2012年9月30日日曜日

老人会の報告

It was the 40 years anniversary of the re-starting the Diplomatic Relations between China and Japan in 1972 Yesterday.
昨日、9月29日は、1972年の日中国交回復から40周年の記念日。
東中野老人会は、あえて新橋の台湾料理店にて例会を開催した。

参加者は、いつもの老人4人+奥様方2人に加えて、台湾人マスターと知り合いの建築家Mさんとオペラ歌手の奥様、韓国の大学で長らく教鞭をとっていて、アムネステイの理事でもあるAさん、湘南の住人で高校教諭のSさん夫妻、香港出身でカリフォルニアの大学を卒業して日本で働くWさんと、いつになく多彩。

「日中国交回復」は同時に台湾政府との国交断絶でもあったが、それにもかかわらず日台関係は極めて良好であった。マスターも日本への帰化を果たし、参加者の一人T教授も何度か台湾の大学で講義をする機会があった。

香港と英国、中国の関係もなかなか複雑だが、Wさんの軌跡は、国家の関係に関わらず人間は自由に国家間を動き回ることを示していて興味深い。香港返還時に米国に移住した香港人も多かったみたいだ。

小生も、旅行会社の添乗員として、台湾や中国へ旅したが、現地ガイドの親日ぶりが印象的であった。・・・という様に、日本、台湾、中国、韓国は、「過去にはいろいろあったけど、今は仲良き隣人」であったはずが、民主党政府の無粋な外交で、9/11以来一気に険悪になってしまった。

漁業資源や鉱物資源のこともあって、小さな島のことで大騒ぎしているが、騒いでるのは一部の人たちで、多くの一般人は、出来れば考えたくない問題だ。誰の得にもならず、経済交流や文化・スポーツの交流までもがストップしてしまったのは残念。

この際、領土問題は棚上げして、冷却期間を設けて頭を冷やしましょう。大きな声で騒ぐのはみっともない。この夜、集まった中国、台湾、韓国、日本の関係者の結論です。(2012/9/30)



ヒカリエから(4)


渋谷ヒカリエ11階からセルリアンタワーを眺める。
The Evening View of TOKYU HOTEL from the 11th Floor of HIKERIE Building.
これは、9/27(木)の夕方の渋谷の景色。手前の東急東横線のかまぼこ型の駅舎の屋根の向うに、ひときわ高く聳えるのが、セルリアンタワー東急ホテル。その左に、小さく丸い屋根が見えるけど、これは大和田区民センターのプラネタリウムである。

小生は、高い建物が好きで、かつて新宿西口に高層ビルが建つ度に訪問して、展望台に登ったものだ。1970年代のことだね。

都内の主な高層ビルとしては、東京タワーとスカイツリーはさておき(建物ではなく塔だからね)、(1)霞が関ビル、(2)池袋のサンシャイン、(3)浜松町の貿易センタービル、(4)新宿京王プラザ、(5)新宿の都庁舎、等が浮かぶ。(古い?)

(6)廃業した赤坂プリンスの最上階や(7)ニューオータニの回展レストランもいい眺めだ。比較的新しいのでは、(8)六本木ヒルズの屋上と(9)展望室の東京シティビューもいいね。

この景色は、今年開業のヒカリエの11階からの眺めなのだが、低層なのになかなかいい景色。

ヒカエリはとても混雑しているが、このフロアは、劇場ロビーのため、公演がない時は、人影もまばらで、無料で休憩できる快適空間だ。


ヒカリエから(3)

渋谷ヒカリエの11階から東急本店方向を眺める
How to Walk or not to walk the SHIBUYA TOWN
Though most of young people love this crowded town I don't like SHIBUYA not so much.

Because the station is so huge and complex that mean we may be tired very easily only walking in the station.

There are JR-YAMANOTE Line, JR SAIKYO-Line, TOKYU-TOYOKO Line, KEIO-INOGASIRA Line and 4 Subways, Ginza, Hanzo-mon, DENEN-TOSI and FUKU-TOSHIN Line.

Besides the Station is located in the bottom of the area that means we must climb up to visit any places from the station. It is very hard for us, elderly pensioners.

The easiest plan is to use free Bus service between Station to TOKYU-HONTEN Department store on the hill top. You can go there freely without walking. Then you may walk down the slope to the station enjoying a short sight seeing include Bunka-mura Museum, Donki store, Center street, 109 store, the famous Scramble crossing and Akita-ken dog, HACHI statue.

The one problem is that it is difficult to find the Bus stop at MIYAMASU Exit. I guess it is around the corner of the TOYOKO store which you can see in this photo.
May be it is between the green light and the train bridge.






ヒカリエから(2)


たそがれの渋谷駅東口
東急百貨店の右に山手線が見える。その向こうが渋谷スクランブル交差点、センター街だ。


ヒカリエから(1) 渋谷の思い出

渋谷ヒカエリ11階からの眺め

30年ほど前、小生は千駄ヶ谷に住んでいたので、渋谷区民であった。渋谷と言っても、北部の代々木千駄ヶ谷は庶民的な住宅街で、明治神宮新宿御苑神宮外苑の緑に囲まれた環境のいい場所だった。千駄ヶ谷の東京都体育館のプールで泳ぎ、明治神宮でバードウオッチングをし、代々木公園でジョギングをしたものだ。

自転車での行動範囲は、北は、新宿西口、北参道から西参道、南は原宿方面、明治公園から神宮前あたりが境界線。夜はもっぱら四谷、新宿方面で、渋谷にはあまり行かなかった。それより南の広尾、代官山、恵比寿方面は、恵比寿のテアトルエコー以外は全く範囲外だった。

それでも、たまに、渋谷駅に隣接する「東横ホール」に新劇の芝居を見に行ったり、公園通りのパルコのそばの「ジァンジァン」に小劇団の芝居やコンサートに出かけたっけ。70年代後半から80年代初めにかけては、パルコと公園通りがおしゃれだったんだ。

今も残ってる、坂の途中の赤い公衆電話は、絵になる風景だった。山手教会では左翼系の集会も開かれ、地下のジァンジァンでは名優、中村伸郎イヨネスコの戯曲「授業」をロングランしていた。「東京乾電池」の公演では、柄本明の演技があんまり面白くて驚いた。1980年ころ?

東急本店に行く坂道の途中に恋文横丁があり、東電OLで有名な円山町のホテル街に続く。夜は独特の雰囲気があった。

そして渋谷駅の東口には東横文化会館があり五島プラネタリウムや映画館があった。それが、今、ヒカリエに生まれ変わったというわけだ。

将来的には、渋谷駅そのものを再開発するらしい。




神楽坂散歩(5)

昼下がりの鰻「たつみや」
An EEL Restaurant, TATSUMI-YA at the HONDA Lane in KAGURA-ZAKA
神楽坂の鰻屋と言えば、坂下のりっぱなビルの「志満金」、本多横丁の静かな佇まいの「たつみや」(写真)そして、駅の反対側の元気な人気店「川勢」と、いずれも個性的な店である。(小生が利用するのは「志満金」で、この「たつみや」には、ずっと前に一度来ただけ。また、「川勢」は、混んでるのでまだ入ったことはない)。

この日、うなぎを食べる金がなく、新宿の「立食いそば」250円でランチを済ませていた私は、改めて3店舗を巡回して、店頭のメニューをチェックすることにした。落語の、「うなぎの匂いでごはんを食べる」というのに酷似した、悲惨なシチュエーションと言ってよい。(泣)

3年連続の「シラス稚魚」不漁で、絶滅危惧種となった日本うなぎ最近の「うな丼」価格は、円の為替レートの様な値上がりで、まさにうなぎ登り。かつて「うな丼の価格」は気に留めることもなかった小生の「うなぎ研究」も、今や、資金難から中止の危機に追い込まれているのだ。

・・・ということで、先ず、この「たつみや」だが、風情ある店先の張り紙には、「うなぎ品薄、価格高騰の為、値上げさせて頂きます」とあり、うな重(肝吸いお新香付)3500円、うな丼(肝吸いお新香付)2300円、そして、蒲焼き、3300円也

一方、「志満金」と「川勢」は、折角店頭に行ったのに、メニューの撮影を忘れたので、ネットで調べると、「川勢」は、うな重松が3780円、特5680円、中入れ重7350円(新香、肝吸付)と信じがたい価格帯。
「志満金」は、月2310円、雪2835円、寿3360円、雅3885円、鳳4725円です。お吸い物は別。鳳(おおとり)は筏。

うーむ、小生は「志満金」の月2310円と、「川勢」の「うな丼」2300円に注目。これなら3食抜けば食べられるかも。

前の価格がないので、いくらの値上げか不明だし、これが妥当な価格かどうかは、実際に食べてみないと分からない。半尾か小1尾かも大切なポイントだが、活動資金枯渇のため、いつになるかはお約束できません。


神楽坂散歩(4)

毘沙門天境内から毘沙門煎餅の福屋を望む。
How to walk KAGURA-ZAKA Area
This small town is a very compact sightseeing town where remains the atmosphere of traditional Japan.

