2012年4月30日月曜日

自動車事故について考える

4月に入って、衝撃的な交通事故が続いた。
大きく報道された事件を時系列に並べると、以下のようになる。

4/12(木)14:53 京都祇園、四条通り交差点 (39人負傷、7人死亡) 犯人は30歳男性
4/23(月)朝 京都市亀岡 児童の列 (7人負傷、3人死亡) 18歳男性
4/27(金)朝 千葉県館山市 児童の列(1人負傷、1人死亡) 20歳男性
4/27(金)朝 愛知県岡崎市 児童の列(2人負傷)       24歳男性
4/29(日)04:40 群馬県、関越自動車道(39人負傷、7人死亡) 高速バス、43歳男性
・・・この5つの事故での死者は18人、負傷者は88人である。

これらの悲惨な事故は、被害者にとって、余りにも突然で、理不尽な事故なので、単なる交通事故とは考えられない側面がある。すなわち、

(1)原因または、遠因を考えると、起こる可能性が予測された事故であった。
(2)ということは、防げたのではないか?それだけに、残念な事故である。
(3)にもかかわらず、発生してしまったのは、一種の「未必の故意」ではないのか?
(4)ということは、交通事故ではなくて、一種の殺人に近いのではないか?
(5)そして、その犯人は、運転手だけではない、ような気がするのだが・・・

まず、京都祇園のケースでは、持病との関連が問題となる。捜査結果を待たなければならないが、運転不適格者が運転していたのであれば、本人と同時に、周囲の人々の責任も問われることになる。先年に類似の事件が発生しているので、免許制度の見直しも必要でしょうね。

亀岡、館山、岡崎の3つのケースでは、一晩中走っていて、ボーっとしてたとか、考え事してたとか、全く考えられない理由で、子供たちの列に突っ込んでいった犯人の責任は重大だが、交通量の多い、危険な通学路であったと報道されている。ガードレール、歩道、車道の分離などが必要だが、そもそも、通学時間帯に迂回規制すべきであった。

最後の高速道での事故は、かつて観光業に携わった者としては、容易に想像できる。価格競争の熾烈な旅行業界では、極端な低価格を実現するために、バス会社の費用を徹底的に抑え込む。運転手の疲労は尋常ではない。

お花見の京都四条通りの観光客、バスを待っていた子供たちと引率の父兄、連休を楽しもうとしていた観光客、彼らの命を一瞬に奪った事故は余りに痛ましい。(合掌)

(注-1)京都祇園、南座界隈の事故現場は、小生お気に入りのスポットである。白川沿いの散策、舞妓さん、辰巳橋、かにかくにの碑等と余りにかけ離れた惨事であった。

(注-2)館山も土地勘のある場所で、他人事とは思えなかった。

(注-3)かつて、仙台発「金沢・能登半島3日間」のバスツアーに何度も添乗したが、宮城、山形、新潟、富山、石川、福井と6県を3日でまわる充実旅行だった。運転手、バスガイド、小生の3人でお客様のお世話するのだが、運転の交代要員はいなかったなあ。ただし、夜間の移動はなかった。3日間のうち、初日と3日目は完全に移動日で、運転手にはハードな日程だ。
(2012/4/30)




2012年4月29日日曜日

モンマルトルのババ

メゾン・モンマルトルのババ(サヴァラン)
過日、銀座グッチ・カフェで頂いたババと比較のために、近所の洋菓子店、モンマルトルにリサーチに行った。各種要素から詳しく比較、検討したので報告します。

1.お菓子の名称
本来、モンマルトルでは、ババと言ってたのに、今日見ると、サヴァランに変更されている。お菓子の形も以前とはやや異なっているので、ちょっと困惑。一方、グッチ・カフェでは、ババと名乗っていた。
その際に報告した通り、ババの原型は(1)焼き菓子(クグロフ的な菓子)で、(2)ラム酒を加えたババから、更に(3)クリーム、フルーツで飾ったババをサヴァランと称することを確認した。

つまり、ババという名称は非常に広義であるのに対して、サヴァランは、狭義である。
以上から考えるに、グッチのババはむしろサヴァランであり、モンマルトルのサヴァランはむしろババであると考えるのだが如何?

2.お菓子の形態(形状)
モンマルトルの以前のババは、小生の怪しい記憶によれば、より円筒形で、てっぺんを丸くカットした箇所にホイップクリームを飾っていた。この写真では、球形のブリオッシュ生地を真ん中でカットし、クリームを挟んでいる。一方、グッチカフェでは、ドーナツ状で、立てにカットした箇所にフルーツを飾っている。より手が込んでいると思われる。三種類、円筒形、球形、ドーナツ状のどれが正しいかは、むつかしい問題である。

3.お菓子の味
いずれもラム酒がたっぷりと使用されていて、食後しばらくすると顔が火照って来るのは同じだ。そのため、コーヒー、紅茶の他に、水を用意して冷却するように対策を取っている。原発事故と同じで、冷却が必要である。

4.喫茶店の環境
(1)モンマルトル・・・ご近所の洒落た小さな喫茶店の趣。ケーキ屋さんの売り場に併設された、気持ちのよい喫茶コーナーである。陽光溢れる小さな中庭にテーブルとイスがあるが、これは観賞用。顔みしりのスタッフの家庭的なサービスも悪くない。
6人がけの大テーブルに一人であったが、合い席になると落ち着けない。一人ならゆったり寛げるが長居は躊躇する。

(2)グッチカフェ・・・入るのには財布と相談し、決意が必要な銀座の高級喫茶店。素晴らしい内装デザイン、高い天井でゆったり寛げるし、かなり長時間ねばれそう。モデルの様な男女スタッフのにこやかな接客も素晴らしい。

5.お菓子の値段
(1)モンマルトル・・・420円、これにコーヒー330で750円+TAXで、788円
(2)グッチ・・・1600円、これにカモミールティ900円で2500円(内税)
うーむ、まさに格差社会日本の現実を垣間見る思いだ。

6.結論
どちらもそれぞれの魅力がありますね。その日の気分、お財布の状態が大きく影響するでしょう。
(2012/4/29)



ブールデルの彫刻

エミール・ブールデルの弓を引く人(ヘラクレス)
Hercules the Archer at SEIYO Museum in UENO.
西洋美術館で、廃墟の画家、「ユベール・ロベール~時間の庭」展を観賞後、天気がよくてあんまり気持ちが良いので、屋外の彫刻をゆっくり見て回った。

ユベール・ロベール(1733-1808)という画家は知らなかったが、連休初日にもかかわらず「廃墟」を見たい気分だったので、訪問したのだが、実に素晴らしかった。

グランドツアーの先駆け的なイタリア留学、1789年、フランス大革命直前の宮廷画家としての活躍。そして、投獄(1793-94)、その期間の作品や興味深いエピソード。すっかりユベールが好きになってしまった。

それはさておき、このブールデルの「ヘラクレス」、小生が近所の中学生だった1962年以来、西洋美術館に来るたびに会ってる彫刻なのだが、この日は、そのたくましさと力強さに改めて圧倒されてしまった。

それはロダンの「考える人」の静に対する、悩みに対する行動が、何故か、還暦を過ぎて、体力の衰えを感じる小生の気持ちを刺激したためなのだと思う。

更に考える人

ロダンの考える人と西洋美術館の外観
よく考えれば、この人物は、昼ご飯などどうでもいい。もっと深遠なことを考えているにちがいない。

例えば、「今年の夏の電力事情」とか、「北朝鮮の核実験」とか、「原発再稼働の是非」とか、「フランス総選挙の行方」とか(サルコジとカダフィの関係も)など、難しい問題だ。

もっと身近なこととしては、「首都直下型地震が起きたらどうしよう」、「年金は貰えるのか」、「消費税は上がるのか」、「放射能に汚染された食べ物は食べてもいいのか」とか?

