってると思って、「今一銭もないんだ」と告白してしまった。その後、若干の現金が入り、今月末まではなんとか持ちそうだ。

(注-4)吉澤、栄庵、松江、いずれもお肉系のおいしいお店。ランチタイムにはリーズナブルなメニューがある。特に、松江の和牛カレーライス(1000円)は限定10食のまぼろしのカレーライスです。メタボの諸君は行っちゃだめ!

GINZA VIEW(3)

サッポロビルから、中央通り新橋方面を見る。
2月まで、黒木メイサ様の巨大看板がかかっていた旧ユニクロ店舗は、3/30にユニクロのGU(ジーユー)ショップとして生まれ変わる。そしてお隣のビルにはソフトバンクのお父さん犬の大きな看板が。
ずーっと奥に、ユニクロの店(ギンザコマツ)も見えるんだけど。

GINZA VIEW(2)

SANAI Building is just the opposite side of WAKO.
This round building is also a Land Mark and there is a Cafe on the grand and second floor.
お客さんの到着は午後2時なので、1時に空港に居て待機する予定。大きなサインボードを準備しなくちゃね。時間道理に到着しても、荷物が出て、通関が済むまで、30分から1時間かかる。
3時発のリムジンで、ホテル到着は5時だ。荷物を解いて、シャワーでも浴びれば、6時。

となると、もう日が暮れてしまう。だから、高層ホテルの夜景を楽しむのがよいだろう。あいにく、コートヤードマリオットには高層レストランがないので、近所の三井ガーデンか、コンラッド東京に行くのがよい。

食事しなくても、ロビーに立ち寄って景色を見るだけでも楽しい。三井ガーデンからは、東京タワーの夜景が、コンラッドからはお台場、レインボーブリッジがよく見えるはず。

GINZA VIEW(1)

WAKO building is the land mark in GINZA.
This OWARICYO KOSATEN, or YONCHYO-ME Crossing is the Center of the GINZA Central Street which you can see the right side of WAKO. The street leads you to SHINBASHI. 
The crossing street on the left hand is HARUMI Street which runs between the Emperor Palace and TUKIJI Market.
久しぶりに我がQUICK TRIP TOKYO社に、アメリカから注文メールが届いた。5月に、リタイアしたF大学教授ご夫妻が来日するので、空港ピック・アップと、ホテル・チェックイン、および銀座観光の依頼だ。

実は、空港ピックアップは最近したことがない。米国からICAの学生たちが来日した時も、都内のホストファミリー宅最寄りの駅で、各ホストファミリーにお任せしていたんだ。

案外、空港で会うって難しいよね。つまり、航空機の遅れがあったりするとずーっと待たなければならないし、税関で思わぬ時間を取ることもある。

例えば、2004年に関西空港でパオラとマリオを待った時は、ディレイのために3時間(?)待たされた。また、1998年に家族でオーストラリアに行った時は、荷物にチーズおかきを入れてた人がいて、通関にえらくとまどったっけ。だから、少し心配だ。



2012年3月25日日曜日

旅立つ友人に向けて

池袋メトロポリタンプラザのBIRTH(大貝滝雄作)
同プラザ・オフイス棟一階ロビーに飾られた球形の石のボールは、サッカーボールの様にも、地球の様にも見える。でも題名が「誕生」だから、もしかしたら恐竜の卵かもしれない。
昨日は、前田事務所にてKAZUYA君の南アフリカ移住歓送会をした。当初、前田パソコンスクールの生徒5人が集まる予定だったが、不参加者が続出(注-1)。結局、3人で、南アフリカワインを飲みながら、ケープタウンの様子(注-2)、注意事項(注-3)など語りあいました。

さて、長いサラリーマン生活に別れを告げた人は、誰でも、自由になった爽快感とともに、一抹の不安を感じるようです。ややもすると、小生の様に怠惰な生活に流れてしまったり、人生の目的を失い、燃え尽きる人もいます。

一方、第二の人生として、新たなフィールドで活躍する人もいるし、悠々自適に生活を楽しんでる人もいます。人生色々ですな。でも、どの人生に対しても、敬意を表したいと思います。

・・・ということで、海外での老後(注-4)と言うのは、なかなか魅力的な選択です。彼の話では、英語学校(注-5)に通いながら、ゴルフやジョギングで体力をつけ、南アフリカの数奇な歴史を学び、おいしいワインを楽しみたいとのことです。4月からブログ(注-6)で現地報告をしてくれるので、楽しみにしています。

(なお、この「歓送会」の詳細は、前田社長が録画してユーストリームで試聴可能です。もし、ものすごく暇で何もすることがない人は見てもいいけど、わざわざ見ることはないです。実は、実況中継もしたんだけど、流石に誰も見てなかった)

(注-1)K君は用事ができた。Hさんは、転んだらしい。気をつけてね!

(注-2)ケープタウンは地中海性気候の住みやすい街。北に行けば広大なサファリパークがあって、象、キリン、ライオン、サイ、ひょうに会える。でも、齧られないように注意が必要。
(注-3)やはり治安の問題がある。外務省の「海外安全ホームページ」によれば、一番低い段階の「十分注意して下さい」のレベルだ。
(注-4)もし小生が海外で老後を過ごすとすれば、スイスなんかいいね。でも生活費が高いから絶対無理。イタリアとかスペインもいいなあ。
(注-5)小生の経験から言うと、英語学校には、非英語圏の人が来てる。すぐに友達が出来るので楽しい。ロンドンの英語学校は楽しかったなあ。
(注-6)ブログ名は、藤原一也の南アフリカ報告。お楽しみに!


2012年3月24日土曜日

How to enjoy my Blog.

知平の徒然草の観賞方法
Thank you very much for your visiting my BLOG.
2010年11月にスタートした当ブログも、おかげさまで2年目に入り、ページビュウも3万件を超えました。ただし、これは、訪問者数ではないので、例えば、私が、過去のウナギ屋のデータを調べたりするとアクセス数が増えてしまいます。実際の読者は10~20人位だと思います。

My BLOG, CHIHEI's Free Diary started in November 2011 and the number of total page view is over 30,000 though it is not the number of access. I guess the number of main readers is about 10 or 20.

また、当初、QUICK TRIP TOKYOのホームページ的なものにしようという思惑があり、英文による観光ガイド的なものを目指したのですが、難しくて、挫折しました。それに、英語の観光案内は多数出回ってるので、余り意味がないと気が付きました。

At the first time I was planning to write a kind of English Guide Book about TOKYO. But it was  a little harder for me. Besides there are so many English guidance of TOKYO which you can find very easily.

