2017年7月18日火曜日

GINZA WATCH 02

銀座尾張町(四丁目)交差点のシンボルと言えば、服部時計店(和光)の時計塔。
数少ない戦前からの歴史的建造物です。
施工は1932年、清水建設。設計は渡辺仁。
太平洋戦争末期の銀座空襲でも焼け残る。
ちなみに、この時、焼け残ったのは、教文館と松屋デパート。
日比谷公園の松本楼、お濠端の第一生命ビルも残り、占領軍(GHQ)の施設として使用された。
第一生命がGHQ指令部、松本楼が将校宿舎。
そして松屋と服部時計店(和光)はGHQのPXつまり購買部だった。
1952年に接収が解除になり、 和光ビルになる。
周辺を見回せば、焼け残った松屋はその後立て直し、1966年に数奇屋橋ソニービルがオープン。昨年閉館した。
僅かに教文館が残るのみ。
町並みは、がらりと変わりました。

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