いや、彼はもっともっと、人間の本質にかかわる深刻な問題を考えてるにちがいない。
人間とは何か?人生の意味は何か?70億人もいる人間は多すぎないか?戦争はなくならないのか?うーん、頭が痛くなってきた。

老後を考える人

新緑の中で考える人
ユベール・ロベールの「廃墟の絵」を堪能して外に出たら、ロダンの考える人が眼に飛び込んできた。この人、いつも考えているが、何を考えてるのか?
小生の場合、「昼ご飯は何にすべきか」というのをよく考えていた。仕事していた時も、それぞれの場所で、「本日の昼に何を食うべきか」は、大問題であった。各時代のお昼ご飯を振り返る。

(1)千駄ヶ谷時代・・・こばせんのお弁当、焼き肉ランチ、大関のお寿司、その他選択肢多数。
(2)仙台郊外の時代・・・社員食堂。選択肢少ない。
(3)仙台市柏木時代・・・社員食堂、黄金寿司のランチ、セル・ブランのハンバーグ。
(4)仙台駅前時代・・・選択肢無数。アナゴ丼が好きだった。
(5)南浦和時代・・・セブンイレブン。選択肢少ない。とんかつ竹馬がお気に入り。
(6)石神井公園時代・・・選択肢多し。ネパール人のカレーと、さつきの鮨ランチ好きだった。
(7)新中野時代・・・選択肢無数。「庶民」のマーボ豆腐は辛かった。タイ料理、コベルボ等なつかしい。
(8)銀座時代・・・選択肢無数。スギモトの牛丼525円がおすすめ。松江のハヤシライス1000円は予約しないとむつかしい。

2012年4月28日土曜日

地上から撮った和光ビル

WAKO BUILDING at GINZA YON-CHYO-ME
いつもは、サッポロビル4階から眺める和光だが、地上から見上げると、すごく立派で堂々としている。

4/18撮影。この日は、初めて、5丁目のユニクロと裏のコムデギャルソンを見学。オープンから大分時間がたって、並ばなくても入れるようになった。

2012年4月27日金曜日

Is Risk part of everyday life?

The theme of my English class this Wednesday was Debate about Nuclear Power. 
What a suitable and interesting topics these days, isn't it?

This text was written more than 5years ago, before the Fukushima Nuclear Power Plants Accidents but the main points are still considerable. 

There are five questions at first.
(1) Is Nuclear Energy cheap and efficient?
(2) Are the current methods used to bury Nuclear Waste safe?
(3) Is the process of creating Nuclear Power clean?
(4) Do Japanese Power Plants have enough safeguards?
(5) Is Nuclear Power a vital source of energy?

After 3.11 Disaster, the M9.0 Earthquake, 15m Tsunami and the Level 7 Nuclear Meltdown Plants Accident, it seems clear to answer these questions.

(1) Once the accident happened the total cost and damage is so huge that it is almost impossible to count. The total refugee people from Fukusima is almost 110 thousand which is almost same with the number of that of East Japan Big Earth Quake, 120 thousand.

(2) No, it is not safe at all especially in Japan where more than 7000 earth quakes happen in one year. Even if they buried Nuclear Waste very safe at the moment, we can imagine very easily that it will not continue more than one hundred year.
 The Half-Life of Cesium is only 30years but Plutonium is 24,000years and URAN235 is 700million years. Though I don't know which one is in the Nuclear Waste.

(3) In the narrow meaning, the process of creating Nuclear Power is clean, because it is free from CO2, Carbon Dioxide. But once seeing the total process creating the energy, we must consider again about the Nuclear Waste and the accidents.

(4) This problem is just the most important theme these days in Japan which has 54 plants.
Once it is said that they are almost perfectly safe but it is not a science but a kind of religion or illusion. Now many people wonder it was a kind of Fraud.

Thinking of our moving land it is enough dangerous to built a Nuclear Plants on the Active Fault, Katsu-Danso. Even the Japanese government decided some Plants should be abandoned.

(5) Though it is such a dangerous energy, I agree it is a vital source of energy. 
Please use this energy in France or U.S.A. where the intelligent governments understand how to control these power and prepare enough safe guard including Terrorists attacks.

But please never use in Japan where no governors, no scientists and no bureaucrats understand how to control Nuclear Power.

It is better to die by the heat of humid and hot Summer in Japan by saving the electricity than to die by the radioactive slowly. 
Because we can avoid the Hyper-thermia by drinking water or in the pool but there is no way to escape from the Radioactive Contamination or Nuclear Plants Explosion.

今日は家にいた。

さっきまで、テレビ朝日の新番組「Wの悲劇」を見ていた。前田社長はテレビなんか見るなというけど、子供の頃からテレビで育ったので、今更そんなこと言われてもね。そうは言っても、確かにここのところ、テレビドラマがさっぱり面白くないのは確かだ。

私の好みは色々だけど、この数十年間で好きだったドラマを思い出してみると、まず、重厚でヘビーなものでは、大地の子(1995NHK)、白い巨塔(2004フジ)が記憶に残る。

次に、名探偵モンク(NHK2002~2009)、名探偵ポワロ(NHK1990~)、古畑任三郎(1994~フジ)といった名探偵もの。これらは、主人公の個性が楽しく、ストーリーは印象にない。

また、ショムニ(1998フジ)、ロッカーのハナコさん(2002NHK)、ハケンの品格(2007日テレ)といったサラリーマン・コメディも面白かった。これらは名作ですね。

今世紀に入ってからは、ヤスコとケンジ(2008日テレ)の様な軽いもの、新参者(2010、TBS)、BOSS(2009、2011フジ)、ストロベリーナイト(2010フジ)、デカワンコ(2010日テレ)などの刑事ものが記憶に残る。

時代劇がないのは残念だが、強いて言えば、NHK大河ドラマで、最も視聴率の低かった「花の乱」(1994)は、三田佳子と団十郎の豪華共演の傑作だ。何故視聴率が低いのか不思議。

さて、本日の「Wの悲劇」だが、うーむ。あまりに期待しすぎていたので、軽い失望を感じているのだが、武井咲(タケイエミ)が可愛いのでなんでも許すという心境です。(ドラマとしては残念な作品)

そして、今、小生の部屋には、武井咲扮するフェルメールの「青いターバンの少女」(真珠の耳飾りの少女)のポスターが飾られているのです。(2012/4/26)

