2013年1月31日木曜日

ゆばそば

東武日光駅前の旭屋食堂にてゆばそば食べる。
I tried YUBA SOBA hot noodle at the ASAHI-YA Restaurant at NIKKO
JR駅周辺の見所は、日光スギ並木だが、寒いので、ちらっと見て終り。銭湯もあったが湯ざめしそうなのでパス。

東武日光駅方面に坂を登っていくと、おいしそうなお土産屋さんが沢山ある。また、金谷ホテルの送迎バスが居たので、頼めばホテルに連れてってくれると思う。金谷ホテルで、洋食ランチもいいね。

でもあんまり寒いので、脳溢血になりそうだ。命の危険を感じた私は、旭屋食堂に入り、ゆばそばを注文。どうやら、日光は湯葉が名物みたいです。甘くて柔らか。

その後、近所の土産物屋の店先で、湯葉まんじゅうのカラ揚げを試食。これはゆばまんじゅうを天麩羅みたいにあげたもので美味しかった。(2個買って電車で食べた)

また、金谷ホテルベーカリーにて、100年カレーのレトルトをお土産に購入。チキン880円也。(最高のレトルトカレーです)

JR日光駅正面

JR日光駅は瀟洒な洋館である。
The Front of NIKKO STATION is a beautiful old fashioned building.
電車で日光に来たのは初めてだ。これまでは車(バス)でしか来たことがない。

最後に来たのは確か前世紀末の1995年頃?観光の添乗員として、東照宮参拝後、金谷ホテルでランチを頂いた。

今、初めて国鉄の駅舎を見て、感動した。
でも駅前はちょっと淋しい。それにむちゃくちゃ寒い。雪はないのに寒風がこたえる。

もう少し上の方に東武鉄道の駅舎があって、こちらはスイスの山荘風。大きな三角屋根がわざとらしい。駅前はお土産やさん、食堂が並んで観光地らしい雰囲気だ。

11時半頃赤羽を出て、ここに着いたのが13時20分だから、2時間で来れるね。ここから東照宮は至近。でもこの日は寒いので止めた。滞在わずか1時間。

この写真を撮っていたら、14時20分発の発車ベルが鳴った。急いで走り出したら、電車を止めて待ってくれた。これから、宇都宮で餃子を食べるのだ。

2013年1月29日火曜日

週末は日光で

日光線の列車は、表情が豊かだ。(日光駅ホームにて)
The Face of NIKKO Line Train is so cute!
大人の休日チケットは4日間で15000円乗り放題である。

例えば、「寿司食べ放題2時間4000円」の場合、最初に、ウニ、トロ、イクラ、大トロなどを重点的に押さえてしまえば、充分余裕で、その後は、シャコ、赤貝、あおやぎ、こはだなどを冷静に味わう。さらに、中トロ、ヒラメ、ほたてなどで呼吸を整えると、満腹なので、玉子焼とかかっぱなどでしめたくなる。

この「大人の休日チケット」も、(1)最初に東京-青森間(片道15,470円、往復30,940円)で元は完全に取ったので、(2)田沢湖乳頭温泉は、落ち着いて楽しめた。さらに(3)会津若松は余裕。そして、4日目は、かなり投げやり、休もうかなあと思っていたのだが、12時に大宮駅に来ると、12時6分のやまびこ59号に乗ってしまった。

最初は、時間も遅いし、「宇都宮で餃子でも食うか?」と考えたのだが、12時29分に宇都宮に着くと、10分後に日光線が出ると言う。駅員に、日光まで何分か聞くと45分くらいというので、この各駅電車に乗りました。

到着は13時20分。12時38分発だから、えーと、42分か。
新幹線を使えば、東京駅を10時に出ても、12時半には着くから、手軽な遠出と言ってよい。(片道4920円)
(2013/1/26)

2013年1月28日月曜日

The Review of Quick Trip AIZU

会津若松駅の寒風吹きすさぶホーム。
Three Hours Quick Sight Seeing at AIZU WAKAMATU
IF you would like to visit AIZU WAKAMATU, please mind it is very cold in winter.
But I really recomend the beautiful castle in snow. It is fantastic.
この小旅行で、多くのことを学んだので、忘れないようにメモしておこう。