むしろ、個別の注文に応じたガイドに徹した方がよいと考えて、2011年1月、10月に来日したクライアント向けのコース紹介、記録を作成しました。

I wrote some real schedule of Tokyo Trip in January and October in 2011. The First one is for Paola and Mario, and second one is for Gunter and Ellen.

また、2011年3月11日に起きた東日本大震災に際しては、英文での報告を試みましたが、海外の知り合いが読んでくれたようです。ただし、政府発表に基づく新聞情報をネタにしたため、結果的に原発の被害を過小評価してしまいました。

About the report of the Earth Quake in last March I tried to write some articles in English so that my friends in the abroad may know that my family is safe. But about the Nuclear accident in Fukushima, I didn't understand the seriousness of the crisis in March. Later the accident Level has became from Level4 to Level 7.

さて、暇にまかせて作成してるので、記事は1000件を超えました。大部分は、言うまでもなく無内容ですが、いくつか、おすすめ記事があるので、該当するラベルクリックしてください。

Now I recommend some themes of the articles in my BLOG. Please check those Flags.

(1)EARTH QUAKEの中で、現地取材したものは、やはり読んでほしい。特に、6月に、名取市ゆりあげ日和山の裏手で発見した、昭和三陸大津波の石碑の解読がおすすめです。

(2)SWEETS HUNTER の初期に、帝国ホテルのケーキアートの写真を掲載しています。これは、本当に素晴らしい出来栄えでした。

(3)灯籠ウオッチングは、何人かの方から面白いと評価頂きましたが、まだまだ奥が深い世界です。今年も、都内の庭園を回って、灯籠の写真を撮りたいと思っています。

(4)うなぎに関する情報は、今度、「うなぎのラベル」にまとめたいと考えています。今は、知平のレストランとJapanese Cuisine に分散しています。ウナギは、人間の乱獲により資源が枯渇しつつある魚です。ウナギから食料資源問題が見える。

(5)NATURE や、TOKYO FOUR SEASONに、季節の花、梅、桜、菊、紅葉などを掲載しました。この中では、特に、桜と菊の美しい写真があります。 以上
(2012/3/24)

2012年3月23日金曜日

国立劇場のシャンデリア

三階の天井近くから5つのシャンデリアを撮影。
並木宗輔(1695-1751)(注-1)の絶筆、「一の谷ふたば軍記」は、平家物語中の二つの物語(注-2)に題材をとっています。
今回は、堀川御所の場兎原里林住家の場生田森熊谷陣屋の場の三幕。序幕は98年ぶりの復活で、後の二つの話を結び付ける。林住家(はやしすみか)も37年ぶりという意欲的な上演です。

市川団十郎が、ただ乗りで有名な、薩摩守忠度(さつまのかみただのり)と熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)の対照的二役を演じる。小生にとって、今年初めての団十郎だ。

我が子に手を掛ける残酷な話で小生の好みではないのだが、団十郎の直実は、素晴らしかった。陣中に妻相模が訪ねてきた時の驚き、最初の頃の低く抑えたセリフ回しと後半の対比の妙。

そして、序幕で示された「一枝を伐らば、一指を剪るべし」の謎が、最後に明らかになる衝撃。そして、剃髪して出家の身となり、幕が閉まった後の花道での悲しみをこらえた演技は素晴らしい。

小生と団十郎との距離、わずかに2m、さえぎる人はいない。団十郎を堪能した一瞬であった。(2012/3/23)

(注-1)並木宗輔は江戸時代の浄瑠璃作家、代表作は、「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」(合作)

(注-2)平敦盛の悲劇を歌った青葉の笛」は有名。「一の谷の戦敗れ、討たれし平家の公達あわれ。暁寒き須磨の嵐に聞こえしはこれか、青葉の笛」
今一つは、歌道に秀でた薩摩守忠度の歌が、詠み人知らずとして千載和歌集に選定されるお話。昔の武人は風流だったんですねえ。

国立劇場45周年(3)

歌舞伎小屋上手の1階見物席には曲亭馬琴が、桟敷席には日本のシェークスピア、近松門左衛門が座っています。
You can find the famous Kabuki writer, CHIKAMATU MONZAEMON and novelist KYOKUTEI BAKIN in the photo of KABUKI theater in EDO period.
仕事してた頃は、ふと歌舞伎座に寄って、あまり値段を気にせずに当日券を買うことが出来たが、今は、値段が気になって、今回も2等B席、2500円だった。3階席は別に苦にならないのだが、なんだか1階席がやけに空席が目立つ。

というわけで、第一幕の後、30分の休憩中に1階席、前から4列目、花道そばに引っ越した。ここで注意しておくと、基本的に、席の移動は駄目です。一幕は30分と短く、幕間はお弁当食べるために30分と長いので、人によっては、1時から、2幕目から見物に来る人もいるしね。

しかし、席が空いてる場合には、移動は黙認されています。その場合のエチケットは、幕間に移動すること。芝居が始まってからの移動は目立っていけません。何事も、そっと、さりげなく、スマートに。

もちろん、その座席のチケットを持ってる方が来たら、すぐに移動しなければなりません。

国立劇場45周年(2)

写真中央下段には河竹黙阿弥と真山青果先生の写真が。
1月が黙阿弥の「三人吉三巴の白波」、12月が真山青果の「元禄忠臣蔵」であった。
さて、二代目つじ田に入って、本当はつけ麺がおいしいらしいのだが、今日は雨で寒いし、一番安いラーメン750円の食券を買う。中はカウンターだけですごく狭い。

で、コックさんがミャンマーの人ばかりなんで少し驚いた。ラーメン屋というよりエスニックなかんじ。スープは豚、鶏、魚、昆布みんな入った濃厚こってり系で、小生の好みではない。レベルは合格だが、個人的には、ソラノイロの方が好きだ。

さて、開演時間12時が迫ってきたので、東京FM通りを歩いてると、凡人社を探してる外人2人に遭遇。日本語教科書を多数出版している凡人社は知ってたので案内してあげました。ミラノからきたそうです。

凡人社の入口が変わっていて、建物の1階から8階に移転していたので少し迷ったが、11時45分には国立劇場に到着。





国立劇場45周年(1)

久しぶりに国立劇場にお出かけ。
The NATIONAL THEATER KABUKI in MARCH is ICHINOTANI-FUTABA-GUNNKI
前に切符を予約していたので、今日は久しぶりの歌舞伎見物だ。出し物は一谷ふたば軍記。(ふたばの文字が見つけられないのでひらかなにしました)

実は、現在、財布に2000円しかなくて、ものすごいピンチ。だから、今日はなるべくお金を使わないつもりだ。開演が12時、終演4時15分のマチネだから、お弁当は、近所のおにぎりやさんで一個100円のを3個買って、お茶と食べれば500円以内に収まる。