2012年4月26日木曜日

東急本店から見る渋谷

The View of DOGEN-ZAKA Slope from Tokyu Department Store in SHIBUYA.
そういえば、本日、4/26に渋谷ヒカリエがオープンするんだ。
この写真は、火曜日に、東急本店のエレベーターから撮ったが、いくつになっても高いとこから外を見るのは楽しい。この日は、急に思い立って、ブンカムラ美術館の、ダ・ビンチ展に行った。

美の理想、「ほつれ髪の女に初めて会える」というコピーに乗せられて出かけたのだが、渋谷は久しぶりなので迷ってしまった。東急本店に行くには109ビルの右の坂を登らなければならないのに、左の道玄坂を登って行ったら、知らない景色になった。

そこで、坂上から円山町のラブホテル街の狭い通りを抜けて行くと、ユーロスペースという映画館があった。その先をだらだら降りて行くと、忽然と、文化の殿堂ブンカムラが現れるのだが、元渋谷区民の小生でも迷う、実にわかりにくい町である。

展覧会は、沢山の「モナ・リザ」(模写、パロディ)や、ルーブルでもナショナル・ギャラリーのものでもない第三の「岩窟の聖母(個人所有)があったりと、いささか怪しくて首をかしげてしまう。

中で、やや首をかしげた女性のデッサン(べにがらチョーク)が、目玉の「ほつれ髪の女」である。これは興味深いものだった。

さて、この後、7階の「丸善&ジュンク堂書店」と言う不思議な名前の本屋で立ち読みして、8階のレストラン街に行ったのだが高い。

そこで、向かいのそば屋に入ったら、マレーシアの家族が、自動販売機で非常に悩んでいたのでお手伝いして、仲良くなって、メール交換した。クアラルンプールの大学教授の一家らしくて、彼らは、ベジタリアンなので、そばとかうどんが好きなんだ。また、同地には、日本人のリタイアした人たちが大挙して暮らしてるそうだ。
(写真は4/24撮影)


2012年4月25日水曜日

グッチカフェのババ

デフォルト寸前なのに高い喫茶店に入ってプチ贅沢。反省してます。
写真は、ババとカモミールティー。
息の詰まるような節約生活が続き、何かが切れたのかも知れない。いつもの丸ノ内線から気分を変えて、有楽町線で銀座1丁目に降りた小生は、ガス灯通りを5丁目に向かってぶらぶら歩き、和光の角を有楽町方面に向かったところで、グッチの店頭に出た。

調度12時。英語の授業まで少し時間があるのだが、朝食が遅かったので昼ご飯はいらない。という訳で、かねて話題のこの喫茶店に入ってみることにした。

高級ブランドとはおよそ無縁の小生だが、エレベーター手前のカフェの案内板を読んでたら、背の高い男性店員が、どちらに御用ですかと聞くので、カフェに行きたいと伝えると丁寧に案内してくれました。

4階のカフェは天井が高く、ウエイトレスの背も高い。ゴールドカラーの壁面装飾が豪華で素晴らしい。そして、平日のためか静かで空いているのがうれしい。1時間ちかく粘って、予習をした。

総額2500円(お茶900+お菓子1600)は高いけど、とってもいい気分になれました。1500円くらいならもっといい気分になれるんだけど。

(注)ババ(BABA)について
ババというお菓子は、日本ではサバランという名前で親しまれていた。また、最近はクグロフも目にする。小生の理解では、(1)ロシアの焼き菓子クグロフが、(2)ラム酒を入れたババに進化し、(3)更にフランスにおいて、クリームや果実を飾ったサバランになった、と思っていた。

ところが、改めてウィキペディアで調べてみると、クグロフからババへの進化には触れていない。ババはロシア、東欧の伝統的な焼き菓子で、これがフランスにおいて、ラム酒をしみこませる菓子に進化し、1850年ころに食通のジュリアン・サバランにちなんで、サヴァランと命名したとある。
だから、ババの名称は極めて広範囲に亘り、ラム酒の使用、不使用にかかわらず、ババと呼ばれているようだ。(ロシアでは、ババは老女の意味?)

一方、クグロフを調べるとアルザス、スイス、ドイツ、オーストリアの伝統的菓子とある。斜めにうねりのあるクグロフ型の焼き菓子で、ブリオッシュ風。ババとの関連には触れてないが、この山形のお菓子にラム酒を入れればババになるでしょうね。

写真のグッチ・ババは、円筒形のブリオッシュにラム酒をたっぷり浸して、果物(イチゴ、ブルーベリ、キウイ、オレンジ等)とローストしたバナナを添えて、クリームをかけ、砂糖をまぶしている。酔っぱらってしまった。

さて、このお菓子の値段1600円だが、上板橋モンマルトルの絶品ババが400円前後であることと比較すればめちゃくちゃ高い。だが、この場所の豪華さ、素晴らしい食器、回転の低さ、容姿端麗なスタッフの多さ等のコストを考えればやむを得ないかもしれないですな。

満開の八重桜

ソメイヨシノの次は八重桜
This rich pink flower of Yae-zakura is another kind of Cherry Blossom after SOMEI-YOSINO.
同じ桜でも、八重桜は豪華絢爛で、清楚なソメイヨシノとは趣を異にする。いささか重たい感じで、ちょっと鬱陶しい。例によってこの八重桜の写真も沢山撮ってしまった。そのうちの1枚だが、実際はもっとピンク色が濃い。

The impression of this Yae-Zakura is gorgeous and heavy compared with Somei-Yosino Cherry. The high season of Somei-Yosino has already gone and now it is Yae-Zakura's high season.

Then the season of HANAMIZUKI, Flowering dog wood and TUTUJI, Azalea flower is coming in Tokyo.

灯籠ウオッチング

三菱一号館の瓦斯灯
A Classic Gas Light at Marunouchi Area.
これは先週の写真だが、地下鉄の中で居眠りして、間違えて東京駅で降りてしまった。カロリーを消費するために、銀座まで歩こうと思って、東京駅丸の内口地下道を国際フォーラム方面に向かって歩いて行くと、右手に三菱一号館美術館の入り口が見えたので、地上に出てみた。

数年前にオープンしたこの場所は、かつての煉瓦通りを再現し、飲食店の集まる中庭みたいな場所だ。思わず、オープンカフェで休憩してしまった。(オレンジジュース600円)

写真のガス灯は、石灯籠ではないが、一種の灯籠だから、灯籠ウォッチングのグループに入れることにします。(2012/4/18撮影)

2012年4月24日火曜日

はてな

White Cow with Question Mark and sitting Green Cow at MARUNOUCHI
 
There are many cows in this season every year in Marunouchi area. They are some kinds of Art Exhibition or Demonstration or Installation or Joking.

But I had a strong Inspiration with this White Cow with Question Mark. Yes, I agree that the Life is a big Question or Mystery or Unreasonable.

2012年4月23日月曜日

知り合いのブログ訪問

先週は少々出歩きすぎだったので、日曜と月曜日はずっと家にいました。雨だったしね。
小生が家にいるときは、近所の散歩、家事(炊事、選択、たまに掃除等)少々、読書そして、知り合いのブログ訪問である。

まず、職場の先輩のYさんのブログ「ピンシャと亀の独り言」だが、なんと「抽選で自転車が当たった」とのこと、早速電話でおめでとうを言う。彼のブログは、東京の城東地区の写真が豊富である。江戸川、松戸フラワーライン(れんげ草)とか、大場川、権現堂の桜とか、全く行ったことのない場所の、素晴らしい写真である。東京は広い!