(1)まず、冬の会津は寒いことがよーく分かった。雪も多く、磐越西線も遅れる可能性があるので、注意しよう。

(2)冬の鶴ヶ城はものすごく美しい。20年くらい前に夏休みの家族旅行で来たことがあるが、「観光シーズンに見るお城」という印象だった。今回は、なにか別世界に迷い込んだような気がした。

(3)東京からわずか3時間でこれることが分かった。特に、磐越西線の風情がいいねえ。でも、1時間に1本しかないんだ。

(4)市内観光には、レトロバス、「ハイカラさん」と「あかべい」が便利。だけど、夏の旅行シーズンは対応しきれないだろうね?(定員20人くらい)(500円乗り放題)

(5)この日、小生が滞在したのはわづか3時間。鶴ヶ城を速攻で見るのがやっとだった。昼ごはんも食べなかった。(3時間で来て、3時間滞在で、3時間で帰るから9時間必要ですね)

(6)それで、駅で「ソースカツ弁」(900円)を買って、磐越西線普通車両で食べたんだが、なんとご飯が凍ってるんだ。お茶かけて溶かしながら食べたんだ。

(7)やはり、磐梯熱海か、東山温泉、土湯温泉または猪苗代湖畔に1泊したいねえ。

(8)春休み以降、観光客が押し寄せると予想されるが、心配なことがある。それは、鶴ヶ城にはトイレが少ないということだ。お城に入る前に、管理事務所(喫茶)のそばにあるトイレに行くべし。今回、小生は、すごく冷えて、お城から、一旦管理事務所まで行って、再び戻って、茶室に行った。

(9)冬の会津の魅力を発見。写真の吹きさらしのホームで遅れる電車を待ってるうちに、「ソースカツ弁」のご飯が凍ったのだ。でも、雪の会津の魅力は捨てがたいです。
(2013/1/25)

駅前に立つ白虎隊の像

会津若松駅前の白虎隊の少年像
Statue of the Soldier Boys of BYAKKO-TAI, White Tiger Guard in front of the Station. 

慶応4年(1868年)の戊辰戦争(BOSINN-WAR)は、1月の京都、鳥羽伏見の戦い、4月の江戸城開城、彰義隊の戦いを経て、翌年5月の函館五稜郭の戦いに至る16ヶ月の戦争である。明治新政府(官軍)が、旧幕府軍を賊軍として攻撃、撃破することで、権力を確立した血みどろの内戦であった。

官軍(新政府軍)の構成は薩摩・長州・土佐など。対する幕府方は、会津・庄内など。さらに仙台・盛岡などの奥羽越列藩同盟などの、旧体制であった。

この戦争は、諸外国による日本の植民地化を防ぎ、近代国家の体裁を整えるための新・旧勢力の権力闘争であり、その過程では多くの血が流された。

8月の会津戦争は、戊辰戦争のピークというべきもので、鶴ヶ城に籠城した会津藩と官軍が激しく戦った。白虎隊の悲劇は、そのような状況下で起こった。

「16-17歳の少年で結成された白虎士中二番隊20人の集団自刃である」「戦場から退却して飯盛山にたどりついた彼らは、黒煙を上げる城下を眺めて、もはやこれまでと自刃を決意。幼時から教えられた忠義の精神が彼らをそうさせたのだろう」(ステラ特集より引用)

お城の四方を守る守備隊は、東西南北、それぞれ、白虎、青竜、朱雀、玄武の名前がつけられていた。白虎隊は東を守っていたのだろうか?

