2018年5月31日木曜日

POWER OF SCALE 02

六本木ヒルズ森美術館の「建築の日本展」にて。
ここでは「レーザーファイバーと映像により、中銀カプセルタワーや同潤会アパート等の個性的小空間」を、高速で体験出来るんだ。

再び待庵 02

国宝の草庵茶室、千利休が作った「待庵」は、わずか二畳の狭さ。
狭いと言えば、大和ハウスのCMを思い出した。
新しく出来た家は天井の高い広いリビング。竹野内豊の夫は「天井の高い家っていいよな」と妻(中村優子)に語りかける。
だが、妻は夫の秘密を知っていたのだ。それは、夫が本当は狭い場所が好きなこと。

チェックのカツレツ

池袋西口の洋食チェックにて、ポークカツレツ(1200円)を注文する。
チェックは、ハンバーグとオムライスが美味い洋食屋です。

時屋の抹茶餡蜜

久しぶりに新宿西口小田急ハルク一階の時屋にて、抹茶餡蜜を食す。
時屋は、ドラえもんのドラ焼きで有名だ。作者がこの店のドラ焼きを贔屓にしていたらしい。

2018年5月30日水曜日

POWER OF SCALE 01

レーザーファイバーと映像による空間の体験。

再び待庵 01

これは実物大の「待庵」(たいあん)模型。

JAPAN in ARCHITECTURE 02

木造の巨大建築と言うイメージ。

花菖蒲

昨年6月17日、明治神宮内苑の菖蒲田にて撮影。
立体木格子に似ている。

JAPAN in ARCHITECTURE 01

六本木ヒルズ森美術館15周年記念「建築の日本展」に行く。
写真は、ミラノ万博2015日本館の立体木格子。設計は北川原温さん。ここは、写真撮影可能です。

NEW STATION 03

ついにときわ台駅舎が完成。前と同じ様に、レトロなままに復元された。
つまり新しい古い駅舎です。

ROSE GARDEN 03

近所の薔薇

NEW STATION 02

ときわ台駅舎の右翼壁面。多分広告スペース。
(5月28日撮影)

ROSE GARDEN 02

I LIKE PINK ROSE.

NEW STATION 01

5月27日、完成直前のときわ台駅舎。

ROSE GARDEN 01

丸いピンク色の薔薇の花。

TEA ROOM TAI-AN 02

THE INSIDE OF TAI-AN IS VERY NARROW ROOM. ONLY NIJO、 TWO TATAMI MATS FOR THE GUESTS WITH TOKONO-MA and

京都山崎の妙喜庵にある、草庵茶室の「待庵」(たいあん)は、1582年(天正10年)に豊臣秀吉の命令で利休が造った。
犬山の如庵(じょあん)、大徳寺の密庵(みったん)と共に、国宝三茶室の一つです。
だから、にじりぐちから中に入るのはドキドキ。床の間の軸は奇妙と読んだが?
わずか二畳の茶室の空間は、わびさびの極致。
写真は、にじり口と連子窓(れんじまど)。
「人間のスケールに合わせ、自然の材料を自然のままに生かした建築」(岡田准教授)は、カプセルホテルに通じる日本建築の一つの到達点だ。

TEA ROOM TAI-AN 01

THIS SMALL TEA HOUSE IS THE MODEL OF THE FAMOUS TEA HOUSE、TAI-AN、THAT WAS MADE BY RIKYU IN MYOKI-AN IN KYOTO ABOUT 400 YEARS AGO.
写真は、千利休の設計した茶室「待庵」(たいあん)、国宝です。
ただし、これは、六本木ヒルズ、森美術館に作られた原寸大模型。「建築の日本展」の展示作品です。
国宝だよ!
ものつくり大学が全力で制作した原寸大模型。中にも入れます。

江戸千家のお点前 02

私のガラケイって凄い。写真は2012年5月27日の東をどりの時の、江戸千家のお点前です。
今から6年前の写真だが、01の写真とよく似ている。
つまり、演舞場2階の茶室は同じだし、衣装も、決まってるからね。
江戸千家のお点前は、きりっとして粋です。

2018年5月29日火曜日

江戸千家のお点前 01

写真は二年前、2016年5月20日、新橋演舞場、東をどりの幕間の江戸千家のお点前。
今年は金欠のため、お茶会(1000円)も、料亭のお弁当(2500円)もパスしました。

古典で見せる新橋の芸

第一幕「新橋長唄尽くし」は、君が代松竹梅、雪月花。
第二幕「新橋清元尽くし」は、吉田屋(夕霧伊左衛門)、女車引き、幻椀久、そして最後の口上、フィナーレ。

演舞場の緞帳

新橋芸者衆の年に一度の発表会「東をどり」は、今年94回を迎える。
京都南座の「都をどり」を見れないから、代わりに見始めた「東をどり」ですが、すっかり年中行事となりました。
最初は友人や知り合いを誘っていたが、みんな興味がないらしく、最近は一人です。
江戸の粋、日本の綺麗と言うキャッチコピーに惹かれて、今年も来ました。
開演前に、向かいの喫茶エリカで観察してると、有名人や会社役員っぽい背広姿、そして和服のお姉様方が目立つ。
半袖にチノパン姿の、年金生活者にはいささか場違い?
今までは、こんなことはなかった。多分、金曜日の午後最後の回だから?
このあと、贔屓の芸者さんと料亭で夕食なのか?
疑問は尽きません。