次に、高校の後輩のSさんのブログ「漂泊のブロガー2」である。彼はまだ第一線で活躍中だが、美術に造詣が深いので、展覧会や画廊の情報が分かる。最近は目黒美術館。彼のエリアは、文京区から豊島区周辺で、街中の変わった風景写真がユニーク。写真はかなりよいカメラを使用しているらしく、鮮明で大きい写真特徴だ。忙しい合間に作成してるので更新頻度は少ない。

それから、ずーっと前の職場の同僚、Hさんの「SAORIKO日記」もなかなかの力作だ。リタイア後の活躍、行動力は眼を瞠るものがある。趣味や学習会に参加するスタミナは、うらやましい。最近は、福島原発に関する記事が注目され、海外からのアクセスもある。

最後に、過日、ケープタウンに旅立ったKAZUYA君の「藤原一也の南アフリカレポート」。出発前の、ブログ作成準備から初めて、現地でのネット環境の整備を経て、ほぼ毎日1通のレポートが読める。写真もだんだん面白くなって、現地の人も登場してきた。

その他にも、前田社長のブログとか、ツネさんのもあるけど、やや更新不足かな。また、有名人のブログや、偶然見つけた一般の方のブログも楽しいものが沢山ある。

少し心配なのは、個人情報の管理だ。自分自身も、個人名や住所は出さないようにしてるけど、今日のニュースによれば、特に子供の写真は要注意とのこと。個人の住宅とか、車のナンバーなども気を付けないといけない。なかなか難しい世の中ですね。(2012/4/23)



2012年4月22日日曜日

久々の未来劇場

未来劇場第96回公演、シャンテ・ラ・レビュー
CHANTER LA REVUE at HAKUHIN-KAN Theater
1970年代半ば、当時20代の演劇青年だった小生のごひいきは、六本木自由劇場(注-1)、信濃町文学座アトリエ(注-2)、渋谷ジャンジャンの東京乾電池(注-3)、そして未来劇場(注-4)であった。

60年代の日本の新劇は、俳優座(注-5)、民芸(注-6)、文学座(注-7)の三大劇団が主流で、60年代末に、翻訳もの(ブレヒト、チェーホフ、ストリンドベリ、アーサー・ミラー、T・ウイリアムズ)や啓蒙的な、まじめでむつかしい芝居が得意だった。新劇観賞は、教養の一種という時代であった。

これに対抗するように、60年代末に小劇場運動が始まり、早稲田小劇場(注-8)状況劇場(注-9)、天井桟敷(注-10)、自由劇場(演劇センター68/71)(注-11)などのアンダーグラウンド演劇が注目され、無数の小劇場、小劇団が生まれては消えていった。

そんな中、教養主義、実験演劇、アングラ、反体制などのキーワードと完全に無縁の世界に遊んでいたのが、未来劇場だった。(劇団四季も、当時から、翻訳ミュージカルの独自路線をスタートさせていた)

まだ建て替え前の俳優座や、真新しい博品館で見た「マダムロシャスの人肉料理」「サンタマリアの不倫な関係」「ロートレックの特別料理」などは、ただひたすら楽しく、無内容さが素敵だった。

その後、東京を離れたために永らくご無沙汰していた私は、2004年に、「髪結新三のぷらんたん」を見た時は、やや感性が鈍っていた様で、印象が希薄だった。それから8年、今回、偶然見ることになった、レビュー公演は、懐かしく、楽しむことが出来た。

なによりも、水森亜土さんが、(遠目には)全く変わらずに、例の亜土語で話していることや、ご主人の劇作家、里吉しげみさんも、パンフレットに全く成長の跡の見られない能天気な文章を書かれているのに感激した。思えば、このレビューの舞台は、かつての日劇ミュージックホールの雰囲気を残してるのではないだろうか?そういえば、かつての舞台にも日劇のダンサーのお姉さんが出演していたっけ。

この日は、ローマイヤーで昔ながらのハンバーグを頂き、差し入れはウエスト本店でリーフパイを購入。博品館劇場も昔日のままというわけで、まるで30年前にタイムスリップした様な錯覚に陥った。

よく見渡せば、客席は、亜土ファンの可愛らしく着飾った年配の女性が目立ち、他の劇場と完全に客層、雰囲気が異なる。そして舞台の亜土ちゃんも、ハスキーで舌たらずは同じでも、足の動きは極力抑えている。なんと96回目の公演だという。まさに継続は力。後4回の公演も見ようと決めた。そうすれば、記念すべき100回公演に立ち会えるのだ。(2012/4/21)

2012年4月20日金曜日

一葉煎餅の店先の猫

竜泉三丁目の「一葉煎餅」店頭の猫
The Sitting Cat in front of ICHIYO SENBEI, Japanese Rice Cookies Shop
たけくらべ 名残ゆかしき 龍泉の 思い出かたく 一葉あられ
我家の周辺の猫は、カメラを向けると逃げるのに、この猫は座布団の上でじっとしてる。わずかに眼をつむるのがおかしい。お客さんが、大人しい猫だねえといって、頭を撫でても、やっぱりじっとしている。

毛並みも良く、座布団にじっと座って店番するのが好きなのか?ここでは、お煎餅2枚と吹雪という素敵な名前のあられを買った。
そして、路地を挟んだ銭湯、「竜泉湯」の間を入ってすぐが一葉記念館と公園である。

一葉は1872年5月2日、千代田区内幸町の東京府庁の長屋で生まれたが、父親の仕事の関係で本郷御徒町など転々とした。

17歳の時に父死去のため戸主となり、一家の生計を立てるため、1893年7月、ここ竜泉(当時は龍泉寺町)で、荒物・駄菓子屋を開業するが、94年4月には店を引き払い、本郷丸山福山町に引っ越した。
24年の短い生涯に12回も引っ越しをしたそうです。



一葉記念館(3) 信如と美登利

一葉の小説「たけくらべ」より
One Sean of the Nobel, TAKE-KURABE by ICHIYO
雨の日に、美登利の家の前で、下駄の鼻緒を切った信如

1895~96年に雑誌「文学界」に発表され、森鴎外、幸田露伴等から絶賛された「たけくらべ」は、僧侶の息子信如と、遊女になる美登利の、幼く淡い恋を描いた瑞々しい傑作だが、お寺も多く、吉原の遊郭も近い、この龍泉寺界隈がモデルとなっている。

一葉記念館見学の後、受付で貰った詳しい地図を頼りに、一葉旧居跡飛び不動吉原神社をお参りし、更に吉原仲通り大門跡見返り柳を経て土手通りまで散策。

名作「籠釣瓶里酔醒」(かごつるべ)や「助六由縁江戸桜」(すけろく)の舞台である吉原仲通りは江戸時代の道がほぼそのまま残るが、もちろん歌舞伎で見る町並みではなく、味気ないくすんだビルの風俗街である。

平日の昼間であるから人通りもほとんどないが、店頭にはこわもてのお兄さんが立っていて緊張する。夜来て見たい。


一葉記念館(2) たけくらべ記念碑

たけくらべ記念碑には近所の子供がよじ登って遊んでいた。
The Stone Memorial for the Novel, TAKEKURABE at the ICHIYO MEMORIAL PARK.