The easiest course is start from JR IIDA-BASHI station or the subway station at the bottom of KAGURA-ZAKA slope. Cf. SAKA or ZAKA means a slope.

Then climb up the crowded Kagura-Zaka slope to the BISYAMOB-TEN ZENKOKUJI Temple, this charming red gate.

After greeting the god of the temple you may go to the back lane and walk down to the station again. I recommend that you go to some shop and ask the area map.

My favorite places are SHIMA-KIN EEL Restaurant, 50 BAN Chinese Restaurant where you can buy NIKU-MAN, Bisya-mon Senbei, Kino-zen Sweets Shop and Agnes Hotel Cafe.

2012年9月29日土曜日

神楽坂散歩(3)

神楽坂名物のひとつ、毘沙門せんべい
What is the difference between Kanzaburo Senbei and Bisyamon Senbei?
前から気になっていた「毘沙門せんべい福屋」の店に入ると、勘三郎せんべい(左)と毘沙門せんべい(右)の二つがあった。

若い店主に違いを尋ねると、本来は「毘沙門せんべい」だけだったのが、歌舞伎役者の17代目中村勘三郎が、「もっと焦がせ」と注文して生まれたのが「勘三郎せんべい」とのこと。

つまり、勘三郎煎餅は、焦げ煎餅なのだ。
店主が両方買って食べ比べてみろと言うので、ふたつ買った。商売がうまいねえ。

ところで、その他の神楽坂名物と言えば、五十番の肉まん紀之善のお汁粉志満金のうなぎ。etc.


神楽坂散歩(2)

神楽坂を登ると毘沙門天善国寺の赤い境内が見える。
KAGURA-ZAKA Area is one of my favorite course of Quick Trip TOKYO.
この界隈は、クイックトリップ東京のお決まりのコースだ。ギュンター夫妻、ジェリーとドロシー、そしてパオラとマリオは、たんす屋で着物も買ったっけ。

大抵、志満金でうな重を食べるコースになるが、こぎれいな椅子席で、二階から眺めもいいし、仲居さんも着物で日本情緒があり、さらに抹茶が付くので、外国のお客様に好評。

昼から5時まで開いてるのも便利。

神楽坂散歩(1)

毘沙門天前の通り,左の看板は、毘沙門せんべい
There is the BISYAMON-TEN Temple on the hill top of KAGURA-ZAKA Slope 
The street of this photo is just in front of the temple.
You can see the Kanban, Sign of BISYAMON SENBEI, Rice Cookie Shop.

9/27(木)夜に、渋谷で、ネパールから帰国したJICA職員のOさんの報告会があり、帰宅が遅くなったので、老母のご機嫌はとても悪かった。

9/29(土)夜も、新橋の寄り合いで遅くなるので、家に居ると文句ばかり聞かされるので、午前中に家を出て、久しぶりに新宿武蔵野館で、映画「アイアン・スカイ」を観た。

これで、今月は、話題作の「最強のふたり」「プロメテウス」そして本篇「アイアン・スカイ」の3作品を観たが、流石に月の裏側に40年間隠れていたナチスがアメリカにUFOで攻めてくると言う設定は無理があった。

その後、少し時間があるので、神楽坂でうなぎの価格調査をした。対象店舗は、川勢、志満金、たつみや。これは別途報告の予定。





2012年9月28日金曜日

貝殻タイル

Three Shell Patterns on the Floor.
Question: What are the names of these Shells?
多々ある街歩きの楽しみ。中でも、最も安上がりなのが、「路上観察」である。この分野では「マンホールの蓋」に造詣の深い赤瀬川源平先生を始め多くの先達がいる。

この「路上観察」、若い頃には理解しかねる趣味であったが、年金生活となり、少ない小遣いと有り余る時間を持つ境遇になると、その奥深さに目覚めた。

小生は「路上」から更に専門化して、「地上」、とりわけ「タイル」に限定した分野を研究対象に選んではや2年。
研究成果は、ほとんど上がってないが、この日、ふと足元を見つめて、美しいタイルを発見。先ほどの、うずまきに続く、この貝殻模様。

日比谷交差点の日生劇場入口である。30数年前に、越路吹雪のラストコンサートや、劇団四季のブロードウエイミュージカル、コーラスラインを観に来たっけ。

当時は、まっすぐに前を向いていて、足元の貝殻には気付くことはなかったのだ。

うずまきタイル

The Spiral Shape on the Floor 
Question: Where is this NARUTO in Tokyo?
HINT: Near HIBIYA Park


2012年9月27日木曜日

伝統工芸展に行く。

日本橋、三越本店の第59回日本伝統工芸展
Japanese Traditional Art Craft Exhibition at MITSUKOSHI Department store at NIHON-BASHI
9/19から10/1まで三越本店の7階催事場にて開催されている「伝統工芸展」は、毎年のことながら、その質の高さと、作品の多さに圧倒される。チラシに掲載されているのは各賞の受賞作品であるが、それ以外も素晴らしい水準なので、見てるうちにくらくらしてしまう。
If you would like to know the level of Japanese Art Crafts, you shouldn't miss this Exhibition. You can see the fantastic works of  622 Craft artists in Japan freely. 
各分野と出品作品数は以下の通りです。

A.陶芸、Ceramic art               215
B.漆芸、Lacquer art                 83
C.木竹工、Wood+Bamboo Craft 114
D.諸工芸、Glass, Shippo+other   52
E.金工、Metal Craft                  56
F.人形、Japanese Dolls              31
G.染織、Dyeing and Weaving      84
and other 6 Posthumous Works
The total number is 622.

写真左上から2番目はNHK会長賞受賞の室伏英治作練り込ポーセリン「Sparkle」。2種類の陶土をミルフィユの様に重ねて作った貝殻のように軽やかな陶芸だ。

二段目、左から4番目の安達征良作、「硝子絹糸紋鉢」は、陶芸ではなく切子ガラスだ。ちょっと信じられないけど。

この二つは、先日の日曜美術館で、制作過程の取材がされていたが、発想の自由さに驚いた。伝統とは、単なる継承に留まらないことを示す作品です。(2012/9/26)



2012年9月25日火曜日

松本楼のチャリティー10円カレー

日比谷松本楼の第40回10円カレーチャリティ
The Charity 10Yen Curry at MATSUMOTO-RO Restaurant at HIBIYA
They prepare this 10Yen Charity Curry every autumn, 25th September in this historical restaurant in HIBIYA Park in Tokyo.
約1時間半の行列の後に、やっとたどり着いた10円カレー(ビーフ中辛)は美味也。
窓から日比谷公園の緑が美しい松本楼の2階食堂は、いつもはカレービュッフェ1400円を頂く所だが、今日は学生食堂の賑やかさ。

黒服の係りと制服のウェイトレスが、てきぱき接客する中、カレーライスを頂きました。

めったに行列しない私だが、今月は「マウリッツハイス展」の50分に続き、1時間半の行列に並び、行列の楽しさに目覚めたようです。

(注意)
1階玄関で透明の募金箱にお金を払うのですが、もちろん10円でいいのだけれど、チャリテイなので、お札もちらほら。和服のお嬢さんや社長も立ってるので、少し奮発して500円玉を入れました。

先着1500名というけど、今日は2000人が入場。一人10円では2万円にしかならない。実際には、平均100円以上で、2011年は151円でした。ちなみに平均が一番多かったのは、バブル期の平成3年321円です。(案内パンフより)

このイベント、あまりに名物になって、今年で40年だから、今更止めるわけに行かず、松本楼の完全な持ち出しです。10円カレーはインパクトあるけど、100円カレーでもいいような気もします。

チャリティー10円カレー

松本楼前に並んだ長い列も大分、建物に接近してきた。
A Long Queue waiting for the Charity 10Yen Curry in front of MATUMOTO-RO Restaurant in HIBIYA
Though it seems a long line of the Charity Meal for the Jobless people by the Government, it is a Line of the people who would like to charity for UNICEF.