<参考>堀内孝夫の「愛しき日々」 (小椋佳 作詞)
(1) 風の流れの 激しさに 告げる想いも 揺れ惑う。
  かたくななまでの 一筋の道 愚か者だと わらいますか。
  もう少し 時が ゆるやかであったなら

(2) 雲の切れ間に 輝いて 空しき願い また浮かぶ
  ひたすら夜を 飛ぶ流れ星 急ぐ命を わらいますか。
  もう少し 時が 優しさを 投げたなら

(3) いとしき日々の はかなさは 消えのこる夢 青春の影
  気まじめ過ぎた まっすぐな愛 不器用者と わらいますか。
  もう少し 時が たおやかに過ぎたなら

(4) いとしき日々は ほろにがく 一人夕陽に 浮かべる涙。
  いとしき日々の はかなさは 消えのこる愛 青春の影。



会津若松のお土産(2)

桜佃煮(さくらつくだに)を発見
SAKURA TUKUDANI, cooked horse meat is very suitable to hot rice.
大河ドラマ「八重の桜」にちなんだ佃煮まであるのか?桜の花を入れたものか?と質問したら、さにあらず。桜肉(馬肉)の佃煮で、昔からの名物とのこと。知らなかった!

早速買い求めて(150g、880円)、さっき食べてみた。馬肉と糸こんにゃく(しらたき?)、しょうがを、砂糖、酒、みりん、醤油で煮た、素朴な家庭料理の味だ。製造は「鴬宿亭」。

折角なので、「八重の桜」のヒロイン、幕末のジャンヌダルク、新島八重に扮する、綾瀬はるかと撮影してみた。桜つながりです。

会津若松のお土産(1)

会津若松駅で買った和菓子みっつ
I bought three Japanese Sweets at the Station.
花雪(はなゆき)、楽笑栗(らくしょうぐり)、長平最中(ちょうへいもなか)
花雪はこの日の天候にふさわしい名前の「くるみゆべし」、楽笑栗は、まんまるいお饅頭。そして、長平最中は、四角い最中で「長」の文字がついてる。

鶴ヶ城の入場券は500円だが、天守閣だけでなくて、本丸にある茶室「麟閣」(りんかく)にも入れる。時間がなかったが、折角なので見学して抹茶を頂いた。

実は、千利休が切腹した時、会津藩主の蒲生氏郷が、利休の子の少庵(しょうあん)を会津に匿い、その後、秀吉に千家再興を願い出た。その結果、千少庵は京都に帰り、千家茶道が絶えることを防いだという。知らなかった。

少庵の息子、宗旦の後、武者小路家、表千家、裏千家の三千家が興され現在に伝わったのだ。会津は、茶道の歴史上も大切な場所なんだね。

茶室「麟閣」は、雪囲いされ、中には入れない。写真だと結構な御庭なのに、とにかく寒くて、切符売り場の裏の小屋で抹茶を頂いた。見学者は小生一人でなんとも淋しい。ストーヴがんがん焚いて暖かで落ち着くけどね。

聞けば、4月から11月まで毎月7日(少庵の月命日)に月例の茶会があると言う。月ごとに異なる流派のお点前が楽しめる。例えば4/7(日)は、表千家、5/7(火)は裏千家淡交会・会津支部だ。

そんなこともあって、会津のお菓子に期待して求めたお土産です。おいしく頂きました。



2013年1月25日金曜日

吹雪の中の鶴ヶ城

吹雪の中に立つ会津、鶴ヶ城の雄姿。
The Tsuruga Jyo Castle of AIZU WAKAMATSU is in snow storm.
午後になると、雪はだんだん激しさを増してきた。天守閣からの景色は白一色だった。

この日、(1/25)小生はどこに行くべきか朝まで迷っていた。23日に青森、24日に秋田と出かけたので、順番だと、山形か宮城ではないか?

しかし、朝出遅れたのと、日本海側は大雪との情報もあり、日曜日のNHK大河ドラマの舞台、会津に行くことにした。我ながら実にイージー。当初予定は下記の通り。

09:26 大宮発、やまびこ129
10:19 郡山着
10:14 郡山発 あいづライナー1号
11:52 会津若松着(滞在約3時間)

15:06 会津若松発 磐越西線各駅
16:17 郡山着
16:26 郡山発 つばさ88号
17:22 大宮着

実際には、大宮発9時6分の列車に乗れたので、郡山で30分ほど散策したが、見るべきものなし。

会津若松に到着したら、すぐに観光バスを見つけた。(前ページ写真)鶴ヶ城入口まで行くという。10分くらいかなあ?
観光客はほんの数人。吹雪で寒い!