近代文学不朽の名作「竹くらべ」は、樋口一葉在住当時の龍泉寺町を中心に、吉原界隈が舞台となった。

これを記念して昭和26年、11月、地元一葉記念公園協賛会によって(この碑は)建てられ、その後台東区に移管された。

碑文は女史の旧友、歌人の佐々木信綱博士作並びに書による次の歌二首が刻まれている。

紫の古りし光にたくつべし
君ここに住みてそめし 筆のあや

そのかみの 美登利信如らも この園に
来あそぶらむか 月しろき夜を

たしかにこの子供たちを見てると、元気に走り回る長吉や正太郎を思い浮かべる。でも、美登利はこんなにおてんばではないよね。

一葉記念館(1) 記念館外観

樋口一葉の旧居,一葉記念館を訪ねる。
The ICHIYO MEMORIAL MUSEUM at Ryusen, Taito-Ku, TOKYO
Higuchi Ichiyo(1872-1896) is a famous Japanese Novelist in Meiji Period.
You can see her face on the 5000 Japanese Yen Bill.
13日、金曜日、新橋で用事を済ませた後、時間があるので、友人が推薦する町屋の居酒屋(?)「どじょっこ」の下見に行こうと思った小生は、日比谷線で三ノ輪駅まで行き、都電荒川線に乗り換えて、町屋に行くつもりであった。

ところが、三ノ輪駅で、かねてから行きたいと思っていた、「一葉記念館」のポスターを発見。それによると、今年は、一葉生誕140周年とのこと。これも何かの縁、という訳で、無用の暇人である小生は、急に同所を訪問すること計画変更した。

特徴のない街並みにかなり迷い、人に道を尋ねながら、やっとのことで、竜泉三丁目の記念館に到着。

ご覧のように、小さいながら、なかなかりっぱな建物である。隣は記念公園になっていて、子どもたちがものすごく元気に遊んでいた。(2012/4/13訪問)

2012年4月19日木曜日

東をどりでデフォルト回避。

昨日のニュースによれば、国際通貨基金(IMF)は資金基盤強化のために3500~4000億ドルを確保すると言う。計算がむつかしいので、仮に1ドル=80円として計算すれば、320,000億円、すなわち、32兆円だ。しかも、そのうち、日本政府は600億ドル(4.8兆円)を融資するというのだから凄まじい。

その他の支出国の内訳は、①ユーロ圏が2000億ドル(16兆円)、②北欧が260億ドル(2.1兆円)、さらに③新興国から1000億ドル(8兆円)集めると言う。合計で3860億ドル、30兆8800億円だ。端数繰り上げで約40兆ドルというわけだ。米国はなんと不参加。

べらぼうな金額だが、一体、IMFって何様なんだ?経済的に破綻した国家の財政支援に入るかわりに、その国の財政再建を厳しく求める。今回の増資の直接の理由は、スペイン、イタリアの財政不安であるが、IMFは日本の財政にも触れ「10年代半ばまでに、現在の計画を越える消費税増税などで赤字比率の削減に意欲的に取り組む必要がある」とのたまう。(朝日新聞4/18夕刊)

さて、昨年第3四半期以来、困難な状況が続く我が家の財政も、いよいよ危機的状況になった。IMF流に対処するなら、(1)緊急融資、(2)増税、(3)福祉切り捨てだが、我が家に当てはめれば、(1)借金、(2)アルバイト、(3)家計切り詰めとなる。

特に、4/20には、所得税400億ドルの自動引き落としが迫り、仕送り1000億ドルもある。また、リフォーム代金の一部を待ってもらっている、延滞金350億ドルを、今月中に払わなければならない。まさに、ギリシャ並みのデフォルト寸前の末期的状況となっているのだ。

しかも、思わぬ出費が相次いだ。未来劇場の第96回公演「シャンテ・ラ・レビュー」のチケットを劇団員から買うことになり、土曜日に5000円払う予定だが、当然、楽屋への差し入れも必要だよね?

しかし、すでに最後の切り札の、クレジットカードのキャッシングも、「年金担保借り入れ」も実施済みである。そこで、高度な財政政策として、5月新橋演舞場の「東をどり」観賞会を企画し、友人に呼びかけた。そしてチケット代を集めて短期の運転資金に回すことにしたのだが、持つべきものは友人だねえ。本日、東中野のK君洗足池のA君からの入金を確認。

ただちに、近所の金融機関を回って、余裕資金の移動を実施。リフォーム業者への支払いと、仙台への送金をすませることが出来た。もちろん、明日の税金も払えるし、土曜日のチケット代金も確保した。(にっこり)

ただ、一つだけ計算違いは、「東をどり」の食事代を、事前に払わなければならないことだ。通常なら、歌舞伎座前の大増で850円の折詰で済ますものを、無理して、料亭の鮨折を注文してしまったら、請求書が届いた。(泣)人生、一歩先は闇、何が起こるかわからないですね。


2012年4月17日火曜日

寄席発祥の地、顕彰碑

東上野、下谷神社境内に建つ「寄席発祥の地」の石碑

The First RAKUGO, Story Teller Variety Show started at SITAYA INARI, just this place in 1798. This Stone Memorial was built in 1998, the year of 200years anniversary.


下谷稲荷境内で最初の寄席が開かれて200年、1998年に建てられた真新しい石碑だ。文面を記録してきた。


「寛政十年(1798年)六月、下谷稲荷社境内に於いて咄の会が初めて有料で催され、これが江戸の寄席の発祥と伝えられる。200周年に当たり之を建てる。」
寄席二百年顕彰会
鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、世話人一同、

最初の寄席は、初代・三笑亭可楽だったそうです。落語以外のショーもあったのだろうか?神社は庶民文化のセンターだったんだね。

寄席発祥の地、子規の句

寄席はねて 上野の鐘の 夜長哉、子規
よせはねて うえのの かねの よながかな、 しき
YOSE HANETE
UENO NO KANE NO
YONAGA KANA

平成13年9月19日
正岡子規没後百年記念
台東区俳句人連盟皐月会 建立

2012年4月16日月曜日

寄席発祥の地、下谷神社

下谷神社は、寄席発祥の地
上野駅浅草口から、浅草通りを駒形橋に向かって歩くと、地下鉄銀座線、稲荷町駅の手前右手に真っ赤な鳥居が見えてくる。それをくぐれば、かつての下谷稲荷社、現在の下谷神社正面である。

稲荷社があったので、この界隈は、稲荷町と呼ばれたが、今では東上野と言う陳腐な町名になった。

本殿入口の立派な門(写真)の右側には、粋な形の灯籠が並んでいるが、本日のお目当ては、その隣の二本の石碑です。

大きいのが、「寄席発祥の地顕彰碑」。手前の小さいのが、正岡子規の「寄席の句」です。

卯月前半のまとめ。

四月前半は、ほぼお花見で過ごす。
仕事をしていた時には、日中にお花見をする時間は当然ないから、千鳥が淵六義園夜桜を見に行ったりしていた。でも、これってかなり体力がいるし仕事の後で疲れている。