ところが、このおにぎりやさん、凄い繁盛店で、9時半の段階で売り切れ。出だしから計画が崩れた。

麹町に来たが、少し時間があるのでベローチェのお気に入りの窓際席で180円のコーヒーを飲む。持参の文庫本「銃・病原菌・鉄」を読んで時間をつぶす。

ふと前を見ると、向かいの有名ラーメン店「二代目つじ田」が開店した。もう11時なのでお昼はラーメンにしよう。

<写真解説>
国立劇場45周年、大劇場は、「歌舞伎を彩る作者たち」と銘打って、近松門左衛門、鶴屋南北、河竹黙阿弥、並木宗輔、曲亭馬琴、真山青果の6人の作品を上演中。今回の並木宗輔の「一の谷ふたば軍記」は5番目。
というわけで、劇場2階に3枚パネルが飾られていて、江戸時代の芝居小屋に、作者たちが隠れているという趣向。写真は下手見物席。二階席に並木宗輔、一階席に鶴屋南北。

2012年3月22日木曜日

大相撲12日目を振り返って

大阪場所が面白い。連日手に汗握る好取組が続いているが、ドラマがあるねえ!

(1)先ず、今場所期待されていた、大関バルトの横綱挑戦は、絶望的になった。4日目に鶴竜に敗れたが、出だしは非常に好調で1敗を守っていた。それが、昨日の琴欧州(ことおうしゅう)に敗れたら、途端にがっくりとなってしまい、本日の琴奨菊(ことしょうぎく)戦ではなすすべなく土俵下に転落。この人は、気持ちが体全体に滲みだす人で、すっかり気落ちしてしまったのがよく分かる。

(2)替って注目されているのが関脇、鶴竜(かくりゅう)である。先場所もなかなかいい成績だったが、今場所は凄い。4日にバルトを寄り倒し、7日目に日馬富士(はるまふじ)を寄り切りで破り、9日目には横綱白鵬(はくほう)を寄り切りで下した。なかなか手ごわい若手の、妙義龍翔天狼をもしっかりと破り、大関昇進も間近い。鶴竜は、表情が乏しく淡々としてるが、今日は、慎重な取組が目立った。

(3)この鶴竜を中日に押し出したのが稀勢の里(きせのさと)である。大関二場所目で、まだ硬さが残り緊張してる。この人も心が顔に出て分かりやすい。いきなり初日、二日目と負けてしまった。所が、絶好調の鶴竜をストップしたのもこの人だから面白い。そういえば、白鵬の連勝記録を止めたのも彼だった。7勝5敗と厳しい成績だが、存在感は凄いね。

(4)そしてなんといっても大関、日馬富士だ。嘉風と鶴竜には敗れたが、10勝2敗と好調である。やはり、昨年の震災後、松坂屋前の相撲協会の募金活動の時に、小生が握手してあげたのがよい影響を与えていると思われる。きょうの相撲も上手くて速い。吉野家みたいだね。

(5)ここでふと我に帰ると、外国人力士がほとんどだ。白鵬、日馬富士、鶴竜はモンゴル、バルトは、バルト海三国の一つ、エストニア出身。琴欧州はブルガリア。今場所は、初のアフリカ(エジプト)出身力士、大砂嵐がデビュー、国技はインターナショナルなスポーツとなっている。

後3日。だれが優勝するのか?現状の成績から考えれば、1敗の白鵬と鶴竜のどちらかだ。だが、白鵬の前には、苦手の日馬富士稀勢の里が控えているからね。鶴竜の優勝というのは十分ありうる。
(2012/3/22)

2012年3月21日水曜日

銀座三景(3)

太平洋戦争で焼け残った和光ビルは今年80年を迎える。
1932年、関東大震災後に建てられたネオルネッサンス様式の「服部時計店ビル」は、今次大戦の空襲から奇跡的に生き残り、敗戦後は、占領軍のPX(購買部)として使用された。ちなみに、斜め向かいの松屋デパートも焼け残り、同じくPXとして使用された。当時の松屋デパートの玄関ホールは、豪華絢爛な内装で有名だったが、1964年に改装されて、現在の普通の建物になる。

うーん、ということは、米空軍は、占領後に使用するべく、使用価値のある建物は爆撃しなかったのだろうか?そんなことができたのだろうか?そして、今、晴れた青空を背景にした和光ビルは実に美しく、銀座の顔としての品格を漂わせている。

(注)今次大戦の呼称について。英語で説明する時は、The World War 2 としてるが、日本は極東で戦ってるので、大東亜戦争と呼べば、満州での対ソ連戦、中国侵略と東南アジアでの戦争も含む。だが、イメージが右翼的な響き。太平洋戦争と言えば、主にアメリカとの戦争というかんじ。海軍の呼称でもある。


銀座三景(2) 中央通り5丁目方面


旧ユニクロの店は、GUの看板が出ている。
さらに、隣のビルには白土家のお父さんの大看板が。
母から、デパートの商品券3枚(3000円)貰ったので、三越の地下に行ったら、お酒売り場で、京都から北山のお酒を売りに来たおじさんに試飲を進められ、1本買ってしまった。(1500円くらい)
ちょうど、英語学校のZ先生が移動なので、餞別にすることにした。

そういえば、KAZUYA君がケープタウンに移住する送別会が近い。そこで、南アフリカのワイン(白)も一本購入。(1800円くらい)

それにしても、中央通りはなんだか混雑してる。水曜日の昼下がりの感じじゃない。その理由の一つは、3/16オープンのユニクロ効果だ。先週行けなかったので、今日はどうかなと店の前に行ったら、まだ行列が出来ていた。


銀座三景(1)

東京大空襲の銀座戦跡めぐり
The Memory of the war 67 years ago.
3/18の夜のNHKスペシャル「東京大空襲~583枚の未公開写真」を見た。 

「東京大空襲」と言うと、通常は、一晩に10万人が焼き殺された1945年3月10日の大空襲を思い出すが、実は、1944年11月24日から8月15日の終戦直前まで100回以上繰り返された。だが、これまで資料がなくて実態がよく分からなかったのです。


According to the special program of NHK TV, The Great Air Attack against TOKYO, the US Air Force attacked almost 100 times from November 1944 to August in 1945.
The most famous Genocide was the Attack of 10th March, and almost 100 thousand citizens were burned in one night. But we couldn't know about other attacks because the Japanese Military Government ordered to burn all films out at the end of the War.
The truth has been hidden for 67years 

ところが、昨年、文京区の民家の押し入れから大量のネガが見つかり、その中には、銀座四丁目交差点、原宿駅前竹下通り口、表参道、四谷双葉学園、品川荏原などの写真があった。 

Last summer 583 negative Films were discovered in a private house. Though It is a mystery why those films were survived, we can know  what has happened in Tokyo at the last 10months in the War by these films. There were some films in GINZA area, just the same place of this photo.