そして、雪に転びそうになりながらやっとたどり着いたお城。その美しさに感激。だが寒い。
そして、入口はまだまだ先なんだ。(左のゆるい坂を登って、右に行くと切符売り場がある)



鶴ヶ城の桜

八重の桜ならぬ雪の桜
The Winter Cherry blossom blooming Snow Flower.
In the long entrance road to the TURUGA-JYO Castle I found some beautiful Cherry Blossoms. Of course it is not the real flower but Snow.
Even though it seems the real flower in the cold winter.
枯れた桜の木に樹氷が花を咲かせていました。

この時、デジカメで沢山写真を撮ったんだけど、携帯電話でも一枚撮影したのがこれです。

何故かと言うと、デジカメの写真を、ブログに載せる技をまだ習っていないのです。

会津若松観光バス

このバスは、ハイカラさん。鶴ヶ城まで二百円です。
There are two Sight Seeng Bus in the City of AIZU WAKAMATU
One is this Green Car, HAIKARA Bus and the another is Red one, AKA-BEI Bus.
フリーチケット500円を購入すれば何回でも乗れます。

会津若松駅に到着

The Front of AIZU-WAKAMATU Station
この時は、一瞬、晴れ間も見えたのだが、すぐに雪が降ってきた。

ウエーン、窓の外は真っ白

頭の中も真っ白。青森、秋田ともに軽装だった。オーバー、マフラー、手袋はしてるけどね。毛糸の帽子とブーツが必要と思われる。

磐越西線、翁島駅にて

吹雪のためにポイントが凍る。すでに磐梯熱海で15分遅れていた列車は、さらに遅れる。少し後悔してます。

猪苗代湖駅にて

会津ライナー

郡山から会津若松を目指す。
The Beautiful AIZU LINER TRAIN starts KORIYAMA to AIZU-WAKAMATU in one hour.
会津ライナーの雄姿。白と薄紅の美しい先頭車両。
白は白虎隊、紅は桜を表していると勝手に解釈しました。
または、赤べこの赤かも?

予定では、10時44分に郡山を出たライナー号は11時52分に会津若松に到着するはずだった。だが、山間部に入った途端、吹雪となり、翁島などにも停車したため、20分ほど遅れた。

乳頭温泉にて

2013年1月24日木曜日

妙の湯のお昼ご飯

乳頭温泉の宿、妙の湯でお昼ごはんを頂く。
The Special Lunch of the Spa, TAEno-YU, hot spring at NYUTO ONSEN in AKITA.
手前のお刺身は、ニジマスとイワナ。その上に見える焼き物は、ヤマメの塩焼き。左上はきのこ汁です。他に、山菜や煮物、手前に見えるのはあぶりがっこ(燻製漬物)。

露天風呂からの景色

妙の湯温泉全景

乳頭温泉妙乃湯に到着

秋田県の乳頭温泉は、田沢湖駅からバスで50分くらい。
「妙乃湯」向かいの停留所は、雪に埋もれていた。

バスに追い付く

ついにタクシーは乗り遅れたバスに追いついた。

田沢湖高原スキー場

秋田駒ケ岳の威容

The White Peak of AKITA KOMAGATAKE mountain against Blue Sky.
The Beautiful View of the Snow Mountain over the virgin Snow.

