2018年12月26日水曜日

Kabuki-za theater 130

2018年12月25日、今年最後の歌舞伎を見に行く。
歌舞伎座130年十二月大歌舞伎の昼の部は、上方人情喜劇の「幸助餅」(松也、中車)と、中村壱太郎のお染の七役、「於染久松色読販」(おそめひさまつうきなのよみうり)の二本立てです。
写真は、今年130年を迎えた歌舞伎座。今月号のパンフレットには歌舞伎座の歴史を五期に分けて解説した、石山さんの興味深い記事が載っている。
(1) 1889~1911、三階建煉瓦作りの洋館。(創立者はジャーナリストの福地桜痴)劇場の内部は平戸間と桝席という和洋折衷。九代目市川團十郎、五代目尾上菊五郎が活躍。
(2) 1911~1921年、丸の内に開館した白亜の帝国劇場(渋沢栄一らが創立)に対抗して、破風屋根の純日本式宮殿建築。田村成義が設立を指揮。その後、松竹の大谷竹次郎が引き継ぐ。
(帝国劇場は六代目尾上梅幸や七代目松本幸四郎を引き抜く)
だが、漏電による火災と関東大震災で歌舞伎座焼失。
(3) 1924~1945年、大谷竹次郎による再建。椅子席中心で2500人収用の大劇場。だが、1945年5月25日、250機のB29による銀座空襲で歌舞伎座焼失。
(4) 1951~2010年、松竹の大谷竹次郎による再建。GHQと「寺子屋」「仮名手本忠臣蔵」等の解禁を折衝。
1970年代の、海老蔵、染五郎、孝夫、玉三郎、吉右衛門人気が懐かしい。
海老蔵は團十郎、勘九郎は勘三郎を襲名するが、歌舞伎座開場直前に亡くなったのは悔やまれる。
(5) 2013年~現在の歌舞伎座がオープン。第四期の建物を踏襲したが、その背後には、白亜の高層ビルが聳える。菊五郎、吉右衛門、白鴎、玉三郎、仁左衛門が円熟期を迎え、海老蔵、幸四郎、勘九郎が活躍。人気も高い。
長い歌舞伎座の歴史の中でも最も安定しているように見えるが?

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