この現在の写真で言うと、左の和光ビルと、奥の教文館は焼け残ったが、その間の、木村屋、山野楽器、ミキモト等は完全に焼け落ちている。

The WAKO building in the left of this photo and KYOBUN-KAN book store was remain. But other all buildings between WAKO and KYOBUN-KAN, KIMURA-YA, YAMANO MUSIC STORE, MIKIMOTO etc. were perfectly burned out.

2012年3月20日火曜日

Cafe Sunset in ASAKUSA

カフェ・サンセットの店頭。
小さな喫茶店だが、ジオラマは必見。ジオラマの前がカウンター席になってる。

駒形橋西詰から、浅草通りを上野方面に向かい、寿四丁目との中間にある。(2012/3/18)

カフェ・サンセットのジオラマ(3)

機関車が猛スピードで走る。
The Locomotion is running very fast in the Diorama Layout.
マスターにお願いして、列車を動かしてもらった。ちょうど、小生と同年代の彼は、列車マニアと言うより、山や街の模型を作る方が好きだとのことです。

また、写真も趣味で、壁には、カワセミや花の写真が飾られています。優雅な暮らしで実にうらやましい限り。

そのうちに、お客さんがどんどん入ってきて満員になる。写真やジオラマについて皆がマスターに質問するので、全員で会話が弾み、すごくにぎやかになりました。喫茶店で見ず知らずの人とこんなに話したのは初めて。


カフェ・サンセットのジオラマ(2)

鉄橋だ、鉄橋だうれしいな。トンネルに電車が入っていく。
この店に入った時、お客は一人だけ、マスターとなごやかにお話ししている。後で分かったのだが、マスターのお母様(?)らしい。「船渡御」の撮りたて写真を見せてあげると話が弾み、何故か、3/10東京大空襲の話になった。

当時小学6年生だった母上は、この場所、浅草雷門に両親と住んでいた。3/10の空襲の前に、品川方面が爆撃された時、空が真っ赤になったのを覚えている。怖くて歯の根が合わなかったそうだ。危険を察知した彼女の父上が、急きょ福島県に疎開させることにしたのが、なんと3/8。

12時間かけて、東北本線で郡山まで行き、磐越東線いわきまで逃げた。汽車は通路まで満員。でも、そのおかげで3/10の大空襲に合わなかった。危機一髪であった。家は焼けたが、浅草に残った両親は生き残り、戦後、商売を再開できたそうである。

カフェ・サンセットのジオラマ(1)

カフェ・サンセットの鉄道模型を発見
The TRAIN DIORAMA of CAFE SUNSET st TAWARAMACHI
駒形橋から舟渡御見物の後、本来なら、お神輿が両国橋まで下り、再び駒形橋に上陸して、浅草寺本堂まで着いて行くべきだが疲れたので断念。

混雑した浅草駅も避けて、田原町に向う。途中「コーヒー290円」の看板に引かれて入った、「CAFE SUNSET」で、素晴らしいジオラマ(鉄道模型の山と村)を発見した。

舟渡御(8) 最後の屋形船

浅草神社700年記念、舟渡御(ふなとぎょ)、奉賛会の屋形船
The FUNATOGYO is the 700years Anniversary BOAT PARADE of ASAKUSA JINJYA SHRINE and which is done after 54 years blank.
The Last YAKATA-BUNE Boat of the parade is carrying the HOSAN-KAI member.

浅草神社700年祭を記念して、54年ぶりに再現された舟祭、「舟渡御」(ふなとぎょ)は、3/17~18の二日間にわたって執り行われた。

この神事の再現に当たって、浅草神社奉賛会(氏子さんの会)と浅草観光協会は、過去の写真を参考に、並々ならぬ準備をしたそうです。

だから、無事に舟が出発して、ここ、駒形橋に差し掛かった時の皆さんの喜びようは大変なもの。橋からも掛け声がかかり、みんなが笑顔で手を振っている。

舟渡御(7) 奉賛会の屋形船

奉賛会(ほうさんかい)の屋形船

2012年3月19日月曜日

舟渡御(6) お囃子

お囃子の和船には神楽と浅草の芸妓衆も。
MUSIC BOAT follows the main SHIPS.
お神輿を乗せたメインの船の後に、ひし形に並んで四そうの和船が続。(1)びんざさら、(2)金龍、(3)白鷺、そして最後が、このお囃子・神楽の船である。

丁度、駒形橋をくぐるために、幟を下げている。
右に小さく見えるのは、救護船。

この後に、奉賛会(ほうさんかい)の役員、理事、来賓などを乗せた四そうの屋形船が続くのだが・・・。携帯カメラを見ると沢山写真が写ってる。流石に少々飽きてきたね。(撮影:3/18)


舟渡御(5) 金龍の舞

金龍の和船がやってきた。
Golden Dragon Boat on SUMIDA RIVER
三基のお神輿の乗った船の後に、和船が四そう続く。先頭が「びんざさら」というのだが、意味が分からない。

次に、左右に二そう、この金龍白鷺の舞の船が続く。携帯カメラでは、こっちを撮るのがやっとだった。保存してるうちに、白鷺の方は駒形橋をくぐっていった。

(注)「びんざさら」は、「神事びんざさら舞」のことで、浅草神社の御神体の三基のお神輿を、観音堂外陣に安置し、観音様三人の神様が共に一晩を過ごす「お堂上げ」の時に、奉納される舞とのこと。
東京都民俗無形文化財だそうです。



2012年3月18日日曜日

船渡御(4) 浅草三社祭700年記念

お神輿を載せた船が駒形橋を通りぬける。
The Boat carrying three OMIKOSIs is sailing under the KOMAGATA BASHI BRIDGE.
船上のおみこしをアップで激写。お坊さんと神主さんが仲良く腰掛けています。

船渡御(ふなとぎょ)とは、神輿を船に乗せて隅田川をこぎ進める、かつての舟祭で、1958年以来、実に54年ぶりに再現された。

駒形橋の撮影ポイントに待機して、2時間。隣に、奉賛会のメンバーの地元のおかみさんが居て、いろんなことを教えてもらいました。

地元の人にとっては、17-18の両日は大変重要なイベントで、この準備のために、神事ですから、前回の手順などを確認して、この数カ月は仕事後、毎晩打ち合わせを重ねたそうです。

三社様は、浅草神社(あさくさじんじゃ)の神様で、浅草寺(せんそうじ)の観音様を隅田川で拾い上げた三人が神様になっている。「ちょっと変ねえ」と彼女は笑いますが、だからお神輿は三つあるのです。その拾い上げた場所が、ここ、駒形橋の西詰めで、今、お堂が建っています。