冬の秋田駒ヶ岳

雪原の向こうに駒ヶ岳の峯が見える。
AKITA KOMAGA-TAKE Mountain over the Snow Field.
列車の遅れにより、田沢湖到着は、20分以上遅れた。既に羽後交通の乳頭温泉行きのバスは出発した後であった。

雫石にて列車が停車

秋田新幹線「こまち」が約20分の遅れ。
Today's Destination is NYUTOH ONSEN in AKITA. But there happened the Delay of the Bullet Train, KOMATI.
本日の予定は、秋田県の田沢湖から、駒ケ岳の山麓にある乳頭温泉を日帰りで訪問することである。ほぼ完璧な計画は、以下の通りであった。

07:58 大宮発、こまち15号
10:32 田沢湖着
10:50 田沢湖発 羽後交通バス
11:37 乳頭温泉、妙の湯前着
13:35 乳頭温泉、妙の湯前発
14:22 田沢湖着
15:05 田沢湖発、こまち30号
17:42 大宮着

乳頭温泉で2時間滞在して、秘湯(混浴露天)に浸かった後に山の幸を楽しむと言う完璧なプランだ。
ところが、雫石で列車は止まってしまった。これは想定外だった。人生、思うようには行かないものじゃ。
田沢湖駅に着いたのは、11時ころで、すでにバスは発車した後。次のバスは、12時15分だという。ガーン!

銀色のかかし

青森駅傍の市場入口で、案山子に会う。

青森に到着

むつ湾にかかる青森ベイブリッジ
AOMORI BAY BRIDGE over the MUTSU BAY

あわぜんざい

淡路町の竹村にて「あわぜんざい」を食す。
AWA-ZENZAI at TAKE-MURA in KANDA
ずっと前は、ここのあわぜんざいは、黄色のアワを半分見せて、ぜんざいをかけていたので、黄色と黒のコントラストがはっきりとしていた。

数年前から、粟(アワ)の上に小豆(ぜんざい)を全面的にかけているので視覚的には残念である。

750円という価格は、浅草「梅園」、神楽坂「紀の善」、銀座「若松」などに較べるとリーズナブル。(2013/1/22)

神楽坂にて初うなぎ

雪の日に神楽坂にて初鰻。
The First UNAGI in 2013 at SHIMAKIN in KAGURA-ZAKA
神楽坂志満金にて、今年発のうなぎを食す。実に1年半ぶりの訪問である。午後の2階での営業を中止したため、1階にて食事したのだが、外が見えないので残念。明るい2階で、うなぎを頂くのが好きなのに・・・。


2013年1月14日月曜日

UNAGI 2013

The Last year,2012 was a very hard and serious year for Japanese Eel and the people who love Eel. 
日本鰻の悲劇とその原因、対策を考える。
The Eel appeared several ten million years ago in this planet that means far earlier than the birth of humankind. But the last year had been almost very near the last day of Japanese Eels.

We must consider about these fact very seriously and scientifically because we love the taste of UNA-DON or UNA-JYU, the typical traditional Eel Dishes so much.

(1)うなぎの漁獲量激減の現状
The Dramatic Decrease of Japanese EEL
1963年当時250トンあったシラスウナギの漁獲量は、50年後の2012年には、0に近くなってしまった。日本うなぎは、ワシントン条約の絶滅危惧種に指定される一歩手前である。ここ3年間(2010-2012)は、鰻の不漁が続き、シラスウナギの異常な高騰の結果、うな丼、うな重も高騰した。そのために、消費者は手が出なくなり、生産者、小売店、うなぎ屋の経営困難を招いている。

(注)従来はシラスウナギの不漁が2年以上続くことはなかった。不漁の翌年には回復していたのだ。それが、連続して3年間不漁が続いたところに事態の深刻さがある。

(2)日本うなぎの生まれる場所
Where is the birth place of Japanese EEL?
うなぎの一生はながらく謎であったが、40年来の研究の結果、2009年に、ついに、日本うなぎの産卵場所が発見された。それは日本から2500kmも離れた、グアム沖の日本海溝であった。卵をもったうなぎが発見されたのだ。

(3)日本うなぎの一生
The Life of Japanese EEL is a very long travel from Guam to Japan via Philippine.  
グアムの海底で、6月の新月の夜に、一斉に産卵が行われ、数十億のうなぎの赤ちゃんが生まれる。体長はわずか3mm。レプトセファレスという平べったい形の赤ちゃんは、北赤道海流に乗って、西に流され、フィリピンに到着。そこから、黒潮で日本にたどり着いた頃には、シラスに成長している。実に、半年で1500kmの旅です。