This Event stated in 1973 and has continued for 40 years.
There was a very sad story Why they started this Event?

Matsumoto-Ro Restaurant is a very famous traditional restaurant established in 1904 in this place. 

It survived the Grate Air Attack by the American B29 Bombers during the world war 2 and after the conquest by the USA, this building was used as the hotel for GHQ.

In 1971, this restaurant was burned out by the riot of Radical Far Left Student group during the demonstration against the Government. It was really a tragedy, one staff of the restaurant was dead. 

Even though this fire damaged Matsumoto-Ro very much, they could re-open again in 1973 by the help of many people who love this old restaurant over the country.
The day was 26th September.

This is the reason for this restaurant started the Thanks Charity Event since 1973. 





松本楼の前で

松本楼の前には、立教大学チアガールの皆さんが。
社長と立教大学が関係あるらしい。

チャリティーカレーのイベントは11時スタートで、先着1500名なので、早く行かないといけない。だが、朝に弱い小生が日比谷公園に到着したのは11時半。すでに、派遣村みたいな、異様に長い列が続いているので、こりゃだめだわいと思った。

霞が関方面から、大噴水の方に歩いて行くと、長い列の最後に、「最後尾」と書いた看板を持ち、松本楼のハッピを来た人が立ってる。側に行って聞くと、1500人はすでに越えたが、並んでもいいですとの親切なお言葉。整理券は1536番。

待ってる間、前の年配のおばさまとパリの街について話したり、後ろのおじさんと最近の気候について話したり、写真を撮ってるうちに、松本楼にどんどん近付くと、楽隊とチアガールが音楽に合わせてパフォーマンスを披露。実際に並んで見ると、行列も余り気にならないですな。

松本楼の大銀杏

日比谷公園、松本楼前にそびえる大銀杏。

2012年9月23日日曜日

芋坂の羽二重団子

根岸、子規庵の帰りに、羽二重団子に寄る。
HABUTAE DANGO in Nippori is an old sweets shop since EDO period.
19日の水曜日は、日比谷で映画「最強のふたり」を見た後、鴬谷駅に行き、子規庵と向かいの書道美術館を訪ねて写真を一杯撮った。少々疲れたので、日暮里方面に向かい、羽二重団子に寄る。

この店は、子規の作品にも度々登場するので、ここで団子を頂くのも糸瓜忌にふさわしい供養である。写真は、あんこを一口食したところで、写真を撮ることを思いついたため、ひとつ少ない。

店舗の前には、団子三句が記されているので引用する。
芋坂の 団子の起り 尋ねけり
   Asked the Beginning of the Dango sweets in IMOZAKA slope 
名物や 月の根岸の 串団子
   My favorites Dango, in the Moon night of NEGISI Village.
秋昔 三十年の 団子店
   30 years old Dango Shop in the old Autumn day.

九月の徒然(2)

外は雨、気温も下がり、鬱陶しいが、しのぎやすい日曜日だ。
It is a rainy day and cool today. I got up late and had a late breakfast.

(1)朝寝して、朝ごはんをゆっくり食べる幸せ
朝寝して、早起きの老母が寝室に入ったのと入れ替わりに起き出す。
腰が痛むので、ゆっくりと、トマトサラダを作り、コーヒーを淹れ、トーストを焼き、たっぷりと時間をかけて、朝ごはんを頂く。実に年金生活の醍醐味と言うべき哉。

(2)トイレもゆっくりしたいものだ。
振り返れば、幼稚園から定年まで、時間に追われる56年間(?)であった。
古い記憶の中で、朝、幼稚園に行くのに、近所の女の子が誘いに来て、ゆっくりとトイレに入っていられなかったことをぼんやりと思い出す。

(3)お弁当もゆっくり食べる。
同じく幼稚園のお昼ごはんの時に、食べるのがすごく遅くて、何故、皆はこんなに早く食べるのか不思議だった。遊びながら食べてたからだが。これは、小学校の給食の時も同様で、「早く食べなければいけない」というあせりが、さらに食べるのを遅くした。

(4)ビジネスマンは時間厳守が第一、なのはわかるが。
仕事を始めてからは、正確さとともに、スピードは重要な要素で、期日を守り、遅刻は許されなかったのに、たびたび遅刻して、信頼を失ったのは自業自得としか言いようがない。今ふりかえれば、「仕事は不正確で、しかも遅い」のに、何故雇ってくれたのか、ちょっと不思議?

(5)エディターの仕事は、時間管理が命。
特に、出版社との仕事が多くて、原稿の入稿、校正、校了など、時間に追われる仕事がよく出来たと自分でも感心する。先ず、入稿は半分くらい遅れる。従って、校正も遅れる。当然、校了も遅れる。だが、実に不思議なことに、発行日だけは守られるのだ。

(6)資料作りとまとめ作成のための会議ってなんだ?
会議の準備、実施、まとめ、報告というのも、大体マニュアル化された流れにそっている。小生は、いくつか転職したが、共通してるのは、どの職場も会議が大好きだった。小生も、最初は、じっと座ってるだけだし、楽な仕事だと思っていたのだが、退屈だし、資料が多すぎて読めないし、だんだん苦痛になってきた。

(7)旅行の仕事でも、時間管理は大切だ。
添乗員の任務は、ツアーの旅程に沿った時間管理。食事、観光先、宿泊が手配通りに行われるように管理すること、すなわち「旅程管理者」である。
特に、一番気を使ったのは、出発の時に、皆が集まるかどうかだ。国内旅行では、バスの集合時間が遅れたら、全ての行程が押せ押せになるから大変だ。道路の混雑という要素があるからね。

海外旅行では、とにかく皆が空港に来てくれればなんとかなる。・・・と思ってたのだが、或る時、パスポートを忘れたお客様がいて困った。この時は、旅行の手配先に連絡して、その家族だけ、1日ずらしてなんとか参加してもらった。また、成田空港前泊の時に、現れないお客様がいて、電話したら、日にちを間違えてまだ九州の家に居ると言われた時はちょっとあせった。なんとか出発までに成田に来てもらったけどね。

(8)世の中、結局何とかなるのか?
旅行だけじゃなくて、社会生活をしていく上で、時間を守ることはすごく大切だ。遅刻は皆に迷惑をかけるし、信用を失うことは、これまでの経験で十分承知している。これは大前提。

その努力をした上で、航空機・列車をはじめ、時間どおりに物事が運ばないで困ったことは何度かあるが、いずれも決定的なミスにはならなかった。この経験から、「世の中、結局何とかなるのだ」という誤った考え方に染まってしまったのは、その後の人生にとって良かったのか、悪かったのか?

(9)結論:TIME is MONEY
人間が発明した沢山のものの中で、お金時計の二つは、とりわけ不思議なものだと思う。その2つを結び合わせるコピーが「時は金なり」である。どちらも、実在する様に見えて、実は、常に移ろいゆく記号のような働きをする。そして人間を呪縛して、がんじがらめにする不思議なものだ。

だから、人間が幸福になるには、(1)この二つを自在に操れるようになるか、(2)この束縛から完全に逃れるかのどちらかだ。

今、少なくとも、時間の束縛から逃れた私は、少し幸福です。そして、願わくば、お金の束縛からも自由になりたいなあ。(2012/9/23)

2012年9月21日金曜日

子規庵の庭(3)

子規庵の糸瓜棚(へちまたな)と鶏頭(けいとう)
If You have Interests in HAIKU, Japanese Short Poem, You must visit this small Yard of SIKI's small house.
子規庵の狭い庭は木が茂って大変なことになっている。藪蚊も多く、あちこちに蚊取り線香が置かれているのも我が家と同じだ。
ただし植えてあるものは少し異なり、子規の六畳の病室前には有名な糸瓜棚がある。我家には、藤棚があったが壊れてしまった。

SIKI made the Last Three HAIKU Poems of HETIMA, Luffa in this room

1902年の9月19日、子規はここで絶筆三句を残した。すなわち、
「糸瓜咲いて 痰のつまりし仏かな」 HECHIMA saite, TAN no tumarisi, HOTOKE kana
「痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず」TAN Itto, HECHIMA no MIZU mo, maniawazu,
「をととひの へちまの水も 取らざりき」Ototoino, HECHIMA no, MIZU mo torazariki,