船渡御(3) おみこしが三つ。

これが船渡御の本体。大切なおみこしが54年ぶりに川を渡る。
The Main Ship which is carrying three OMIKOSIs, the God's Portable Shrines.
浅草寺は、推古天皇の時代、1300年前に創建された、東京最古のお寺だが、浅草神社は、丁度700年前に、本尊の観音様を発見した三人を神様にして創建された神社である。三社祭は、浅草神社の三人の神様のお祭りだから、おみこしも3つあるという訳だ。

地元のおかみさんの話では、この神聖なお神輿に上るのは禁止されているのに、登る人が後を断たず困ってる。やくざ関係者もいて、なかなか言うことを聞かないらしい。

でもみんな、お神輿を担ぐのが大好きで、なかなか手放さないのでいつも時間がかかる。そして、感激して泣いたり、お祭りが終わるとがっかりしたり、まるで子供みたいだと言う。

ところで、雷門の前に建った新しい観光案内所だが、大変に評判が悪い。区長の肝いりで、高名な建築家、隈研吾のデザインだが、おかみさんによれば、町並みから浮いているし、そもそも、高すぎる。確かに、雷門に影を落とすということで、大問題になった。

船渡御(2) The First Ship

船渡御の最初の和船には僧侶、神官、神社総代が乗っています。
The First Ship of FUNATOGYO sailing on SUMIDA RIVER in the rainy weather.
浅草寺は仏教だが、浅草神社は神道だ。だからこの船には、僧侶と神官が一緒に乗り合わせている。また、三社というのは、三つの神社だから、おみこしも3つある。

SENSOUJI TEMPLE and ASAKUSA JINJYA SHRINE is different, though they are very near. Temple is Buddhism and Shrine is Shinto.

The God of SENSOJI TEMPLE is a KANNON found from this SUMIDA river about 1300years ago by three people.

Then these three people became the Gods of ASAKUSA JINJYA 700years ago. In SHINTO religion it is possible that a human kind could be God.

So, you can see there are a Buddhism priest and a Shinto priest together on the boat.
(2012/3/18)

船渡御(1) FUNATOGYO has just started.

浅草三社祭700年記念の船渡御(ふなとぎょ)が始まった。
The FUNATOGYO Ceremony, which celebrates the 7 CENTENNIAL of SANJYA-FESTIVAL has just started.
桜橋をスタートした船渡御の一行は、先導の小型ボートの先触れの後に、僧侶、神官の和船を先頭に、吾妻橋をくぐって両国橋に向かう。写真では、ちょうど吾妻橋をくぐったところ。

駒形橋の上で待機していた船上カメラマンの小生は、まず、望遠ズームで先頭を撮影した。

この携帯カメラの弱点は、撮影、保存に時間がかかることだ。一発勝負で良い写真を採らないといけないのだ。一発勝負は慣れてるが、緊張が走る。

隅田川の遊覧船(6)

船渡御の関係者を乗せた船が現れる。
This Red Boat is carrying the staffs or the people concerned to the Ceremony of FUNATOGYO, the OMIKOSI carrying on the river.
船に乗ってる人たちはみんな白装束だ。
いよいよ船渡御の開始は近い!

沢山練習したので、船と川と景色の配分がだんだんうまくなった。
できれば、晴れた青空が欲しかった!
(2012/3/18)

隅田川の遊覧船(5)

A Cool Sight Seeing Boat seems a Comic Space Ship.
カッコイイね!
この船は、松本零士の漫画に出てきそうな未来の遊覧船。
調度、川の真ん中を走ってきたので、よい写真が撮れた。

隅田川の遊覧船(4)

The Sight Seeing Boat on SUMIDA RIVER.
向うに見えるのは吾妻橋。

隅田川の遊覧船(3)

赤い屋形船
フレーミングはちょっと失敗。
向うのビルが中途半端になってしまった。
雨はだんだん強くなってきた。

隅田川の遊覧船(2)


駒形橋の上から遊覧船を観察。
SIGHT SEEING BOAT on SUMIDA RIVER.
半世紀ぶりの船渡御が始まるまで、遊覧船を撮影して、技術を磨く。
アングルとか、フレーミングなども研究。

これは、下りの船で、隅田川西側寄りを航行。
なにしろ、小雨の中の撮影なので、画像が不鮮明。
(2012/3/18)

隅田川の遊覧船(1)

駒形橋から隅田川を行き交う遊覧船を撮影。
舟渡御の出発を待つ間、橋の下を行き交う遊覧船を撮影する。まず、緑の屋根の屋形船。

あいにくの曇り。そして、背景のアサヒビールの金色うんこがすごくじゃま。もっと右手には、東京スカイツリーが見えるのだが・・・。


吾妻橋

おみこしが出発する吾妻橋の上は見物が大勢。

駒形橋三景(3)

THE BLUE ARCH of KOMAGATA-BASHI BRIDGE
三つの神輿を船に載せて、隅田川を漕ぎ進める「船渡御」(ふなとぎょ)のコースは、二天から、桜橋まで北上して、すぐに反転して、吾妻橋、駒形橋、両国橋と進み、そこから反転して北上、駒形橋に到着。

だから、この橋の上から撮影するのはとてもいい考えだった。小生は、橋の中央の欄干にて、船団の出発を今か今かと待っていたのです。(2012/3/18)

駒形橋三景(2)

駒形橋の青いアーチ
The BLUE ARCH of KOMAGATA BASHI BRIDGE.
1400年前、隅田川から観音様が、見つかったのがこの駒形橋のたもと。これが浅草寺の御本尊となったのだ。

駒形橋三景(1)

駒形橋のたもと、西詰め
The WEST SIDE of the KOMAGATA-BASHI BRIDGE 
54年ぶりの船渡御(ふなとぎょ)の撮影場所は、吾妻橋よりこちらがいいと考えた小生は、まず駒形橋の撮影からスタートした。連続三枚の写真を見て下さい。

この三枚を一つの記事の中におさめられればいいんだが。他人のブログ見てると、そうしてるよね?
(2012/3/18)

浅草の怪人

吾妻橋のたもとで、天狗に遭遇。
I met this unique Red Faced Person by AZUMA BASHI BRIDGE.
He is actually the guide of Gods and I saw him later on the boat.
実は、この方、後で、船渡御の先導として水上で再度お会いすることになります。

周りにいた中国人観光客の若者に人気で、隣のおじさんもうれしそうですね。(2012/3/18)

湯島切り通し

湯島切通しの坂道を歩く。
YUSHIMA KIRIDOHSHI SLOPE is a LONG SLOPE.
久々の坂道ウオッチングは、上野広小路から本郷三丁目に至る春日通り。この辺り、小・中学校時代のテリトリーのはずれで、たまに遠出してくるエリアだった。