木挽町散歩 02

路地の奥から見る歌舞伎座もなかなか乙。

木挽町散歩 01

これは、先週25日の写真。23日夜に歌舞伎座で団菊祭、白波五人男を鑑賞したが、一日おいて25日は、新橋演舞場「東をどり」でした。
その帰り道、路地の奥に歌舞伎座が見えた。

2018年5月28日月曜日

紫陽花咲く 03

もうすぐ梅雨ですね!

紫陽花咲く 02

五月も何だか忙しかった。毎日、母の食事を作り、洗濯まではするが、掃除が苦手です。
お出かけも、今週は、歌舞伎座、新橋演舞場のチケット買ってた。また、五反田会や団地理事会もあった。

紫陽花咲く 01

近所の紫陽花咲く。

2018年5月27日日曜日

くびづか散歩 04

平将門の首塚の場所は元は、酒井家上屋敷であった。
看板によると、歌舞伎の「先代萩」で有名な「伊達騒動」の最後の舞台となった。
すなわち、ここ、酒井雅楽頭の上屋敷で、原田甲斐は、伊達安芸らを切り殺し、彼も斬殺されたのである。
血生臭いパワースポットです。

くびづか散歩 03

平将門の首塚は、高層ビルに囲まれた大手町の一角にあるが、元は酒井家の屋敷でした。
さて、この散歩は、「五反田会」の例会を兼ねています。
土曜日に東横大井町線中延駅前のプータロー広場に集合したのは、ホームレス老人にしか見えないドクターA、下流老人の書道家、K君、そして徘徊老人にして認知症初期の小生の三人でした。
この三老人が、ベンチに座って鯛焼き食べていたら、掃除のおばさんに注意された。
傍に落ちていたタバコ吸い殻の犯人と誤認されたのだ。
将門のたたりか?

くびづか散歩 02

将門の首塚の説明。
関東地方の英雄、平将門は、朝廷との確執のために、不本意な戦いをしたが、それが反乱と見なされ、戦死。
その首が京都で晒し首となった。
その首が東国に飛び帰ったのが首塚です。
住所は千代田区大手町1-2-1、三井物産本社敷地内にある。
1970年に整備され現在に至る。

くびづかさんぽ 01

将門の首塚にお参りします。

STRONGEST POWER SPOT in TOKYO

U CAN FIND THE STRONGEST POWER SPOT IN TOKYO HERE AT OTE-MACHI.
THE KUBI-ZUKA OF MASAKADO、 THE TOMB OF MASAKADO'S HEAD、 WHO HAS FOUGHT AGAINST THE EMPEROR IN 10th CENTURY.

2018年5月26日土曜日

OTE-MACHI WALK 01

ボランティアガイド下見のために大手町に来ました。
アスコットホテルにたどり着くまでかなり迷う。

成田山の思い出 03

THE MEMORY OF NARITA-SAN TEMPLE IS SO SWEET. THE TASTE OF UNA-DON AT KAWA-TOYO.
団菊祭の成田屋からの連想は、川豊の鰻丼です。
木造三階立ての建物は元旅籠。その2階の大広間で賑やかにいただく鰻の旨いこと。
もし、「君達はどう生きるか」と吉野源三郎先生に聞かれたら、「美味しい鰻を食べるために生きます」と答える。
そのこころは、
(1)鰻が生き残る環境を守り、
(2)鰻を食べる経済力を維持し、
(3)鰻の日本文化を大切にし、
(4)鰻の栄養で、元気に長生きする。

成田山の思い出 02

参道には鰻屋がたくさん並ぶ。中でも川豊は、木造三階立ての立派な建物です。

成田山の思い出 01

団十郎の屋号である成田山に行ったのは、調度一年前の2017年5月19日でした。

RAINY GINZA 05

日産ショールームの真っ赤な自動車。名前はわかりません。

RAINY GINZA 04

かつてのサッポロビル。今はGINZA CROSSだったかなあ、名前を変えて、化粧も変えました。
日産ショールームがいやに赤いんだけど?