写真の糸瓜の一本は茶色に変色してしまってるので、採った方がいいと思う。

子規庵の庭(2)

三段に雲 南北す 今朝の秋 寒川鼠骨

子規庵の庭(1)

ごてごてと 草花植えし 小庭かな 子規
今小園は余が天地にして 草花は余が唯一の詩料となりぬ。

2012年9月20日木曜日

子規庵の見取り図

子規の弟子、河東紺碧梧堂(へきごどう)の描いた子規庵
The Layout of SHIKI-AN, SHIKI's small house.
この長屋、何故かすごく懐かしく、親しみがある。というのも、この間取り、ほとんど我が家と同じなんだ。敷地もせいぜい50坪弱で、狭い庭の様子も似ている。(右側に駐車場がつくけどね)

実は、この間取りは、昭和初期の一般庶民の家によくあるパターンだ。少年時代に、本郷の友人や千駄木の先生の家を訪問した時に、この間取りの家が何軒かあった記憶がある。

一方、西片町の古い御屋敷の間取りは、この2倍、ないし4倍の広さで、100~200坪という所。また、日銀寮の友人の家は、これを一回り狭くして、二階建てにしたパターンだった。昭和35年ころの話である。

子規の病室は左上の六畳。ここから、糸瓜棚が見える。右上の八畳は、句会の時に友人たちが大勢集まった。母と妹は、次の間に居たのだろうか?

また、この図では、下方が北だが、北に玄関があるのも我が家と全く同じだねえ。(子規没後110年の、2012/9/19訪問)

子規庵、The Small House of SHIKI

糸瓜忌(へちまき)に根岸の里を訪れる。
SHIKI-AN, the Small House of Japanese Famous HAIKU Poet, Siki MASAOKA.
9月19日は糸瓜忌(へちまき)、正岡子規の命日である。
MASAOKA SIKI died in 1902 at this small house after the long Struggle against Disease.
日比谷シャンテで映画「最強のふたり」を観賞した後、小生は鴬谷駅を訪れた。

前回の訪問から1年以上が経過しており、駅前の交番で、地図をもらって根岸の子規庵に辿り着く。

この一帯は、加賀百万石の前田家の土地であり、この建物は、前田家の御家人の二軒長屋のひとつであった。
「加賀様を、大家に持って、梅の花」明治29年の子規の句である。

「明治25年、その一軒、陸羯南(くがかつなん)の西隣の88番地に住んだのが根岸の里への縁で、27年には羯南の東隣の82番地に移る。ここに母と妹を呼び寄せ、書斎、病室と句会、歌会の場とし、ついには終生の地となる」(中略)

{大正12年の関東大震災で家屋はやや傾いたが無事であった」その後、遺族が前田家より買い取り、昭和2年、母八重が死去。同年、寒川鼠骨の提案で、土蔵(子規文庫)を建設。昭和16年、妹律死去。
「昭和20年4月14日、空襲で子規庵及び隣の寒川家も焼失したが幸い土蔵のみ残る。昭和26年、子規庵再建。27年、東京都文化史跡に指定される。29年8月、寒川鼠骨は子規の没した同じ六畳のまで没した」。(子規庵パンフより一部抜粋)

英語教室まとめ

The Building at the center of GINZA where I have learned English for two years.
It was really a wonderful experience for me to have been to the English school once a week for two years. 

I  payed for the class of Group Lesson about 120,000Yen for one year. Because of the Discount Campaign I didn't need to pay the Entrance Fee.

It means the price of  50 minutes Lesson is about 2,500 Yen and the one month Fee is 10,000Yen

I think it is quite reasonable for me because my lesson hour is the early noon on Wednesday so that there are very few students in my class. Actually most of my lesson were Private Lesson which costs far more.

Besides I chose this school because of it's Location, the center of Ginza. I enjoyed the view of beautiful WAKO and San-Ai from the window of my class room which I can use freely before the class.

After my retirement I have a lots of time so that I would like to visit many places in TOKYO, especially the Ginza and Nihon-Bashi area where are so many nice Restaurants and Sweets shops and Galleries. I also love Departments stores and Book stores and Cafes.

After the English Class I often wander around this town after Lunch dropping at some Galleries and reading books in Kyo-bunkan book store and listening CD music at Yamano. Then I took a rest at some of my favorite Cafes.

The teachers and staffs are also friendly and polite. I remember and missed many good teachers most of them come home in one year. Thank you Synnie, Darlene, Ann, Arnold, Zenta, Justin and other teachers and staffs in Ginza school.

I have studied much in Ginza but for my English ability, one lesson a week seems not enough to keep my Level. Of course I know that it is my responsibility not to study well.

According to the Level Check Test at the beginning, my Level was B on the CASEC SCORE.
which means, Capable of communicating on topics in daily life and basic social situation.
The Casec Total Score was 693 which means 715 points of TOEIC TEST.
But at the Next test, my level was down to 630 in CASEC which means 595 in TOEIC.

I wonder If I studied two lessons a week it may be possible to keep my level.
And the best way is to go to the English school in Cape town or London for a few months where you can't have a chance to speak Japanese at all.

2012年9月18日火曜日

予想できない未来

Unexpected Future is really unexpected?

HAKUHOU, the YOKOZUNA Champion lost and HARUMA-FUJI is expected.
三大関が休場するなど波乱含みの大相撲九月場所の10日目。先ほど、これまで全勝の白鳳栃煌山に、あっさりと手をつくという、ちょっと信じられない負け方をした所だ。その前の、日馬富士高安戦では、日馬富士の強烈な張り手に、高安が一瞬脳しんとうを起こして、土俵から立ち上がれなかった。誠に、「一瞬先は何が起こるか」予測することはむつかしい。

China and Japan are a good Rival in LONDON OLYMPIC only one month before.
1ヶ月前のロンドン・オリンピックでは、スポーツマンシップに基づく正々堂々とした競争がさわやかだった。特に、卓球女子団体では、日中両チームの素晴らしい試合の後、金メダルの中国銀メダルの日本チームが健闘を称え合う姿が印象に残った。

Many Japanese Shopping Centers were attacked by the Demonstrators or Riots in China.
それから1カ月、日中関係はかつてなく緊張を高め、ニュースによれば、50都市以上で反日デモが行われ、16日には、山東省青島のジャスコが破壊略奪された。青島は、親日的な地域で、反日デモは初めて。しかも、デモ隊が暴徒化して略奪行為に及ぶのは信じられない。

The Image of BIO HAZARD Ⅳ has become real.
別の都市のある日系百貨店では、デモ隊に取り囲まれ、さらに店舗が破壊される中で、職員たちが、施錠しながら8階に逃れる様子が放映された。カメラマンも閉じ込められたんだね。その日、TV放送された映画、「バイオハザードⅣアフターライフ」で、アリスたちが、孤立した刑務所の屋上から、地上のアンデッドの群衆を眺めるシーンがあり、あまりにもシチュエーションが似ているので、早速ツイッターでも感想が流れた。

OSPREY like Military Aircraft attacked Alice on the Ship.
そういえば、映画では、実験船「アルカディア」にアリスが乗り込み、生存者を救出したと思ったら、アンブレラ社の飛行機が大挙して現れるのだが、これがオスプレイそっくり。アリスが拳銃で撃ち落とすという荒唐無稽だが、うーむ、簡単に墜落するのも、オスプレイに似てる。

It is hard but possible to expect the Future.
確かに、「未来の予測」はむつかしく、一瞬先は闇だが、冷静に考えれば、実は予想出来なかったわけでもない。3.11の東日本大震災大津波も、長期的に予測されていたし、過去の教訓も残っていた。福島原発が津波に弱いのも指摘されていたのに、無視されたのだ。

Mr.NODA couldn't understand the Caution from the Top of China.
同じく、9/9、胡錦涛主席は野田首相に、「尖閣諸島の国有化重大な結果を招く」と警告していたが、2日後に日本は「国有化宣言」をして、胡錦涛主席のメンツをつぶすとともに、中国政府の対応をむつかしくさせてしまった。共産党は国内的には絶対に弱腰は見せられない。この事態を予測できなかった民主党の外交センスは最悪だ。(党内の権力闘争もあるし)