文京区西片町の母校は、小生も含めて、越境入学する児童が多かった。湯島は湯島小学校や真砂小学校の学区のはずだが、この辺りや、さらに遠く、台東区御徒町から来てた子もいた。

坂道を登っていると、色々な想い出が蘇ってくるが、それはさておき、この辺りは昔ながらのお菓子屋さんが多いので、簡単に紹介します。

まず、天神下には「かりんとうの花月」、「甘味のみつばち」と「鶴瀬」。天神様を抜けてしばらく行くと、「壷屋最中」、そして「おせんべいの竹仙」が現れると本郷三丁目交差点、かねやすはすぐ近くである。

最近のお気に入りは竹仙だ。この日も、東男(のり)と歌舞伎(三色あられ)を100gづつ購入。その素晴らしい店舗の佇まいは必見です。小さなドアを開けるときは、タイムスリップの感覚。

2012年3月17日土曜日

銀座中央通りにユニクロ旗艦店

The Biggest UNI-QLO store open in GINZA
3/16話題のユニクロ銀座店のオープンに見物に出かけたが、予想通りの長蛇の列に入館はあきらめた。新型ipadを販売しているアップル銀座店も混んでた。
ここ数年、H&M、アバクロ、FOREVER XXI、ZARA、GAPと外資系の低価格カジュアル量販店が進出していた銀座の、新橋寄りの6丁目、松坂屋向かいの銀座コマツ東店の新店舗に、ユニクロの旗艦店がオープンした。

12階建て、売り場総面積5000㎡、年商100億、六ヶ国語対応と、柳井社長の鼻息は荒い。今は工事中の5丁目の旧店舗も、3/20に再開店するそうだ。 

思えば、2009年?アバクロンビーがオープンした時、リサーチに入った小生は、柳井社長に遭遇。彼は熱心に商品をチェックしていたけれど、その時すでに外資系に負けるもんかと、銀座進出を決意していたのではないだろうか?(5丁目旧店舗はその頃あったかどうか覚えてない)

写真は、新店舗の外観。二階に見えるマネキンはくるくる回転してて楽しいが、じっと見てると眼が回るので注意。また、左に長蛇の列が見える。小生、どんな列であっても、並ぶのは大嫌いなので、この混雑が収まる来月頃に、改めて見学してきます。(2012/3/16)

訂正:東京大空襲の記事

3/9に「東京大空襲」について述べた小生のブログに間違いがありました。
当時、小生の両親は、福井に疎開中と書きましたが、母に確かめたら、1945年3月には、父は満州に、母は大阪にいたとのこと。福井に行くのは終戦前後だったようです。

その時、祖父母は大森にいたらしいのですが、よくわかりません。1923年の関東大震災で、浅草から焼け出された祖父母は、上野の山に避難して、その後、転々として、1940年、太平洋戦争の時には大森に移ったらしいのですが、こういうことは興味がなかったので全く何も聞いていなかったのです。

ということで、東京の祖父母は、1945年の終戦を大森で迎えました。銀座も新宿も渋谷も焼け野原でした。父の弟は沖縄戦で戦死。我が家からの戦死者は一人だけでした。そういえば、我が家に御名御璽の押された賞状みたいなのがあったっけ。押し入れの奥にしまわれているので今度調べてみようと思います。

一方、母は、3月と5月に大阪、船場で空襲にあい、家も焼かれたので、池田の祖父の別荘に避難したそうです。この別荘は、小生も一度行ったことがあるけれど、江戸時代の庄屋さんの家で、広い庭のある家でした。そこに暮らしていた叔父(母の兄)は、戦争で腕を一本無くしていたのです。

東京、大阪と双方で米軍の爆撃を受け、かろうじて生き延びた祖父母から、存命中に空襲の話を聞いたことは一度もありませんでした。残念なことです。
(2012/3/17)

2012年3月16日金曜日

第一四半期の映画レヴュー

スピルバーグの映画作りの巧みさにうなる。
The Best Movie is WAR HORSE produced by Steven Spielberg.
1~3月まで、多くの話題作の中で小生が見たのは以下の6作品。

1/28 MISSION IMPOSSIBLE GHOST PROTOCOL
2/11 The Girl with Dragon Tattoo 
2/25 J. EDGER 
2/28 TIME
3/15 ヒューゴの不思議な発明
3/16 WAR HORSE(戦火の馬)

例によってハリウッド映画ばかりでミーハーの話題作中心だ。この中で、抜群に面白くてクールなのは、「ドラゴンタツーの女」だが、最高に感動したのは「戦火の馬」(WAR HORSE) だ。(この2作品は必見)

ミッション・インポッシブル」第四作は、「男はつらいよ」みたいな感じでワンパターンのアクションを楽しめたけど、全くなにも残らない。J・エドガータイムは期待外れ。

マーチン・スコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」(HUGO)はアカデミー賞の撮影賞、美術賞、視覚効果賞、録音賞、音響効果賞の5部門獲得の見事な作品だが、映像の美しさに脚本がついて行けず、子役の魅力に頼ってしまった。途中で意識が途絶える残念な作品だ。

ドラゴンタツーの女」は、原作が素晴らしく、ほぼそのイメージ通りに映画化している。配役(ルーニー・マーラとD・クレイグ)がぴったりで、映画を見てから小説を読んだが、今回映画化されたのは、三部作の第一部だけで、あと2部あるので映画化が楽しみ。

というわけで、「戦火の馬」ですが、原作者のマイケル・モーバーゴは、デヴォンのパブで第一次大戦に参加した老人から、彼が「戦場で不安と恐怖を分かち合うことが出来たのは一緒にいた馬だけだった」という話を聞く。

その数週間後、彼は1枚の絵と運命的な出会いをする。それは、英国の騎馬隊がドイツ軍に向かって突進し、馬が有刺鉄線に絡まっている恐ろしい絵だった。実際この大戦では100万頭の馬が英国兵士とともに戦場に向かい、無事に帰還したのは6万2千頭であった。

さらに、彼が経営していた農場にやってきた一人の言語障害の少年との出会いがこの小説誕生の決め手となる。一週間の滞在中、誰とも話をしなかった少年が最後の夜に、農場の馬に流暢に語りかけていたのだ。これらの体験がきっかけとなって小説「戦火の馬」は1982年に出版された。

2007年には、ロンドン、ロイヤル・ナショナル・シアターにて舞台化され話題を呼んだ。すでに2013年までのロングランが決定されてるとのことだ。見たい!そしてこの舞台を見たプロデューサー、キャサリーン・ケネディの進言でスピルバーグの映画化に至る。(パンフレット解説より)