RAINY GINZA 03

四丁目交差点の三愛も雨の中。

RAINY GINZA 02

和光の時計も既に9時を回り、中央通りのお店やレストランは閉まった。(またはラストオーダー)
この後の時間は7〜8丁目の時間です。
お金の無いサラリーマンは有楽町や新橋に向かう。

RAINY GINZA 01

雨の中の歌舞伎座。
さて、歌舞伎がはねて、東銀座から、少し散歩して見ましょう。
時間は8時30分。急がないと、木挽町の砂場は閉店だ。ラーメン屋はもう少し遅くても平気。
この日は中華「萬福」で昔ながらの中華そばをいただく。それから、昭和通りを渡り、四丁目に向かう。

2018年5月25日金曜日

夜の歌舞伎座

芝居がはねた後の劇場前の光景は日本でも外国でも同じだ。
興奮の余韻が漂い、今見たばかりの芝居(または演奏)の感想を述べ合う楽しみは大きい。
しかし、一人だと感激を共有出来ないのは残念。

KABUKIZA WATCHING 06

この安田靭彦画伯の絵は、「神武天皇日向御発信」。
1942年の作品だから太平洋戦争の最中だ。
前に「白村江の戦い」と勘違いした。

KABUKIZA WATCHING 05

2階ロビーの壁面には日本画の名画が飾られています。
この犬の絵は、えーと小林古径?
ところで前の記事に間違いありました。
ウエストバンクは、ウエストエンドの間違い。WEST ENDとSOUTH BANKを混ぜてしまった。
サウスバンクにはコンサートホールがある。劇場はナショナルシアターだけ。
42ndシアターは勘違い。ミュージカル42nd ストリートと混同してる。1983年にコーラスラインを見たのはどこか忘れた。
今、私の夢は、ロンドンにホームステイして、夜ごと芝居とコンサート三昧することです。

2018年5月24日木曜日

KABUKIZA WATCHING 04

歌舞伎座の引き幕。
三色の並び方が、国立劇場と少し違います。
子供の頃から芝居や映画が好きだった。だから、劇場も好きだった。
古い(前の)新橋演舞場や歌舞伎座、俳優座等懐かしい。
一番広くて綺麗なのは国立劇場だ。1968年から会員で通いつめたから、すでに50年。
帝劇、日生劇場も素晴らしい。今はなき渋谷パルコの西武劇場、トイレで渥美清に遭遇。
新宿紀伊國屋シアターは新劇公演が多かった。つかこうへいの熱海殺人事件、井上ひさしの雨、小林一茶。初日に行くと、有名人に会えた。
銀座博品館は水森亜土の未来劇場公演。(初期は俳優座劇場)
一方、小さな劇場も捨て難い。
信濃町文学座アトリエ、麻布自由劇場、池袋グリーンシアター、渋谷ジアンジアン、その他省略。
海外なら、ダブリンのアベイシアター、ストラトフォードアポンエイボンのスワン劇場、ウエストバンクのニューロンドンシアターはCATS初演。バービカン劇場も懐かしい。
ブロードウェイに行けば、42ndシアター。コーラスライン。
1980年代は素晴らしい時代だった。

KABUKIZA WATCHING 03

歌舞伎座の緞帳。
弁天娘女男の白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)は、いつ見ても楽しい芝居だ。
浜松屋の弁天小僧の名台詞。万引きに見せかけて、誤認を咎め、金をゆする。
とんでもない詐欺だが、きっとこんなことがあったのだろう。
そういえば、髪結い新三は、かどわかし(誘拐)だし、歌舞伎の主人公は悪い奴ばかり?

KABUKIZA WATCHING 02

2018年5月の歌舞伎座の2階には、成田山のお不動様が出張しています。
市川団十郎の屋号が成田屋なのは成田山との関係が深いから。
そして、成田山と言えば、参道に並ぶうなぎ屋です。
昨年5月19日にK先輩と成田山にお参りに行き、川豊で鰻丼をごちそうになりました。
持つべきは鰻丼をおごってくれる先輩だね!

KABUKIZA WATCHING 01

徘徊老人は、劇場を徘徊するのも大好きです。
歌舞伎座のロビーは、見事な鳳凰の絨毯が素晴らしい。

五月の歌舞伎座

2013年、新しい歌舞伎座の開場を前に、団十郎丈が突然亡くなり、5年が過ぎた。
私の記憶では、4月歌舞伎座オープンで、亡くなったのが2月だから、本当に驚いた。
助六の役を急遽、海老蔵に変える等、代役が大変だった。
何よりも、新しい舞台に、勘三郎と団十郎が欠けたのがショックだった。合掌。

KABUKIZA in RAIN

昨日の水曜日は久しぶりに歌舞伎座に行く。団菊祭五月公演の夜の部、弁天娘女男の白波(べんてんむすめめおのしらなみ)、鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)、そして喜撰(きせん)の華やかな三本立て。
ちなみに昼の部は、成田山開基1080年、二世市川団十郎生誕330年と銘打ち、鳴神です。
昼が成田屋、夜が音羽屋で、団菊である。
昼の安いチケットは取れなかった。

2018年5月23日水曜日

先週のテレビから 02

Nスペの内容は、個人情報が国家に管理される悪夢、さらに情報戦争が社会システムを破壊する恐怖だ。
すでに、周知の事実だけど、久しぶりに、ロシア亡命中のエドワード・スノーデン氏が出て来て懐かしかった。
もとNSAとCIAの職員だったスノーデン氏の話は、2014年に、グレン・グリーンウォールドの「暴露」に詳しい。
それから4年、事態はますます、進化(悪化)している。
1948年にジョージ・オーウエルが、近未来小説「1984年」で予測した社会が、2018年に実現しているんだね。