ずっと昔は、職場でお花見もした。しかし、その時は、ほとんど花は見ていなかったと思う。その後、小生の職場では、「職場のお花見」なる習慣はすたれてしまったんだ。

上野の混雑は有名だが、今世紀に入ってからの六義園の夜桜も大混雑だ。混雑は苦手なので、数年前から、行っていない。根元を踏み固められる桜にも気の毒だしね。

というわけで、今年は、近場の平和公園石神井川市ヶ谷と飯田橋の間の土手などで済ませたが、急に思い立って、目黒川に行ったのは収穫であった。

さて、かくも無為の日々を過ごしていると、世の中の動きに取り残されるばかりではなく、毎日の出来事が前後脈絡なくなって、夢を見ているような精神状態となる。すなわち軽度の認知症状初期

そこで、3月末から4月上旬にかけて、一体何してたのかを振り返ってみることにします。

3月は別れの季節だ。英語学校の先生にも移動があった。また、KAZUYA君は、4月早々にケープタウンに旅立っていった。我がアパートの学生も卒業で退出したが、後が埋まらなくて困った。

3月23日の国立劇場「一谷双葉軍記」の団十郎にしびれた後、4月3日、大嵐の日は、「絵本合法辻」で、仁左衛門のあまりの悪役ぶりに驚いた。(題名は不正確です)

この間、麹町の二代目辻田(ラーメン)、ソラノイロのベジラーメン、4月に入ってから、八雲のラーメン、大江戸のうなぎ(いかだ2本)、やまいちのロースかつ定食などをリサーチした。経済的苦境のために、ラーメンに偏っているのは如何ともしがたい。(注-第一回うなぎ研究会たちあげ)

新橋演舞場で、5月の「東踊り」の切符を手配した折、京都大和小路の惨劇のニュースはショックだった。そもそも、4月南座の「都踊り」に行けないので、「東踊り」で我慢してる小生にとって、四条大通り、南座と白川の一帯は、京都で一番の「お気に入りスポット」だったのに・・・。(犠牲者の方々に黙祷)

そういえば、13日の金曜日には、北朝鮮のミサイル「銀河3号」(テポドン)が空中爆発。一方で、「地震被害」の想定が引き上げられ、津波の高さ地震の揺れもぐんと高まった。にもかかわらず、政治判断で原発再稼働が着々と進行、というわけで、のんきにお花見してる間に、世の中のリスクはかなり高まってるようじゃ。

健康保険組合の延長期間2年が終了したので、国民健康保険に切り替えた。リフォームのために年金を担保にしたローンの支払いが始まり、もともと少ない年金の支給は半分になった。家計見直しのために、インターネット・ブロバイダーの見直ししようとしたが、用語が分からず苦戦。IT関係、通信関係の支出は大きいのだが、どうすれば経済的なのか分からず、くやしい。

3/20に和光裏、シネ・スイッチで「昼下がり、ローマの恋」(イタリア)、4/14にシネリーブルで「アーティスト」(フランス)を観賞。めずらしく、ハリウッド作品(アメリカ映画)ではない映画を見た。

なぜ、恋愛映画を見たくなったのかよく分からないけど、ロバート・デニーロモニカ・ベルッチの二人は素敵だった。でもお話は思い出せない。

「アーティスト」は、アカデミー作品賞、主演男優賞、監督賞、作曲賞、衣装デザイン賞を受賞した話題作だったが、面白くなかった。昔の映画、「サンセット大通り」、それのリメーク・ミュージカル「サンセットブールバード」に酷似。寝た。

ヒューゴの不思議な発明」もそうだったが、アカデミー賞の選考委員会って少しおかしい。「ドラゴンタツーの女」と「戦火の馬」の完成度がはるかに高いのにね?

あと、麹町の「平河天満宮」、台東区竜泉3丁目の「一葉記念館」、東上野の「下谷神社」に訪問、写真を沢山撮った。東京は知らないところが沢山あって実に面白い。特に、「一葉せんべい」は収穫。認知症だけど、好奇心だけはあるんだね。(2012/4/16)

The Review of Early April.

April is the month of New Life in Japan.
We graduate from schools in March,  and the new degree begin in April.

Freshmen start in both Schools and Companies and the Business year also starts in April.
If you walk in Town you can see many fresh boys and girls in new suites.

The exciting feeling or atmosphere reflects to the old pensioner like me who has no change at all. As you know, It has been almost two years since I graduated the last Job and start my Pension Life in 2010.

When I worked in the Office, I have to stay in front of my desk and it is difficult to look for cherry blossoms in daytime in this season. I remember that I went to the night park to see the lighted flowers after work.

On the other hands I was so busy to look for flowers in early April this year. Because I have nothing to do without going to OHANAMI, Flower Viewing in daytime.

Beside I am now short in money but it doesn't cost only to see Cherry Blossoms. Yes I believe the Flower Viewing is quite a great Free Present from the Nature to the humankind.

This year I went to Soto-bori, the Outer Castle Wall, Shakujii-river and Meguro-gawa river for flower viewing. It was my first visit at Meguro river where was excellent!

I missed Rikugien-Garden, Kanda-river side, Shinjyuku-Gyoen Garden and Chidoriga-fuchi.
The Cherry Blossoms was so late this year and the weather was so changeable.
I wonder how many Cherry Blossom season shall I be able to see in my life.

One of my dreams is to have a long tour from south to north Japan with cherry blossoms.
It will start in OKINAWA in early February then I will go to north. Fukuoka, Yamaguchi, Hirosima, Matsue, Okayama, Kobe, Osaka, Nara, Kyoto and Yosino.

 In April I reached in Tokyo and then start to the north. In late April, Kakunodate, Morioka and Hirosaki. Then I will go to Hokkaido. I am now considering if I should use car or train?


2012年4月15日日曜日

華ごろも(2)

高級果物屋、神田万惣の前に佇む少女像
東京のフルーツパーラーといえば、銀座「千疋屋」、新宿「高野」そして神田「万惣」(まんそう)が御三家だが、なんと、その万惣が3/26に休業してしまった。ネット上では、休業を惜しむ記事や、閉店間際に名物のホットケーキを最後に味わいたいフアンで長蛇の列が出来たことなどが書かれていた。

小生、うかつにもこのニュースに気付かず、4/7(土)にM夫妻と日本橋から淡路町に散歩していた時、土曜日にもかかわらず、シャッターが下りているのに気づいて、不吉な予感がしていた。

その時は、甘味の「竹村」に行くために、確かめなかったのだが、改めて11日水曜日に、確認した次第です。

店頭の少女像もこころなしか淋しそうだ。だって、もうあの見事なホットケーキは食べられないんだもの。前の写真は全身を、こちらはアップで撮影しました。

華ごろも(1)

田中昭さんの彫刻、華ごろもは、万惣の正面に佇む。
The Title of this fine sculpture is HANA-GOROMO, the Flower Cloth.
She is standing in front of the famous Fruits Shop, MAN-SO at Kanda.