流れるようなストーリー、場面転換の流麗さ。第一次世界大戦の悲惨さを描きながら、馬をめぐる人々の馬への愛情が伝わってくる。J・アービンはじめ周辺の役者も素晴らしい。そして、特に、この馬(ジョーイ)が主演男優賞あげたいくらい素晴らしい。写真は、アルビー(Jeremy/Irvine)と彼の愛馬ジョーイ(2012/3/16丸の内ピカデリー)

2012年3月14日水曜日

本日の銀座

久しぶりに青空が見えた銀座四丁目
本日、12時半、サッポロビル4階から眺めた和光。その日の天候、光線の具合で、和光も様々な表情を見せる。今日は久しぶりの青空が見えた。
ところで、今日は急に歯が痛くなって、10時に歯医者に行った。虫歯ではなく、噛み合わせの問題との指摘。すなわち、歯ぎしり(注-1)がひどくて、問題の歯に過重な負担がかかって、捻挫したような状態(?)だという。

歯が痛いのに加え、花粉症の影響か、体がだるくて、今日は、銀ブラはやめて早々に帰宅した。健康が一番。 

そして夜、サッカー・ロンドン五輪アジア最終予選、バーレーン戦を見てたら、午後9時5分、千葉県東方沖震源のM6.1の地震があり、我が家は震度3.であった。千葉県北東部と館山は震度5および4とのこと。

そういえば、夕方6時9分には、三陸沖M6.8の地震があり、釧路、八戸は震度4という。10cmの津波もきたらしい。(注-2)

日本代表は、2-0でバーレーンに勝利した。バーレーンの選手は地震で動揺したらしい。(2012/3/14)


(注-1)小生、熟睡するたちで、寝相はいたってよく、あまり寝言も言わないのだが、歯ぎしりがひどいらしい。その結果、すでに4箇所の入れ歯を使用している。ところが、寝るときに入れ歯はずすと、歯ぎしりの負担が大きくなってるみたいなんだ。

(注-2)大地震の1年目には大型の余震がくると言われてるから、今月は厳重注意だね!問題は、就寝時に地震が発生した時、入れ歯を忘れたら困るということである。

2012年3月13日火曜日

国会討論中継を聞く

花粉症がひどく外出を自粛。テレビを見て過ごす。
昨年より一カ月以上遅れて、我が家の梅もやっと満開。それにしては、手前の紅梅の花数が少ない。それは、アブラムシの被害による。手前の一本は、枯れかかっている。そこで、先日は、ピンセットで、すでに発生して木にへばりついている虫をかなり引きはがした。

さて、花粉症の季節となり、眼がかゆく、鼻のむずむずする季節となった。お財布の中も淋しいので、外出を控え、月曜と火曜日は、国会討論(参議院予算委員会質疑)と大相撲春場所を見て過ごした。

国会討論は、仕事をしていた頃は、ほとんど見れなかったが、年金生活になってから、気が向いた時は、たまに拝見する習慣ができた。ネットで、質問者の経歴を見ながら質疑を聞くととても興味深いことも分かった。

さて、たまたま2日間にわたって拝見した参議院予算委員会質疑だが、なかなか興味深い内容で、すごく面白かった。

(1)まず、本日の日本共産党、山下芳生は、「大阪市役所で行われている職員に対するアンケート調査が思想信条の自由を侵す憲法違反である」ことを、実にわかりやすく質問した。

質問項目の中には、「街頭演説会に誰かに誘われたことがあるか?その人は誰か?」というのまであり、しかもこのアンケートは業務命令として拒否できない。うーん、ありえない。

これに対する野田総理の答えは、「個別自治体の問題である」とかわして終り。なお、共産党は今年、創立90年とのこと。こういう質問が出来る政党は、もう少し増えてほしいものだ。

(2)みんなの党の小野次郎は、公務員削減に関して、「求めているのは、高給を食み、優遇されている高級官僚を減らすことで、採用を減らして若者の就職先を減らすことではない」と、もっともな意見を述べたが、これもさらりとかわされて終り。また、退職金の官民格差についても、その統計の採り方が、実情にあってないと指摘していた。みんなの党は、サラリーマンの琴線に触れる質問が得意だ。

(3)昨日は、自民党の川口順子氏、世耕弘成氏、有村治子氏、の三人の質疑を聞いた。
川口氏は、本当に頭がよくて鋭い。ところが、海兵隊のグアム移転+嘉手納以南の土地返還普天間飛行場の代替施設の問題(辺野古移転)のパッケージを分けるとか分けないとかの話になってしまって、混乱した。川口氏の鋭い指摘に対して、田中防衛大臣は、例によって能天気な回答を続け、何の話をしてるのか分からなくなった。残念だ。

(4)自民党、有村氏の質問は、天皇家のことと、がれき処理の受け入れについての2点だった。天皇制については、「神武以来125代、2665年の万世一系の天皇」とか、男系、女系などの話で、えーっと思ったが、お父様が今上天皇の御学友であり、神道政治連盟の支援を受けているとのことで納得。女系天皇女性天皇は違うことが分かった。(注-1)女性天皇でも、男系なんだね。一方、がれき処理の話は、正論でまともだった。

(5)自民党、世耕弘成氏の質疑は、小川敏夫法務大臣に対する質疑で一番分かりやすかった。「閣僚席で競馬サイトを見ていた」(注-2)と言うので、えーっと思ったが、単なる競馬ファンではなくて、持ち馬2頭の馬主なんだ。過去に7億円ほど勝ってると言うからすごい。さらに弁護士業務では、熱海のホテルの訴訟に関連して、ちょっと弁護活動しただけで*千万円の収入を得ているという興味深い話であった。残念ながら、話の性格上格調は落ちるが、役に立った。(何の?)