If it is so difficult let us put the problem away and think of it later.
「むつかしい問題は、棚上げするのが一番よい」、これは、鄧小平主席の言葉だが、実に賢明である。こんな小さな島のために、日中国交正常化以来、営々と築きあげて来た両国関係が崩壊してしまうなんて、がっかりだ。日系企業への襲撃も*十億円規模の大損害を出しているようだが、結局中国経済へ悪影響が出るだけと指摘されている。誰にとっても得にならない残念な事態だ。

The Negotiation is too difficult.
この問題をわざわざ顕在化して大騒ぎした某都知事の責任は大きい。彼は、「漁船なんか蹴散らしてしまえばいいんだ」と、無責任なことを行ってるし、自民党の総裁候補者の皆さんも、ここぞと、「領土は譲れない。海保の装備を強化せよ」なんて言ってるけど、間に合わないでしょうね。海自が出たらアウトだから、この交渉はすごくむつかしい。(多分民主党には無理)

There is a possibility of Regional Conflict and we must absolutely avoid it.
アメリカの軍事専門家は、戦争(地域紛争)になれば「緒戦では装備の優秀な日本が勝つ」と言ってるけど、実に無責任。海保が漁船に手を出して事故または偶発的な衝突が起きれば、エスカレートは避けられない。これは予想されることだから、それを防ぐには、絶対に手を出さないで、マイクによる警告に止めるべきだ。どうせ上陸してもすぐに大型台風が来るので、いつまでもいられないし。
(2012/9/18)

2012年9月17日月曜日

お化け灯籠

上野東照宮のお化け灯籠
This Huge Stone Lantern is called the Monster Lantern and which is one of the Biggest Stone Lanterns in Japan. Other two are in NANZEN-JI Temple in KYOTO and ATUSTA-JINGU Shrine in NAGOYA.
This Huge garden Lantern made of stone was offered as a gift from Sakuma daizen-nosuke Katsuyuki to the Tosyo-gu shrine in 1631.
水曜日に「上野寛永寺の石灯籠」としてアップしたのは、「東照宮」のまちがいでした。
本日、「マウリッツハイス展」の帰りに再びこの灯籠を訪れ、灯籠の棹の部分の由来を改めて読むと、「佐久間大膳朝臣が寛永8年に上野東照宮に奉納」とありました。

確かにここは本来、上野寛永寺の地所ではありますが、江戸幕府が寛永4年(1627年)徳川家康を祀る東照宮を建てたのです。実際この灯籠の左奥が東照宮参道です。
・・・というわけで、先のブログの記事は訂正します。(汗)

今度は精養軒の側に回って観察したところ、「台東区教育委員会の説明板」がありました。以下に引用します。

佐久間大膳亮勝之は、織田信長の武将、佐久間盛次の四男。母は猛将柴田勝家の姉という。秀吉、家康に仕え、信濃国川中島他で1万8千石を領した」
「灯籠の大きさは高さ6.06m、笠石の周囲3.63mと巨大で、その大きさゆえに「お化け灯籠」と呼ぶ。同じ勝之の寄進した京都南禅寺、名古屋熱田神宮の大灯籠とともに日本三大灯籠に数えられる」(台東区教育委員会)

由緒ある灯籠と言う訳だ。しかし、それにしては、東照宮の参道から外れた離れた場所にひっそりと立っているのが不思議です。先のブログでは、「忘れられた灯籠」とコメントしました。

そこで、ネットで調べたところ、私立PDD図書館のサイトで「神社関連の索引」を見つけた。その「お化け灯籠」の解説は興味深いので、そのまま引用します。

「上野東照宮へ石灯籠を納めるには十万石以上の大名に限られていました。一万八千石の大膳は当然奉納を許されませんでしたから、無理をして勝手に特大の灯籠を奉納して切腹となってしまいました。 ただ大きいからだけでなく、その大膳が夜な夜な灯籠の陰に現れたので、この名があるとも言われています」

うーむ、いい話ですね。だから、少し離れた場所に置かれているわけか?少し納得。
だが、こうなると、後の二つの灯籠も調べたいね。(2012/9/15撮影)




2012年9月15日土曜日

待ち時間50分で会えた。

真珠の耳飾りの少女(または青いターバンの少女)
Ms.EMI TAKEI, Japanese Actress posed as Girl with a Pearl Earring.
誰が仕掛けたのか?フェルメールの人気はものすごくて、この絵の前だけは、1列に通路が設定され、立ち止まらないで見て下さいと交通整理がいる。

絵画鑑賞というよりは、お祭の「見世物小屋」の雰囲気で、それはそれで楽しいんだけどね・・・。

1984年西洋美術館での「マウリッツハイス」展の時には、この絵も含めて展示はわづか42点。静かな会場でゆったりと観賞出来た。当時、フェルメールはほとんど知られていなかった。調べたら、当時の入場者は、15万2千人

2000年7月の「アムステルダム国立美術館所蔵レンブラント・フェルメールとその時代」展は、28万人

そして、今回の「マウリッツハイス展」は、9/7に来場者は60万人を突破したとのこと。調度、15万→30万→60万と倍々に増えているね。

東京都美術館に行く

マウリッツハイス展の入口には長蛇の列が。
The Long Line of the people who are going to enter the Exhibition of MAURITS HUISU
6月に前売り券を購入して以来、何度か都美術館を訪れ、その度に長蛇の列を敬遠してきた。
水曜日午後には、列がさらに長くなっているのにショックを受け、週末はもっと混むだろうと、この展覧会は断念した。
ところが、財布の現金が底をつき、他の展覧会に行く余裕もないことが判明。時間だけはあるので、今日は並んでも入場する覚悟で来た。

待ち時間はなんと50分。写真は、やっと館内に入り、入口に近づいたところ。(2012/9/15)





私のお奨めレトルトカレー

近所のスーパーでの調査結果
The World of Retort Curry is quite wide and deep.
レトルトカレーの世界は非常に奥深く、一朝一夕に語ることは出来ない。

その価格帯を見ても、(1)100円を切る格安エコノミー、(2)2~300円台のリーズナブル、(3)4~600円台のスーペリア、(4)700円以上のデラックス、1000円以上のウルトラデラックスまである。

写真のカレーの中では、左下の「グリコ、カレー職人、老舗洋食」(中辛)がなんと75円
右下の「ハウス、ザ・ホテルカレー」が238円。上の「中村屋インドカリー、ビーフスパイシー」が278円
同スパイシーチキン2袋入り」が458円。(だから1個は229円)です。(イトーヨーカドー)

グリコはネーミングはいいが、味は価格に見合ったものだ。ハウスは、高級そうな名前だが、リーズナブルな価格帯。これらに比べて、この中では、中村屋がダントツにおいしい。スパイスの効いてるのがいいですね。

ベストスリー

北野エースのレトルトカレーコーナーのベストスリー。


池袋東武デパート地下のスーパー「北野エース」の約300点という膨大なレトルトカレーの品ぞろえの中で、ベスト3は以下の通り。

(1)飛騨牛ビーフカレー(650円)
(2)キタノ、大人のためのビーフカレー(380円)
(3)広島名産かきカレー(500円)

なお、「資生堂パーラーのビーフカレー」(辛口)(500円)は番外だが、個人的に気になったので購入した。
(2012/9/12)

(注)ほぼ、毎晩カレーを食べ較べているが、流石ベストスリーは、個性的な味である。特に「広島かきカレー」は、独特。でも、カレー味だから、飛騨牛のお肉といってもピンとこないしね。「レトルトカレー」にそこまで期待するのは酷かもしれない。(9/17)

2012年9月14日金曜日

カレーの本屋?

東武デパート地下の北野エース、レトルトカレーコーナー。
There are more than 300 Retort Curry Packages at the KITANO ACE Super market in TOBU Department store in IKEBUKURO


ずらりと並んだカラフルな本棚に見えるが、これが実は、カレーなんだな。レトルトカレー300種類が並ぶ。

レトルトカレーの元祖はボンカレーだと思うが、その後、多くの食品メーカーが参入。また、老舗レストランや、地方色豊かなローカル系も参入して大きなマーケットを形成している。


なかうの二百円朝食

短期流動性が異常に低下、我が家に再びデフォルトの危機
うなぎ研究会は活動の一時停止を余儀なくされ、朝ごはんは、中卯の200円朝食。
You can enjoy this traditional Japanese Breakfast in only 200 Yen.