今までの人生で、何度も経験したことだが、おいしいお店が閉店してしまうと言うのは、身を切られるように辛く切ない。最近では、昨年の、ハーゲンダッツ、メゾン・ド・ギンザがわずか数年で閉店してしまったのが悲しかった。

それにしても、160年の歴史を誇り、千疋屋、高野と並ぶ、高級果実店の休業とは穏やかではない。休業だから、いつか再開してくれるのだろうか?

最近、お小遣いが減って、万惣にはすっかりご無沙汰だったが、こんなことなら、今年中に一回来ておくべきだった。神田の店は、2010年秋が最後。銀座は、2011年に一回行ったきりだ。

銀座松坂屋の地下の店も閉店してしまったのだろうか?

高級果実の万惣本店

神田万惣の本店は、シャッターが下りていた。
秋葉原と神田駅に挟まれた中央通りと靖国通りの交差点、須田町交差点で、ひときわ目立つこの万惣ビルは、小生にとってはあこがれのビルであった。それだけに、高級フルーツ販売とパーラー、レストランの入ったビルのシャッターが閉ざされているのは、ショックだった。

写真の二階(中二階)のパーラーは、親しみやすい高級感とでもいう、ゆったりした雰囲気の空間であった。小さな芸術作品のような、フルーツポンチ800円(?)は、おいしかったけど、小生の財布にはやや厳しかった。そして、昔ながらのホットケーキの暖かさ。

小生が、初めてホットケーキを食べたのは、お隣の秋葉原だった。その想い出の味が、万惣フルーツパーラーには残っていた。その懐かしい味わいは、多くの人に愛された。食べログで調べたら、2時間待ちの人もいたらしい。

シャッターの張り紙によると、この建物は老朽化のため、昨年の大震災の影響を受けていたらしい。さらに、道路拡張の話もあり、建て替えの問題が起きていたようだ。

神田須田町交差点

2012年4月13日金曜日

平河天満宮の石牛(3) 撫で牛

牛が、学問の神様、菅原道真のトレードマークなのは?
NADE-USHI, The Rubbing Cow is the Messenger for the God
同じ天神様でも、湯島天神は、梅が有名で、受験生のメッカであるが、平河町の方は、牛が目立つ。それは、学問のためには、牛のように繰り返し、噛み砕く(反芻する)ことが大切だからです。

さらに、道真公は丑年だったので、牛は、菅原道真のお使いなんですね。

この撫で牛は、耳元で、お願い事をささやきながら、一番気にかかる箇所を繰り返し撫でると、御利益があります。(千代田区教育委員会HPより)

たしかに撫でられて、大分丸くなってますな。

平河天満宮の石牛(2) 奉納石牛

A Stone Bull in front of the Red Flags.
この牛は、近所の焼き肉屋さんが奉納した。
赤いのぼりを背景に、ちょっと得意そうな顔です。
この神社には、他にも沢山の牛や、力石がある。

国立劇場の往復に立ち寄ることのある平河天満宮は、文明10年(1478年)にあの、太田道灌が江戸城本丸に祀ったものが、慶長11年(1606年)に現在の場所に移設された。

天満宮という名前からわかるように、菅原道真が主神だが、八幡宮と東照宮も合わせて祀っている。狭い境内には、色々の社とともに
4頭の石牛が奉納されている。

平河天満宮の石牛(1)

皇紀2600年に奉納された石牛
STONE BULL at HIRAKAWA TENMAGU SHRINE in CHIYODA-KU, TOKYO
65年以上前、戦時中に奉納されたものだね。
ここ、平河天満宮には、4つの石牛とひとつの撫で牛がある。

牛は、一匹ごとに奉納された年代が異なり、その表情も違って、見あきない。牛は、菅原道真のお使いなんだ。


平河天満宮の常夜燈

江戸時代に寺子屋が寄進した常夜燈
JYO-YA-TO, The Stone Lantern at HIRAKAWA TENMANGU SHRINE.
Which was presented by the Local Private School in EDO period.
高さ3.45mの立派な常夜燈は、江戸時代末(嘉永5年)、菅原道真公「950年遠忌」に際して、麹町の寺子屋、雲龍堂によって寄進された。本来、左右二基だが、現存するのは一基のみ。千代田区指定有形民俗文化財である。

千代田区教育委員会の説明看板に依ると、もう一つ、神田鍛冶町の寺子屋、龍海堂の解説がある。察するところ、もう一基の常夜燈が、龍海堂の寄進だったらしい。

ところで、の先生は、町人の光圀(充国)。将軍と同じ名前とは恐れ多い。1818年から、1864年まで、麹町8丁目にあり、生徒数は250人。男子150人+女子100人。

一方の龍海堂の先生は、同じく町人の布施タキ。文化元年(1804年)の開業で、読み書き、算術、活花等を教えた。門弟は、160人。 男子55人+女子105人。

平河天満宮は、学問の神様なので、地元の町人の学校が寄進したというわけだ。教育熱心な江戸時代の様子がうかがえて興味深い。

平河天満宮の灯籠

2012年4月12日木曜日

落花した椿

椿はきれいな花だけど、散り方が痛々しい。
ご近所には、色んな椿の木があるが、散り際は実に見苦しいというか残念です。

椿の花

大きな椿の花が咲いた。
木の剪定が基本的に間違ってる(切りすぎ)ので、花が密集して開花している。とてもきれいな花なんだけど、居間からよく見えないので、近くまで行って撮影した。

トラネコ発見

さっきから何度もトラ猫が庭を横切るので、写真を撮ろうとしたら逃げて行った。
写真は嫌いみたいだ。

朝ごはん

今朝の朝ごはんの記録
The Report of my Breakfast
昨晩は、PCの「チェスゲーム」(注-1)で夜更かししてしまい、眼が覚めると9時。(注-2)外は快晴。
早起きの母は、これからひと寝入りするというので、小生と交代。そこらへんにあるもので、朝ごはんを用意したので、正岡子規風(注-3)にメモしてみよう。
皆様ご承知のように、現在、財布には現金がほとんどない(注-4)ので、家の中に食べ物があるというのは実にありがたい。まず、昨晩の母の夕食の残り、生協の冷凍ビーフシチューを発見。(写真左下)
さらに、母が作ったポテトサラダ(右上)も発見。(注-5)

おととい駅前のサンメリー(注-6)で買ったバケットフランスパンの残りを焼いて、チーズフランスとする。(右中)もう一つは、ブルーベリジャムパンにするんだ。チーズとマーガリンは、イトーヨーカドーのPB(注-7)、ナチュラルチーズ(8枚入り178円)と、「かろやかソフト」で、安くてうまい。

ブルーベリジャム(写真上)は、母が共同購入で買った、CO-OP商品で、間違えて、850gの大びんを注文してしまった。ヨーグルトもCO-OPヨーグルトだ。今値段は分からないが、安い。しかも母が注文したものだから、タダだ。(注-8)

コーヒーは、東武ストアで買ったUCCの「あまい香りのモカブレンド」300g(注-9)をコーヒーメーカーで淹れて、牛乳を加えてカフェオレにした。(2012/4/13)

(注-1)昔からテレビゲームは好きだったが、複雑なのは駄目で、インベーダーパックマンや、麻雀のパイで遊ぶ上海とか、オセロが好き。このチェスゲームは、レベル2(2番目に簡単)に設定して、「待った」ありなので、90%の勝率だった。ところが、最近、引き分けが多くて、やや勝率が下がってる。ユーチューブで音楽を流しながら勝負するのが好き。