さらに、川を登って、うなぎに成長。運よくかば焼きにならなければ、再び川を下って、南下して、グアム沖に帰ってくる。これが鰻の一生なのです。実に、1500+2500=4000kmを回遊する一生です。

(4)うなぎドクター、塚本勝己先生の解説
Dr.TUKAMOTO, the specialist of EEL Study told the EEL STORY.
何故、鰻はこのような旅をするのか?それは、本来、うなぎは西マリアナ海溝に棲む深海魚であったことからはじまる。深海魚なのに、赤ちゃんは海流に流されやすい木の葉形のため、北赤道海流と黒潮のふたつの海流に流されて、日本の川に来た。そして川を遡って成長したら、また故郷に帰ると言う習性なのです。

(5)日本うなぎ激減の驚くべき理由
The Climate Change is one of the reason of the decrease of Japanese EEL.
気象学の木村教授によれば、温暖化、エルニーニョ現象などの地球規模の環境変化が、うなぎの産卵場所に影響を与えているという。
そもそも、うなぎが産卵する時、塩分濃度が影響を与えている。太平洋に雨が降ると、その下の海は塩分濃度が減り、周辺に塩分の濃い、塩分フロントという場所が出来る。

(6)雨の降る場所が南下すれば塩分フロントも南下する。
過去数年の観察によると、気候変動のために、雨の降る場所が通常の北緯14度から、北緯13度に1度下がっている。そのためにうなぎの産卵場所も南に1度下がっているらしいのだ。

(7)黒潮に乗れずミンダナオ海流に乗ってしまうレプトセファレス(うなぎの赤ちゃん)
わずか1度の南下が、鰻の運命を変えてしまうとは!フィリピン沖に達した時、北緯14度なら黒潮に乗り北上して日本に行くのに、北緯13度だと、ミンダナオ海流に乗ってニュージーランド方面に流される。それは死滅回遊なのだ。

(8)うなぎ絶滅のもう一つの理由
Another reason of the decrease of Japanese EEL.
運よく黒潮に乗れて、日本にたどり着いたうなぎ(シラス)を待ちかまえているのは、日本のほとんどの河川に設けられた河口堰(せき)である。段差があってうなぎの子供は川を登れないんだ。
魚道があっても、アユなど、元気に跳ねる魚には役に立つが、シラスウナギには、登れない。そのため、河口にいると、天敵に食べられてしまう。

(9)日本の川はうなぎにとっては住みにくい。
It is hard for eel to live in Japanese river, most of them are artificial. 
川を登ってきたとしても、多くの日本の川は護岸工事で自然が少なく、うなぎの餌がない。
マリアナ海溝から1500kmの旅をしてきたうなぎにとって、余りにも過酷な現実だ。うな丼を食べたいなら、日本の川を何とかしないと。
フランスの例では、うなぎの遡上を助ける「うなぎ道」を設置している。また、岸辺に葦を植えて小エビなどが暮らせる環境にしてる川もあるそうです。

(10)日本うなぎの未来はあるのか?
The Future of Japanese EEL and UNA-DON.
2010年4月にうなぎの完全養殖が成功した。その最大の要因は、うなぎの赤ちゃん(レプトセファレス)の餌を見つけたことです。自然界のレプトセファレスは、深海に棲むオタマホヤが食べ残したマリンスノウというプランクトンの残骸みたいなのを食べて成長することが分かっていた。試行錯誤の結果、サメの卵がそれに近いことが分かり、完全養殖が成功した。

(11)「さざんかの宿」とうなぎの明日
Can you see the Tomorrow of us and UNAGI?
ここでふと、大川栄策の名歌「さざんかの宿」が蘇る。
「くもりがらすを 手で拭いて、あなた明日が見えますか。
愛しても愛しても、ああ、気候変動。
自然界の微妙なバランスが崩れたら、日本うなぎはどうなるの?
赤く咲いても養殖うなぎ 焼いて淋しい 日本うなぎ」

(2013/01/14, ネタは、NHK教育テレビ、「サイエンス・ゼロ」です)