(1)連続4日間の日帰りツアーで、金沢、仙台、長野、田沢湖を一気に訪問して、約6万円を節約したと報告したが、冷静に考えると、実際に6万円得したわけではない。

(2)「大人の休日倶楽部」のチケットは15,000円で、もし通常料金で旅行した場合と比較すれば6万円強得したと言うだけだ。そして、旅先で、節約したつもりだったが、それなりのお小遣いを使ってしまったことも判明。

(3)そもそも9月は年金も出ないし、地震保険の更新月であり、さらに九州の親類の東京見物で結構お金使ってしまったので、厳しい時期だった。折りしも、国会では、赤字国債発行の法案廃案となり、予算執行上大きな問題となっているが、まさに我が家の家計も同じ状況であることが判明したのだ。

(4)緊急対策として、うなぎ研究会の活動は当面中止し、今後は低価格の食事の研究に構造改革します。
(5)例えば、この写真の「中卯の200円の朝食」だが、ごはん目玉焼き味噌汁のりつけものの5点で典型的な日本の朝ごはんだ。栄養価、価格の面で、パーフェクトと言ってよい。

(6)なお、今後の研究対象としては、レトルトカレーを考えている。さらに、自炊にも挑戦する。

大江戸再訪

土曜日限定の二本いかだに再挑戦。
There are Two Big Eels on the Rice in the JYU-BAKO BOX at OEDO Restaurant.
今年二度目のうなぎ大江戸の写真が残っていたので、少々旧聞になるが、掲載することにします。この店は、たしか3月に前田社長夫妻と訪問して以来だ。

この日、非常に疲れていた私は、鰻を食べたくなったので日本橋三越地下の「いずもや」を訪れた。限定10食、大串かば焼き2枚(肝吸い、お新香付)2,940円がお目当てだったのに、到着が遅かったためか、すでに無くてがっかりした。もしかしたら、平日のみだったのか?

そこで、方針変更して、コストパフォーマンスのよい、大江戸の土曜限定「いかだサービス」を目指したのだ。この日も、いかだ2本3,800円を注文。

いずもやの「うな重竹」が1尾で2,520円、が2,780円だから、大きさでいえば、その倍の、大江戸の「いかだ二本」はかなりお得である。

相変わらずの繁盛にもかかわらず、4人用個室に案内され、ゆっくり食事が出来た。この日のいかだはもちろんおいしく頂いたのだが、少々柔らかすぎのかんじ。(蒸し過ぎか?)やはり、いかだ二本は老人には多すぎるかも?大きければいいと言うものでもないと感じた。

土曜日限定は、いかだの他に、大丼3,600円中入れ丼3,600円というのがあり、仲居さんに同じ値段の説明を求めた。曰く、大丼は1尾使用で、中入れ丼はなんと、小ぶりのうなぎ2尾を二重(!)にしている。

他に、通常のうな重(半分カットの1尾分)、2,300円というのもあり、うなぎの大きさと「いかだ」か「カット」かの組み合わせで色々の組み合わせが出来る。次回は、「中入れ丼」に挑戦したい。
(訪問、2012/9/1)

ロシアの若者500人の日帰りツアー

テレビを見てたら、9/13にロシアの若者500人が13時間の横浜・東京日帰り観光ツアーを敢行したというので、うれしくなった。私以外にも、日帰りツアーが好きな人がいるんだね。

これは、ロシアのAPECの会議で、9/8に、プーチン大統領から野田首相に、急に500人分のビザ発給の依頼があって実現したそうだ。「APECを支えたボランティアの若者へのご褒美」という趣旨で、11日に船でウラジオストック出発。13日9時に横浜着、夜10時に飛行機で帰るという日程。

ビザ発給から実施までのスピードも速いが、日程も忙しすぎる異例のツアーだった。領土問題経済協力と、ご近所付き合いが微妙な時代、背景を勘ぐる向きもあるやに聞くが、屈託のない若者が喜んでいる映像を見ると、よかったと思う。

これを機会に、日本の楽しさに目覚めたロシアの若者が、日本を再訪すれば、相互理解は絶対に深まるはず。そして、世界平和のためには、国家レベルだけではなく、個人レベルのお付き合いが絶対に必要だ。

小生の周辺を見渡しても、ケープタウンでアフリカや中東の学生と一緒に学ぶKAZUYA
君や、ネパールの協同組合に大いに貢献したJUKU君、中南米で長期間働いたK君などは、現地の人に、日本への興味を持ってもらう役割を果たしたと思う。

だから、中国と韓国との民間交流が続々とキャンセル・延期になってるのは悲しいね。国家の主権を声高に主張する人たちの大きな声に流されないようにしたい。残念ながら、一般的には、強硬論の方が通り易いけど・・・。

ところで、ロシア人の日帰りツアーの行程は、(1)横浜ランドマークタワー、(2)皇居前広場、(3)国会、丸の内、銀座、(4)芝増上寺、東京タワー、(5)浅草、(6)お台場というような内容だった。(正確に記憶してないけど)

これを見て、小生が企画する「QUICK TRIP」とほとんどダブってるのに気が付いた。
アレッサンドロ(イタリア)は、横浜に宿泊したので、もちろん、ランドマークタワーに登り、皇居前広場銀座を案内した。6月に、ビリーとボニー(アメリカ)が来た時は、銀座浅草お台場だった。ギュンターとエレン(アメリカ)の時は、神楽坂靖国神社国会に行った。でも、増上寺と東京タワーには行ってないね。

さて、ロシアの若者たちのツアーは、大人数のため、押せ押せの行程になってしまい、結局、浅草、銀座はカットしたらしい。15台が同じコースを回るのに無理があるね。5台づつ3コースを回れば少しは混雑緩和できた。次回は、ぜひ1泊して、明治神宮の森にも行って欲しい。

2012年9月13日木曜日

御徒町駅前通りの喫茶丘

上野徘徊の最後は喫茶丘の珈琲で。
Cafe OKA is an old fashioned Cafe in the middle of UENO and OKACHIMACHI.
上野駅と御徒町の中間に位置する喫茶丘は、まさに昭和の喫茶店だ。地下1階と2階があるが、小生のお気に入りの座席は、地下一階の吹き抜けのシャンデリアの側だ。

久しぶりに入ったのだが、夏の午後の気だるい雰囲気、無愛想な美人ママ、粉っぽいコーヒーの味と、昭和の喫茶店の必要十分条件を満たしている。

ガラスの砂糖入れを出す時に、さりげなく蓋を開けて行くサービスや、ステンレスのミルク入れが実にいいのう。

The Cafe OKA in OKACHIMACHI is one of my favorite cafes in Tokyo. Where you can feel the old days of SHYOWA, 1960s or 70s.

帰りに改めてこの界隈を観察してみたら、王城とか、名前を覚えられなかったけど、昭和っぽい喫茶店がいくつかある。だが、地下に二階ある重層的な喫茶店はここだけだと思う。







上野みはしのかき氷

熱帯と化した東京に、かき氷は欠かせない。
We need KAKI-GORI, the Crashed Sweets Ice in Tropical Tokyo.
東京の文化の集積地たる上野で、美術展に行った後、うなぎ屋甘味屋喫茶店と巡回するのは、小生にとって、一種の「就眠儀式」のようになっている。

鰻屋が、そば屋、カレー屋、とんかつ屋、洋食屋になったり、甘味屋がケーキ屋になったりバリエーションも豊富です。

と言う訳で、マウリッツハイス展をあきらめた私は、亀屋の帰りに極めて自然に、みはし本店に向かった。9月半ばと言うのに、35度の残暑。当然「かき氷」を食べるべきだ。

幸いタイミング良く、店頭の列は短い。すぐに4人掛けの席に案内され、氷宇治(630円)を注文。名前は氷宇治だが、宇治金時である。白玉も付いてる。

結局、今夏、銀座松橋煎餅池袋フラミンゴ金沢兼六園茶店長野善光寺やよい、そして、上野みはしと、全国5ヶ所で5杯の氷宇治金時を頂いたことになる。

来年は、西日本の「かき氷」も食べたい。

2012年9月12日水曜日

池の端、亀屋一睡亭(2)