また、世耕議員は、国立劇場での東日本大震災一周年追悼式典について二点触れていた。
一つは、天皇陛下が入場した時に起立せず、着席のままとのアナウンスがあったこと。そして、多くの義捐金を寄せてくれた台湾、中華民国の代表に献花させず座席も二階席だったこと。確かに失礼だよね。

(注-1)女系というのは、お母さんが天皇の場合。男系はお父さんが天皇。だから、女性天皇とは異なる概念。小生は、女性天皇かと勘違いしてたが、官房長官も即答できなかった。過去に、推古天皇、持統天皇など、女性天皇10代8人いたそうです。(2回天皇になった人が二人いる)一方、女系天皇は過去にいないらしい。

小生の母(88歳)は、65年前、23歳の時、大阪の中学校の教師で、「紀元は2600年の歌」を教えたらしい。当時は、天皇は神様だった。今の北朝鮮の将軍様と同じで、学校には御真影が掲げられていたそうだ。今でも紀元節(2/11)にはこの歌を口ずさんでる。軍国教育恐るべし。

(注-2)小川法相が愛馬、フクノツールの調教状態を見ていたのは、2/29の党首討論直前の委員会室。まだ討論会が始まる前だからいいじゃないかと言いたいようだが、うーん、どうでしょうね。その愛馬は、3/3の中山競馬場のレースで9着。もう一頭は、ユーセイツーアというそうだ。
(2012/3/13)

2012年3月12日月曜日

池之端のうなぎ

亀屋、一睡亭のうな丼。2100円のお値段は変わらず。
上野池之端、亀屋は、かの有名店、伊豆栄の向いのウナギ屋である。今年に入ってから、うなぎの稚魚の三年連続の不漁による高騰のため、うな丼、うな重の値段も当然高騰することを予測した小生は、計画的にウナギ屋のリサーチをすることにした。

亀屋のメニューで一番安い「うな丼」は、ご覧の様に上品な瀬戸物の丼にて供される。なんとうれしいことに、お値段は昨年と同じだ。やや小ぶりながら、編み刺し(一尾分)入って肝吸い付きで、2100円なら、昨今ではリーズナブル、いや良心的である。さらに、落ち着いた室内。一人でもゆったりとした席に案内され、接客も丁寧だ。

この日、3/11は、亡父の命日、かつ東日本大震災の一周年である。記念日にうなぎを食べるという習慣の小生は、どこのウナギ屋に行くべきかしばし迷ったが、亀屋でよかった。静かにうな丼を味わい、亡父と、はるか三陸の海に想いを馳せたのである。合掌。

不忍池三景(3) 弁天島

不忍池遠景。弁天島と高層マンションを望む。

不忍池三景(2)

不忍池では、渡り鳥たちが元気に泳ぎ回っていた。

不忍池三景(1) きんくろはじろ

上野池之端、不忍池のキンクロハジロ
例によって、携帯電話カメラのズームで撮影。不鮮明な映像だが、キンクロのオスの特徴はよく分かる。

すなわち、(1)黒の羽に白いお腹。(2)金色の丸い目。(3)白い(灰色)クチバシの先っぽは黒。(4)頭の後ろに垂れさがるポニーテール。

2012年3月11日日曜日

平和公園のさよなら原発集会

平和公園のさよなら原発集会
小生は、この集会をちょっとのぞいただけだが、参加者は、この後、川越街道を大山までデモ行進して、脱原発を訴えた。今日は各地でこのような集会が開かれたらしい。

3.11東日本大震災は、大地震+大津波+原発事故の三重苦であるが、とりわけ原発事故を伴った点で、これまでの大地震とは大きく異なる。 

過去の地震の被害を比較してみると、

(1)関東大震災は、実際には神奈川の津波被害も大きかったが、東京での火災被害があまりにも甚大であったため、津波被害の教訓は忘れられた。
(2)阪神大震災は、早朝の発生のため、火災も目立ったけれど、就寝中の圧死が多かった。
(3)東日本大震災は、津波被害が圧倒的に大きく、過去の明治三陸津波昭和三陸津波と酷似している。だが、原発事故(放射能汚染)が発生したため、はるかに深刻で長期的な影響が発生してしまった。

主な地震の特徴をまとめてみた。
(1)明治三陸大津波(1896/6/15)M8.5 死者22,000人、津波被害のみ。震度は小さい。
(2)関東大震災   (1923/9/01)M7.9 死者10万人 火災による死者が多い。9万人? 
(3)昭和三陸大津波(1933/3/03)M8.4 死者1,500、行方不明1,500人。津波被害が大きい。
(4)阪神淡路大震災(1995/1/17)M7.3 死者6,434名 圧死が80%(就寝中の圧死が多い)
(5)東日本大震災   (2011/3/11)M9.0  死者・行方不明19,000人、津波被害と放射能汚染

だが、東日本大震災の被害数は、地震、津波の被害者数であって、原発の被害は時間的、空間的に計り知れない。その影響も、地球規模である。将来の子供たちへの悪影響も想定されている。
(2012/3/11)

2012年3月10日土曜日

茗荷谷八景(8) 林泉寺の野仏

林泉寺の野仏様たち
Small Stone Buddhas of RINSEN-JI Temple.

明日は、東日本大震災一周年であるが、同時に父の命日なので、菩提寺の藤寺(伝明寺)を訪問。その後、前から気になっていた、ご近所のお寺、深光寺林泉寺にもお参りしてきた。

三つのお寺は、小日向一丁目、拓殖大学のそば、地下鉄茗荷谷駅から、坂を下ったところに、並んでいる。伝明寺は藤の花、深光寺は、滝沢馬琴の墓、林泉寺は縛られ地蔵で知られる。

林泉寺は縛られ地蔵の他にも、深光寺と同じように、沢山の野仏が祀られていた。ここでも、大震災の被災者を思って合掌してきました。
(2012/3/10)


茗荷谷八景(7) しばられ地蔵

林泉寺の縛られ地蔵
The Tied JIZO, A Statue of Buddha at RINSEN-JI Temple at Bunkyo-Ku.
There are many kinds of Statues of Buddha. Jizo is a guardian deity of children and commonly seen on the road side in Edo period.
There are some Tied Jizos in Japan. One of them is at Nanzoin-Temple at Katsusika-Ku , Tokyo.Another one is in Kobe and Matsusima.

茗荷谷林泉寺の「縛られ地蔵」は、ごらんの様にめちゃくちゃきつく縛られて可哀そう。これは、願かけの時に縛り、願いが叶うとほどくらしいんだが、大分願いがかなってないね。

区の教育委員会の解説によると、葛飾区南蔵院の「縛られ地蔵」の縁起が書かれている。大岡裁きの面白いお話があるのだが、ということは、南蔵院が本家らしい。林泉寺との関係が今一つ理解できない。

ネットで調べたら、宮城県松島湾、寒風沢(さぶさわ)島の「縛り地蔵」(なまって、すばりじぞう)が出てきた。こちらは、島の娘が恋人の出港を止めるために縛られたらしい。この島、ずっと前に行ったことを思い出した。
(訪問:2012/3/10)


茗荷谷八景(6) 茗荷谷坂

MYOGADANI-ZAKA SLOPE is a Gentle Slope.
なだらかな茗荷谷坂にそって、深光寺と林泉寺が現れる。
名前の由来は、このへんでミョウガを栽培していたからとのこと。由来というまでもない。そのまんまじゃ。大体、茗荷って、わざわざ栽培しなくても、勝手に生えてるよね。

この辺りは、学校の多い文教地区で静かな住宅街。交通の便もよいが、坂道としては面白味にかける。