(注-2)夏目漱石の句で、「楽しきは、夢に遊んで、9時に起き」と言うようなのがあった。正確ではない。昨晩は、携帯電話を紛失して困った夢を見た。

(注-3)正岡子規は、寝たきりで、庭の景色と食事が楽しみだった。小生は、寝たきりではないが、すごく似てると思う。子規庵に行って驚いたのは、庭と家の作りが我が家によく似てることであった。

(注-4)先日、M君と高価なうなぎを食べに行き、クレジットカードで支払い、彼から現金を徴収した。この現金で暮らしてる状態だが、もしかしたら今日、年金が支給されるやもしれぬ。なお、5月末にも同じ手口で、新橋演舞場の「東踊り」の観賞会を設定し、友人から現金を集めて月末を乗り切る計画である。

(注-5)この冷凍ビーフシチューは大したことなかった。また、手作りポテトサラダは、おいしい時もあるのに、なんだか水っぽかった。母の健康状態は、このサラダの出来具合で分かる。多分、たまねぎの入れすぎだ。

(注-6)サンメリーは赤羽にもある。やや出来不出来はあるが、とてもおいしいフランスパンを焼く。260円~300円くらいなので、食パンよりも安い。たまにプランタン銀座地下の「ビゴの店」で買うパンと比べても負けてない。

(注-7)このナチュラルチーズの商品名は「とろけるスライスチーズ」。セブンアンドアイのPB(プライベートブランド)は凄い。この味でこの価格は年金生活者にはうれしい。「かろやかソフト」も安くていいねえ。

(注-8)CO-OPヨーグルトは、我が家の必需品。いつも大量に常備している。安くて食べやすいのが素晴らしい。冷蔵庫のものは、タダだから、お金がなくてもサバイバル出来る。典型的なパラサイトの発想だね。

(注-9)数年来、コーヒーが高くなったのは困った。しかも、袋の中身も減ったし、味も落ちている。前はおいしかったのに、はっきり言って不味い。でも、スーパーで、高級な豆を買ってみてもやっぱり不味い。鮮度がおちてるのだろうか?対策が必要だ。

2012年4月11日水曜日

SAYONARA SAKURA


さよなら さくら
Good By Cherry Blossoms I must go now.
今日は、出かける途中に桜と30分以上遊んでしまった。
強風と小雨の中、写真も沢山撮った。でも、そろそろ行かないとね。
On my way to the English School in Ginza, I have spent more than half an hour playing with Cherry Blossoms at the Park in my town.

It was so windy that the flower was falling. I took many photos of the cherry blossoms on the ground or pond.
I expect that I could enjoy the flowers falling till the Week End.

散る桜(4)


Cherry Blossoms are starting to fall in Tokyo.
But You can enjoy these flowers in north part of Japan till late May.
The Cherry blossoms are traveling from South to North in Japan.


散る桜(3)

この写真だとちょっと分からないが、花吹雪で地面は白くなっている。
日曜日には、あんなに沢山の人が集まったこの場所だが、ほとんど人影もない。
それにしても、私は暇人なんだなあと、改めて思った。

ながむとて花にもいたく馴れぬれば、散る別れこそ悲しかりけれ

散る桜(2)

地上の桜

散る桜(1)

木の根元に散った桜花
Cherry Flowers under the Cherry Tree.
願わくば花の下にて春死なむ、その如月の望月の頃(西行)

水上の桜(5)


水の上を流れる桜がすごく気に入って、沢山写真を撮った。

平和公園の桜(3)

水曜日の公園はとても静か。

水上の桜(4)


桜の花びらがいっぱいです。

水上の桜(3) 流れる桜

桜の花びらが水路を流れていく。

水上の桜(2) 池に続く水路

This Little Stream brings Cherry Blossoms to the Pond.
説明がないと、公害で汚染された川にも見えてしまう。
絶え間なく、花びらが流されてきて、池に溜まっていく。

水上の桜(1) 桜で埋まった池

The Small Pond covered with Cherry Blossoms.
この真白い池は、桜の花びらで覆われています。
向うに見えるのは、平和公園のシンボル、反核のアーチ。
その上には、広島の火が点っている。

何故、この池に花びらが集まるかというと、右側の水路が、花びらを運んでくるからです。(2012/4/11)

平和公園の桜(2) 桜散る

さくら散る 平和公園 鳩ふたつ

平和公園の桜(1) 桜散る

今朝の東京は風が強く、満開の桜も散り始めました。
散る桜、残る桜も、散る桜 (良寛)

2012年4月10日火曜日

目黒川の桜(6)

川の上は、一面の桜で幻想的な光景
Fantastic Cherry Blossoms over MEGURO River.
桜の花は、どこでも似合う。山の桜、里の桜、お城の桜そして、何といっても水辺の桜がよい。
池(博多大濠公園や京都大沢池、上野の不忍池)、お堀(北の丸公園、千鳥が淵、外堀通り)そして、やっぱり川だねえ。

同じ川でも、広い川と狭い川では表情が違う。例えば、秋田県角館、桧内川土手の桜。岩手県北上川、隅田川沿いの桜。荒川の土手もなかなかよい。広い場所でのびのびと枝を広げている。

そして、この目黒川や石神井川の様な街中の狭い川。
人家に囲まれ、川は、コンクリートで固められ、大勢の人が足元を踏み固める逆境の中で満開の花を咲かせてる。薄幸の美女みたいな健気さを感じます。(2012/4/10)

目黒川の桜(5)


幻想的なさくらの世界に、我を忘れる。
この日のコースは、池袋からJR山手線で渋谷に出て、東急東横線で、二つ目の中目黒下車。目黒川をさかのぼり、いくつもの橋(15本)を過ぎて、途中山手通りを横断して、池尻大橋に至る。そこから、田園都市線で渋谷に戻り、寄り道せずに無事帰宅。

山手通りを横断する時、ちょっと迷った。本当は、中目黒周辺をさっと見て、すぐ帰宅の予定が、桜の精に魅入られるように川をたどってきたのだ。少し先の交差点を渡ったところで、ふと右の建物を見ると、1階に日本共産党の事務所、2階に支那そば八雲」の看板を発見。

そういえば、お腹が空いてるし、なんだか美味しそうな雰囲気を感じて入ってみた。ラーメン屋らしからぬ瀟洒なマンションの2階。大きな窓から、山手通りと首都高が見える。券売機を観るとやたらワンタンが多いが、一番安いラーメン(支那そば)750円を購入して、順番待ちの椅子に腰かけて待つことしばし。

ラーメンは、黒と白のだしがあり、説明書きでは、黒が醤油、白が塩みたいなので、黒だしにした。白黒つけないと注文できないんだ。評価は、可もなく不可もなく、普通のラーメンだったが、後で、家で調べたら、このお店はワンタンの有名店だった。ガーン、無知は恐ろしい。


目黒川の桜(4)

目黒川の桜(3)


カステラ屋さんのそばの桜の木。
右の茶色のビルは、カステラ工場らしい。

目黒川の桜(2)