亀屋の店内、壁には秋の月とうさぎの色紙。
The Fantastic Interior of KAMEYA EEL RESTAURANT.
鰻屋の店内の印象は千差万別と言っていい。亀屋は、うなぎやとは思えない趣味の良さと清潔さで最右翼にあると言っていいだろう。ご覧の一階席の秋の演出は見事だ。
よく見えないけど、右手のかごには秋の草が活けてある。1階窓際も落ち着く。さらに2階の座敷がいいんだなあ。

対極(最左翼)が、荻窪北口の川勢だろう。カウンターのみの狭い店内にぎっしり詰めて、親父さんが目の前で捌いていくのが活気があって素晴らしい。
銀座ひょうたんやも目の前でどんどん焼いて行くのが楽しい。ただし、ガラスで仕切られている。

伊豆栄いずもや赤坂ふきぬけ伊勢定美国屋などはごく普通(中間)だ。竹葉亭神田川は老舗の貫録がすごい。尾花の大広間久保田の飾り気のなさ、こじんまりした新宿こばやし、神田きくかわの店は、それぞれ特徴があって楽しい。
亀屋に近いのは神楽坂の志満金だ。赤坂の宮川も近い。

池之端、亀屋一睡亭(1)

残暑の午後は、何故かうなぎを食べたくて
KAMEYA at IKENOHATA in UENO is an Excellent Eel Restaurant.
上野の山を下りて池之端に来れば、足は自然に亀屋に向かう。値上げ後久しぶりの訪問の目的は、亀屋のうなぎの現状と傾向の偵察だ。午後も大分遅く、1階の客は、小生と同類の年金生活者と思しき男性二人組のみ。その二人も食事が済んで帰るところで、間もなく私一人となる。ここは、都美術館まえの喧騒がうその様な、静謐な別世界だ。

さて、メニューで新しい価格帯をチェックする。

たしか1,900円くらいだった、いつも注文するうな丼は2,310円(吸い物付き)と苦心の値段だ。

うな重松が3,250円、同竹が4,620円かば焼き御膳5,670円と続く。

かなり年配のお姉さんに、うな重松うな丼の違いを質問すると、うな丼は半尾、うな重は1尾と、量の違いだ。うーむ、かつてうな重1尾だったが、ついに半分か。嗚呼!

財政厳しい折、たとえ半分でも「うな丼」にすべきか、やはり「うな重」で1尾食べるべきか、すごく迷った。シェークスピア風に言えば、To eat or not to eat, it's a Question.

一旦はうな丼を注文したのだが、いつ首都直下地震がくるかも分からない時代、尖閣諸島をめぐって中国と戦争になったり、韓国軍が竹島を占領したり、福島第一原発4号機の燃料プールが破損して放射能汚染から避難する事態になるかもしれない等と、走馬灯のように、日本の直面するリスクが頭を駆け巡った。この間、時間にして約1.5秒。

「人生、一瞬先は何があるか分からない」。思い残すことのない様に、悔いなき人生を全うするために、注文を「うな重松」に変更したのである。そして、その選択は正しかった。大きすぎず、小さすぎず、端正な佇まい、ふっくらとした蒸し加減、適度な歯ごたえ、わたし好みのタレ。やはり亀屋は素晴らしい。

(注)この時、比較の対象は、先月末に再訪した大江戸の大きくて蒸し過ぎのうな重、ワイルドなひょうたんや、タレがからい神田川いずもや本店などが念頭にあった。

寛永寺の灯籠

上野寛永寺の巨大灯籠。かなり大きい。(注)
A Big Stone Lantern of KANEI-JI Temple at UENO
今日は、英語学校の最終日で、最後に皆で記念写真を撮った。(でも、公開するのはやめときます)2年間の授業は、ほとんど個人レッスン状態であったが、今年になってからクラスメートが1人来るようになって、クラスに活気が出た。

さて、「マウリッツハイス展」のチケットを持っていたので、学校終了後に、上野に出かけてびっくり。都美術館の前は、炎天下長蛇の列。一瞬信じられない光景に立ちすくんでしまった。

展覧会は9/17までなので、今週末は混雑はますますひどくなるだろう。まあ、フェルメール「真珠の耳飾りの少女」は前の展示の時見てるし、名画を並んで見るのは気が進まないので、多分このチケットは無駄になるでしょう。

というわけで、上野公園をぶらぶら下っていくと、この灯籠に出会った。かつて上野公園一帯は全て寛永寺の土地だったが、今は山手線よりの一角に縮小してしまった。

ここは、公園と精養軒の間の緑地でホームレスのテントハウスがちらほら。つまり、見捨てられた灯籠なのだ。それにしても台座の見事さ!(2012/9/12)

(注)その後の調査でこれは、寛永寺ではなく、上野東照宮の灯籠であった。しかも由緒ある灯籠なので、別項にて、訂正・解説します。

三笠会館の冷やし中華

揚州料理 秦淮春(しんわいしゅん)の涼麺
Chinese Cold Noodle at MIKASA KAIKAN in GINZA
今夏、かき氷は食べたが、冷やし中華を食べないうちに、いつの間にか9月も半ばにさしかかり、すでに暦の上では秋となった。だが、気温は35度近く、シンガポール並で、実に暑い。そこで、銀座に来たついでに、三笠会館冷やし中華を頂くことにした。

三笠会館は、昔から並木通りにある名店で、若いころは、中2階の比較的リーズナブルなイタリアンに来るのが楽しみだった。一度、妻を連れて来た時、間違えて2階高級フレンチ「榛名」に入ってしまい、メニューを見て後悔したつらい記憶があるけど、随分昔のことだ。

4階揚州料理の店、秦淮春は、評判がよく一度来たかった店だ。冷やし中華があるか心配だったが、通常8月終了のところ今夏は来週まで延長とのこと。
13種類の具がきれいに盛られた、期待通りの美しい冷やし中華(涼麺でした。(2012/9/12)

2012年9月11日火曜日

4日間の旅で出会った人々

東日本一人旅、四日間のまとめ
9/7~10の4日間、恒例のJR東日本大人の休日倶楽部4日間乗り放題切符で連続4日の「日帰り旅行」を敢行した。本来なら、3泊4日の優雅な旅行をしたい所だが、母の介護のために夜は家に帰らなければならないのと、宿泊代が無いので、「日帰り」となるのだ。

仙台に行く場合、通常なら往復約2万円かかるところを13,000円~15,000円で行けるので、単純に家計節約と位置付けていた。

だが、今年に入って、1月に大雪の青森に行って以来、「限られた時間でなるべく遠くに行く」ことが自己目的と化してきた。その際、新幹線の存在が大きいことにも気が付いた。例えば、「何故あなたは旅に出るのか?」と問われれば、「そこに新幹線があるから」と答えるだろう。

6月には、青森新幹線で、三内丸山遺跡、青森県美術館などを訪問。青森日帰りは常識となった。そして、今回、金沢日帰りと、秋田日帰りに挑戦することになったのだ。こうなると、仙台とか、長野日帰りはごく当り前のこととなり、刺激が少なくなった。

さて、全体を振り返ってみると、
9/07(金) 金沢日帰り・兼六園、(乗車時間往復 7時間、通常料金は往復22,220円)
   8:14大宮発MAXとき307号 9:14越後湯沢発はくたか4号、11:59金沢着。
   14:14金沢発、はくたか17号 16:54、越後湯沢発 MAXとき336号、17:54大宮着。

9/08(土) 仙台日帰り・JAZZフェスタ、(2時間半、19,740円)
  10:22 大宮発 はやて21号、11:37仙台着 (滞在約5時間)
  16:26 仙台発 はやて30号、17:42大宮着

9/09(日) 長野日帰り、善光寺山門、東山魁夷美術館、(2時間半、11,560円)
  08:18 大宮発 あさま507号、09:45 長野着 (滞在約5時間半)
  15:26 長野発 あさま534号、16:50 大宮着

9/10(月) 田沢湖 (5時間16分、28,340円)  Cf. 時間、料金はいずれも往復分
  08:54 大宮発こまち17号、11:32 田沢湖着、12:50同発、12:00田沢湖畔着(滞在2時間半)
    14:29 田沢湖畔発、15:05田沢湖発こまち30号、 17:42大宮着

4日間で列車に乗っていた時間は合計で17時間16分。通常料金は8万1,860円となる。
これが15,000円ですんだので、差し引き6万6,860円の節約となる。(笑)

出会った人たち
金沢では、同期のM君に会った。先日立川であったばかりだったが、金沢に行くという約束を果たせたのはよかった。惜しむらくは滞在時間2時間では余りに短い。次回は4時間の滞在を目指す。とは言え、意外にも、兼六園の時雨亭にて抹茶を頂き庭園を観賞すると言う優雅な滞在であった。

仙台では被災した先輩のKさんにやっと会えた。未だ、2800人の行方不明者がいる中、喪失の苦しみから一時はうつ状態になったというが、今、ボランティア活動を通じて回復してきたKさんからは、貴重なお話を伺った。

金沢からの帰路、直江津から大宮まで隣り合わせになった20代の女性からは、北陸が東京、名古屋、大阪の各地とつながっていることを教えてもらった。彼女は名古屋の友達に会いに行くのだが、そのコースは、直江津→越後湯沢→東京→名古屋→大阪→(金沢)→直江津と、サークルになっているのだ。行政的には名古屋だが、大阪に行くことが多いという。若い女性とお話するのは楽しい。

こまちの車内で出会ったのは、小生の同類と思しき軽装の一人旅の男性だ。彼からは、日帰りで十二湖まで行き、白神山地をハイキングしてきた話を聞いた。秋田まで行き、五能線を使うのだ。これは、次回の課題としよう。この日は彼は、角館日帰りだとのこと。

田沢湖では、熟年カップルと写真の撮影をしたり、親切なスタッフから色々の話を聞けた。そういえば、若いころは、ユースホステルで知り合いになった若者と同行することが多々あった。旅先での出会いは意外性があって楽しいですね。





田沢湖駅

瀟洒な田沢湖駅外観
JR TAZAWAKO Station is New anda Very Cool Station.There are Taxis, Renta cars and Buses to the Lake TAZAWA or TAMAGAWA ONSEN, Hot Spa area.
最後に田沢湖を訪れたのが1988年だから、実に26年振りの再訪である。

まず、田沢湖駅の美しさに驚いた。もっと素朴な普通の駅だったのに。むかし付き合ってた彼女に再会したらすごく綺麗になってるのでびっくりしたけど、よく見ると化粧もきつくて、かつての清純さは見られないと言ったところか?

2階は韓国ドラマ「アイリス」の宣伝コーナーになっていて、今風の女性スタッフが一人手持無沙汰にしている。どうやら、田沢湖がロケ地だったらしい。

1階には、観光案内所があり、こちらは典型的な秋田美人のお姉さんがいたので、帰りに、温泉情報に関して沢山質問してしまった。(行きは、田沢湖行きのバスがすぐ出るので忙しかった)

一番近いのが(1)駒ヶ岳の山麓にある「水沢温泉」郷で、駒ヶ岳に登っていくと、(2)「田沢湖高原温泉」郷。さらに登ると有名な(3)「乳頭温泉」郷に至る。少し戻って341号線を鹿角方面に行けば、これも有名な(3)「玉川温泉郷」に至る。(玉川温泉は遠い)

乳頭温泉、日帰り入浴情報
このうち、乳頭温泉の日帰り入浴の情報を得た。4-11月の期間限定で、鶴の湯、孫六、蟹場、大釜、黒湯、休暇村の各温泉は、500円で入れる。妙の湯のみ1000円。大部分は月曜日が清掃のために休み。(月曜休日の場合は火曜)。と言うことは、火曜か水曜日に来れば綺麗な温泉にゆったり浸かれるわけだ。

なお、露天ぶろは混浴が多いが女性専用風呂も完備している。時間は早いのは7時(孫六)だがおおむね9時か10時から17時である。鶴の湯と妙の湯は15時まで。
この情報を事前に知っていれば、混浴レポートが書けたはずである。(2012/9/10)

神秘の湖(3)

湖畔から見て、田沢湖の左側

神秘の湖(2)

湖畔から、田沢湖の真ん中を見る。
遊覧船の船着き場に続く桟橋を歩く二人。
熟年夫婦が似合う景色ですね。

2012年9月10日月曜日

神秘の湖(1)


田沢湖湖畔から右側を望む。
やや曇りで、湖面も静かだ。3枚の写真は右から左につながっています。

田沢湖(9) ボート再び

白鳥の湖?
SWAN LAKE or SWAN BOATS at LAKE TAZAWA
向うの方に、コアラとか亀の顔のボートがあったが、あまり使われてなくて不気味。スワンのボートは、ずっと前に乗ったことがあるような気もするが?

ところで、家族で田沢湖に来たのは1988年か89年頃だと思う。田沢湖プリンスホテルに泊まって、乳頭温泉までドライブしたっけ。実に24年前のことだ。

田沢湖(8) ボート

田沢湖畔のボート場をぼーと見る。
このボートは白鳥の形で、カップルで漕ぐのが正しい。老人が一人で漕ぐのは苦しい。

田沢湖(7) 神秘の湖

田沢湖(6) ソフトクリーム辰子伝説

田沢湖レストハウス・オリジナルソフトクリーム辰子伝説
The Blue Soft Ice Cream is designed as the Lake Tazawa.
さっきの味噌たんぽは、秋田の親父が焼いてたが、こちらのソフトクリームは秋田美人のお姉さんが作ってくれた。

曰く、「青い色はラムネで、田沢湖の碧さを表し、ウエハースは、湖畔に佇む辰子姫を表現しています」。同じく300円。

The Blue Color of the Soft Cream by Soda means the Blue Water of the  Lake TAZAWA and the wafers standing the side of Ice Cream means the TATUKO Statue standing at the lake side.

Tatsuko was a beautiful girl but was changed to a dragon by God. She lives in the depth of the lake.

田沢湖(5) みそたんぽ

きりたんぽならぬ味噌たんぼ
MISO-TANPO is a MISO Taste KIRITANPO, Grilled Rice around a stick.
湖畔の駐車場をはさんで、田沢湖レストハウスと共栄レストハウスがある。競合してるのか共存してるのか分からないが、雰囲気は微妙に異なり、田沢湖レストハウスの方が湖の眺めがよい分有利と見た。

この味噌たんぽは、あえて共栄の方で食べた。典型的な秋田の親父さんが焼いてる。300円。

田沢湖(4) レストハウスからの眺め

The Beautiful Lake View from the restaurant
田沢湖レストハウスの窓からの眺め。なかなかいい景色です。少し晴れてきた。
レンタサイクルで一周、または対岸の辰子姫まで走るというのも考えたが、対岸まで行けば帰らなければならないから結局一周することになる。

ちなみに、辰子像まで約10kmで、30~40分。
一周の場合は、時計回り休憩込みで約2時間とのこと。

ランチは比内鶏の親子丼

比内鶏の親子丼、稲庭うどんつき
OYAKO-DON, Hinai Chicken with Egg and INANIWA UDON Noodle are Famous Local Dishes in AKITA Prefecture.
当初、秋田市内にて稲庭うどんを食べるのが目的だった。秋田と言えば、きりたんぼしょっつる鍋稲庭うどん、それに様々な漬物じゅんさいなど。
田沢湖レストハウスのメニューには、これらが一応ずらりと並んでるので、非常に迷ったが、比内鶏と稲庭の文字に魅かれた。1200円。

まあ、親子どんぶりにはかなりうるさい小生の舌には物足りなかったし、この比内鶏いやに歯ごたえがあって老人には苦しかったが、漬物が豊富でよかった。すなわち、ごぼう、にんじん、たけのこ、山菜などの和え物。きのこの和え物。からし漬。そして写真中手前のいぶりがっこ等。美味也。


田沢湖(3) 船着き場


遊覧船に「たざわ」と書いてあるので、ここが田沢湖であることがよく分かる。
一周1170円つまり「いいな」。約40分でもどってくる。
今回、12時のに乗ろうと思えば、時間的には乗れたが、お金がなかったので断念した。

田沢湖(2) 魚がいっぱい

田沢湖の水質は改良され、ウグイが戻ってきた。
There come back Fishs, UGUI in Lake Tazawa
かつては孤立した水系のために摩周湖に迫る透明度(31m)を誇り、天燃のクニマスが生息していた田沢湖であったが、1940年の玉川毒水の導入により魚類は全滅。

1972年から中和処理を開始、40年経った現在は、ご覧のように放流されたウグイが見られるまでに回復した。

ぎょぎょっの「さかな君」が発見して話題になったクニマスも、いつか戻ってくるといいですね。